第十二話「新騎士団長の息子」
レイオールの専属護衛を決めるイベントから数日が経過したある日のこと。いつものように書庫に向かっていると、突如として彼の行く手を阻む影が出現する。
「なんだライラスか」
「殿下、少々お時間よろしいでしょうか」
「なんだい?」
レイオールが顔を上げると、そこにいたのは新たに騎士団長となったライラスだった。騎士団長といっても、正確には彼の父であるザイラスの後を引き継ぐべく、彼からいろいろと教わっている段階であり、現時点では騎士団長に内定が決まっているという状態だ。
そんな忙しい日々を送っている彼が、わざわざ王太子とはいえ自分に会いに来る理由がレイオールには理解できなかった。そんなことを考えつつ、ライラスの用向きを聞くため彼に注目する。
「本日は不躾なお願いをしたくやって参りました」
「不躾なお願い?」
「はい、実は……」
彼の説明によると、現在騎士団の中で訓練に行き詰っており、新たな訓練法を考えている最中なのだとか。父親のザイラスや他の隊長格の騎士たちと訓練内容を考えてはいるのだが、効果的なものを思いつくことができずに困り果てているらしい。
そこで周囲から神童と噂されているレイオールならば、いい訓練法を思いついてくれるのではないかということでやってきたらしいのだが、それを聞いたレイオールの反応は頭を抱えたくなりたいというのが正直なところだろう。
どこの世界に、三歳になって間もない子供に国の重要機関の一つといっても過言ではない騎士団の訓練の方法を聞く人間がいるのだろうか。そんなことは前代未聞でしかない。
それこそ、そんなことは国のトップである国王か騎士団を任されている騎士団長の仕事であり、まかり間違っても王太子とはいえ子供の仕事ではない。
(でもなー。その方法を思いつかなきゃ良かったんだけど。一つ思いついたものがあるんだよなー)
レイオールはライラスから相談の内容を聞いた時、騎士たちに有効な訓練法を思いついてしまったのだ。そう、思いついてしまったのである。
しかし、それを騎士たちに伝えてしまった場合、そしてその訓練法が有効的だった場合、自分の株がまた上がってしまい、ますます国王ルート一直線となってしまうのではないかという不安要素があるため、下手にアドバイスをすることができなかった。
何度も言うが、レイオールの目的は今回の人生においてまったりとしたスローライフを送ることであり、そのためには国王になるという選択肢は彼の中では最初から除外されているものなのだ。
だが、騎士団が強くなるということはこの国の安全性が増すということもあり、将来自分の身代わりとして矢面に立たせる弟のためにもなるということも理解しているため、ここは慎重策を取ることにする。
「ライラスの願いはわかった。そして、一つ思いついたものがある」
「ほ、本当ですか!? さすがは殿下です!!」
「だが、タダで教えてやるわけにはいかない。僕が提示した条件を呑んでくれるなら教えてあげるけど。どうする?」
「どんな条件ですか?」
「それは……」
☆ ☆ ☆
翌日、ライラスは騎士たちを集めた。召集の名目は“試験的な新しい訓練法の実施”である。次期騎士団長ということもあり、騎士団としての方針の決定についても彼が担当していくことになっており、現在進行形で研修が進められている。
「今日はこれを使って訓練をしてもらう」
ライラスがそう宣言すると、騎士たち一人一人にスコップを配った。手渡されたスコップは、どこにでもあるただのスコップであり、特別特殊なものなどなにもない一般的なものだ。
それを手渡された騎士たちも少し困惑気味だったが、それを察したかのように一人の騎士がライラスへと投げ掛けてくる。
「ライラス。これは一体どういうことだ?」
「今日はそのスコップを使って穴を掘ってもらう」
「はあ。穴だって?」
彼の不可解とも言うべき発言に、周囲の人間が付いていけていない状況を無視するかのようにライラスが続ける。
「穴掘りっていうのは、一見大したことのないように思えるが、その実かなりの重労働だ。全身の筋肉を酷使するため、良い訓練になる」
「そんなこと言われたってなぁ……だって、ただの穴掘りだぜ?」
ライラスに投げ掛けている騎士の言葉は尤もであり、他の騎士たちも彼に賛同するように頷いている。だが、今回はライラスの言っていることが正しいのだ。
お気づきだろうが、ライラスが言っていることはレイオールが新たに提示した訓練法であり、彼自身が考案したものではない。そして、これがレイオールの提示した条件なのだ。
どういうことかといえば、レイオールは訓練法を教える条件として“ライラス本人が思いついたことにすること”という内容を提示した。なぜこのような回りくどい方法を取るのかというのは、言わずもがな来たる身代わりになってくれる人間を裏から操るための練習を兼ねているのである。
これから生まれてくるであろう弟に国王になるための教育を施し、それを裏から操る黒幕的なポジションにつければいいとレイオールは考えている。
尤も、弟どころかまだサンドラが子供を授かってすらいないというのが現状なのだが、日々ガゼルをどこかへ引き摺って行く姿が目撃されており、その翌日げっそりとした彼が目撃されていることから、サンドラが身ごもるのは時間の問題だろう。
「いいから、騙されたと思ってやってみるんだ。これは決定事項だ!」
「はあー、わかりましたよ。次期騎士団長様」
半信半疑の騎士たちだったが、ライラスが現騎士団長のザイラスよりも強者であること、そして何よりも彼の人となりを知っているということから、疑いながらもすぐに穴掘りを開始する。そして、その様子を見ていたレイオールが満足気に呟く。
「よしよし、それでいい」
騎士たちの様子を修練場から少し離れた草陰からレイオールが観察していた。自らが提案した新たな訓練法が、どのような効果をもたらすのか確認の意味を込めて確かめているだけなのだが、傍から見れば草陰に隠れながら様子を窺う三歳児の構図はかなりの怪しさを醸し出していることだろう。
「……何をやっているんですか?」
「あひゃひょわぁ!」
突然後ろから掛けられた声に、何とも間抜けな声をレイオールは上げる。びっくりして振り返ってみると、そこにいたのは七歳くらいの少年だった。
赤い短髪に青い目を持ち、その瞳には力強さが宿っている。年齢以上に大人びた雰囲気を持っており、十歳と言われても問題ない程だ。
「なんだレイラスか、脅かすなよ」
「はあ」
レイオールの言葉に、曖昧な返事しかできないレイラスを尻目に彼は修練場の騎士たちの様子を窺う。それに倣うように、レイラスもまた草陰から騎士たちの訓練風景を見ている。
最初は余裕そうに見えた騎士たちだったが、次第に体が重くなっていき、自分の背丈と同じくらいの深さになる頃には動きが鈍っていた。最初は軽かったスコップも、今は鉛のように重く、穴を掘っているだけだというのにまるで何十キロという重りを背負った状態で作業をしているかのようだ。
「ぐっ……こ、これは」
「た、確かに。これはかなりの重労働だ」
「全身の筋肉が軋むようだ」
最初は半信半疑だった騎士たちも、実際に穴掘りを体験してみるとその過酷さを痛感し、ライラスが言っていたことを理解できた。
「よしよし。騎士たちは穴掘りの重要性を理解できたようだな」
「そんなに辛いものなのですか? ただの穴掘りですよ?」
「なら、今度レイラスもやってみるといい。地獄だぞ?」
「はあ。そうしてみます」
後日、レイオールの言葉通りにレイラスがやってみた結果、彼が地獄を見たのは言うまでもない。
このレイラスという少年は、実は今騎士たちを指導しているライラスの息子であり、現騎士団長のザイラスの孫に当たる人物だ。のちにレイオールの専属護衛となる彼だが、今はただ城に出入りしているだけのいたずら坊主なのである。
そんなことになるとは知らないレイオールとレイラスだったが、自分の訓練法が上手くいって満足気に頷く彼の姿は、まさに年相応の幼児であった。
そんな彼の姿をサンドラやガゼルが見れば、あまりの愛らしさに悶えるのは想像に難くないことであるが、幸いというべきかなんというべきか、その姿を見ているのはレイラスだけだったため、その事態は未然に防げたと言っていい。
かくして、レイオールが提案した訓練法によって、レインアーク王国の騎士たちはさらに力を付ける結果になったのであった。
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