彼女は仕事ができない

鏡りへい

頭の痛い金曜日

 これだから最近の若いモンは――なんてセリフは吐きたくない。

 私だってまだ二十代だ、年齢は関係ないと言いたい。

 だからこれは、個人の問題なのだ。

 今年新卒で入社して、目下私が指導担当になっている木下さんの問題なのだ――。


 先日、木下さんのヘマで取引先に迷惑をかけてしまった。本来なら一箇月前に発注する仕事を発注していないことに私が気づいたのが一週間前、取引先に無理を言って期日に間に合わせてもらったのだ。

 その時点では相手もそれほど怒っていなかったと思う。それでも木下さんに責任の重さを感じてほしくて、一人でお詫びに向かわせた。

 早いほうがいいと思った。私はとりあえず自分の財布から五〇〇〇円を出して渡した。

「これでお菓子を買って持って行って。熨斗は、付けるならお詫びで」

 はい、と木下さんは返事をした。

 二時間ほどで戻って来た彼女は「行って来ました」と笑顔だった。これで済んだ――とほっとする私に、木下さんはお釣りとレシートを差し出した。

 お釣りはなぜか二三〇〇円もあった。渡した額の約半分だ。

 え、と思いながらレシートを見る。レシートは大手フランチャイズのドーナツ店のもので、ドーナツを二〇個ほど買ったことになっていた。

「……なんでドーナツ?」

 思わず呆然と尋く。木下さんは嬉しそうに、

「私ドーナツ大好きなんです。貰ったら絶対に嬉しいと思って」

「……なんで二〇個?」

「それで箱二つ分なんで。一つだと少ないし、三つだと多いでしょう?」

 何も言えなかった。呆れすぎて。

 当然のこと、相手から苦情の電話があった。

 あったけど、相手も何にどう苦情をつけていいのかわからない様子だった――と電話を取った受付嬢が教えてくれた。

 とにかく非常識な対応で誠意が伝わってこない、とのことらしい。

 もっともだと思う。

 私は自分なりに噛み砕いて木下さんに説明した。

 まず、お詫びにドーナツはない。差し入れじゃないんだから。

 差し入れだとしても、二〇個では処理に困る。人数分に足りないし、分けるのにも持ち帰るのにも不便。

 しかも金曜日の午後である。週末は休みなので、早く分けないと傷んでしまう。

 よって、相手への気遣いが感じられず、お詫びの意志など伝わるはずもない――。

 しかし木下さんはきょとんとしただけだった。悪びれた風もなく言い返してくる。

「でも、ドーナツが好きで喜んだ人もいると思いますよ。だいたいみんな好きじゃないですか」

 そういう問題じゃない――と肩を落とす私に、木下さんはやっといくらか済まなそうな顔をした。

「でも、数が足りなかったら駄目ですよね。すみません、小さな会社だから、そんなにいると思いませんでした」

 相手を見下すような発言をするな――と言いたかったけど、言葉にする気力がなかった。なんだかすごく疲れを感じるのは、金曜日だからというだけではあるまい。

 気力を振り絞って、改めて問いかける。

「ねえ、菓子折りって知ってる?」

「菓子折り?」

 知らないらしい。

「あのさ、私、お金を渡すときに熨斗って言ったでしょ。熨斗を付けるお菓子ってところで、普通のお菓子とは違うものだって気づかなかった? ひょっとして熨斗も知らない?」

「熨斗はわかりますよ。だって、熨斗を付けるなら、って言ったじゃないですか。必ず付けろとは言われなかったから、付けなくてもいいんだと思って」

 これは私の言い方が悪かったのだろうか。もし必ず付けろと言ったとしても、彼女はドーナツの箱に熨斗を付けていた気がする。

「……何がいけなかったのかは理解できてる?」

「数が足りなかったんですよね。私、勝手に二箱で十分だと思っちゃって。五〇〇〇円渡されたんだから、もっと買えばよかったのに。あ、じゃなくて、最初に人数を確認してから――」

 見当違いな反省に思わず声が大きくなる。

「ドーナツが駄目ってことはわかってる?」

 木下さんの目が大きくなった。

「ドーナツ、駄目なんですか? 私だったらすごく嬉しいのに」

「いや、ドーナツが、じゃなくて……あのね、好き嫌いの問題じゃないの。贈り物にするのに、足が速いものは駄目なの。日持ちがして個包装でないと。貰ったって分けられないでしょ?」

 木下さんはぽかんとして言った。

「足が速いんですか? ドーナツって」

「――あのね、足が速いっていうのは……」

 ――そこから?

 私は頭痛を覚えて盛大に溜め息を吐いた。

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