第十三話「五歳になった」



 あれからさらに二年の時が経過し、レイオールは五歳になった。その間に起こった大きな出来事といえば、彼が待ち望んだ弟の誕生である。



 レイオールの三歳のお披露目の儀式のお祝いのプレゼントとして、彼がサンドラに“弟が欲しい”と強請った結果、彼女はそれを本当に実現させてしまったのだ。



 それを実現させるために付き合わされたガゼルの苦労がしのばれるが、レイオールにとっては必要事項であったため、臭い物に蓋をするように黙認したのである。



 尤も、絶世の美女といっても過言でないサンドラと何度もよろしくできることを思えば“国王爆発しろ”と悪態の一つも吐かれるのは仕方のないことであるため、レイオールが罪悪感を抱くことはそれほどなかった。



 とにもかくにも、国王と王妃の間にできた第二王子はマークと名付けられ、今はレイオールのように大事に育てられているのだが、ここで少しばかり誤算が生じた。



 レイオールは弟が生まれれば、両親の親バカが弟マークに向くと踏んでいたため、彼らの過干渉が多少は軽減されるのではという淡い期待を抱いていた。だが、彼らの親バカがその程度でおさまるはずもなく、相変わらずレイオールに対する態度は親バカのそれであった。



 もちろんマークも彼らの子供であることには変わりないため、レイオールと分け隔てなく愛情を注いではいる。だが、それ以上にレイオールに対する愛情が溢れすぎているのだ。



 その親バカっぷりが弊害となり、本来であれば既に決まっているはずの専属護衛も未だに決まっていないのだ。レイオール本人以上に、王太子に相応しい騎士でなければならないというハードルが高いようで、いくつかの候補を挙げてみても誰一人として納得はしなかった。



 両親が納得せずとも、王太子が指名した相手であれば基本的には問題ないのだが、レイオール自身これといった相手がおらず、彼の護衛は騎士団の中から持ち回りで護衛する事態になっている。



 しかしながら、元々神童として知られる王太子の護衛ができるということで、騎士たちに不満の声を上げる者は誰一人としていない。寧ろ、彼の専属護衛が決まらずにこのまま護衛の任に就き続けたいとすら考えている者ばかりだ。



 なぜ騎士たちがそこまでレイオールの護衛をやりたがるのかというと、その原因はライラスにあった。二年が経過した現在、彼は新たな騎士団長として日々忙しい毎日を送っているのだが、ライラスが提案したとされるスコップを使った穴掘り訓練法に名前を付けるという話になったことが発端だ。



 あろうことか、ライラスはこの訓練法を【レイオール訓練法】と名付けてしまったのだ。なぜ、そこで王太子の名前が出てくるのかと周囲の人間は疑問に思い、彼に問い質した。そしてライラスの返答は、“自分が王太子のことが好きだからだ”というものだったのだ。



 彼の人となりを知らない者であれば、その言い分も通用しただろうが、長い間苦楽を共にした騎士たちには通用しなかった。そして、なぜライラスがそんな名前を付けたのかという理由を理解するのにそれほど時間は掛からなかったのである。



 直接ライラスに聞くことはなかったが、騎士たちは彼の言動の不審な点からとある結論に至った。“この訓練法を思いついたのは、レイオールではないのか”と。



 その結論を裏付けるかのように、時折レイオールも訓練を見学することがあり、たまにライラスにも何か耳打ちをして指示を出しているかのような言動も見受けられた。そういったことも相まって、騎士たちの間でレイオールの評価が知らず知らずのうちに上がっていっていたのだ。



 そして、不幸なことに自分が提案した穴掘り訓練法にそんな名前が付けられていることを知ったのは最近であり、自分の普段の行動から件の訓練法を思いついたのが自分であるということが周囲に露見してしまっているという結論に至っており、今更レイオールが否定したところで、誰もそれを信じないところまで話が進んでしまっていたのである。



「どうしてこうなったんだろう……」



 自分の思惑とは全く逆の方向に話が進んでしまったことに納得のいかないレイオールだったが、そうなってしまったものは仕方がない。そう、仕方がないのである。



「まあいい。それよりも今はマークだ」



 そんな思いを振り払うかのように、弟マークの今後について思いを馳せる。サンドラの妊娠が発覚したのは、三歳のお披露目の儀式を行った数か月後のことであり、現在マークは一歳と数か月だ。



 レイオールは、両親や侍女たちの目を盗んではマークに簡単な教育を施している。その甲斐あってか、生後五か月にはハイハイをマスターし、一歳になった今ではレイオールのことを“にぃ”と呼ぶことができるまでになっていた。



 しかしながら、これほどまでに習熟が早いのも、ひとえにレイオールの教育の賜物なのだが、周囲の人間はマークのそれが異常だとは認識していない。その理由は言うまでもないが、マークの兄であるレイオールという存在だ。



 人はとんでもない非常識を目の当たりにした時、通常では非常識だと思うちょっとしたことが非常識であると認識しないようになる生き物なのだ。



 その原理によって、とんでもない才能を持つレイオールの前には、ただ優秀というだけのマークでは到底太刀打ちなどできないのだった。



 そんなことになっているとは思いもしないレイオールは、マークの教育方針について一人考えを巡らせていた。自分と同じレインアーク王家の血を引く者だけあって、優秀であることは彼も理解しているのだが、いきなりいろいろなことを詰め込み過ぎるのも良くない。



 かといって、マークに教えられる時間が、他の人間に悟られないようにするという条件の下で行われるため、限りがある。であるからして、あまりスローペースでの教育をしていてもあまり進捗がよろしくない。まるで縛りプレイをしながらゲーム攻略をしているような状況に、レイオールは頭を悩ませていた。



「とりあえず、話せるようになるまで文字の読み書きはできないかな」



 未だまともな会話のできないマークに無理強いはできないため、今は優先して簡単な会話ができるようにすることを目標とし、マークの教育ついての考えを一時中断した。



 弟の教育と並行してレイオール自身の教育も進めていかなければならない。国王になるための王族のあれこれを学ぶため、今年から彼に家庭教師がつくことになっている。



 ひとまずこの世界についての一般的な知識までは本などで手に入れているレイオールだが、専門的なものとなるとそれに通ずるスペシャリストの力を借りなければならない。



 それ加え、護衛が付いているとはいえ自分の身は自分で守れるに越したことはないため、いずれガゼルに進言して剣術と魔法についてもレイオールはどうにかするつもりでいる。



 魔法自体は、書庫にあった魔法関連の本を読み漁ることで、なんとか中級の一部の魔法を習得することができた。ちなみに、中級魔法の詳細は以下の通りになっている。




【火属性】



 ・【ファイアーボール】 効果:こぶし大の火の球を出現させ、攻撃する魔法 詠唱『火よ集え。そして、我が敵を討て』


 ・【ファイアーアロー】 効果:火の矢で相手を攻撃する魔法 詠唱『火よ。矢となりて敵を貫け』



【水属性】



 ・【ウォーターショット】 効果:こぶし大の水の球を出現させ、攻撃する魔法 詠唱『水よ集え。そして、我が敵を討て』


 ・【ウォーターアロー】 効果:水の矢で相手を攻撃する魔法 詠唱『水よ。矢となりて敵を貫け』




【風属性】



 ・【ウインドカッター】 効果:風の刃を出現させ、攻撃する魔法 詠唱『風よ集え。そして、我が敵を討て』


 ・【ウインドアロー】 効果:風の矢で相手を攻撃する魔法 詠唱『風よ。矢となりて敵を貫け』




【土属性】



 ・【アースバレット】 効果:複数の石の球を出現させ、攻撃する魔法 詠唱『土よ集え。そして、我が敵を討て』


 ・【アースアロー】 効果:土の矢で相手を攻撃する魔法 詠唱『土よ。矢となりて敵を貫け』




【光属性】



 ・【ヒール】 効果:ライトヒールの強化版。さらに深い傷を治療できる 詠唱『光の力よ。かの者を癒し、安息を与えよ』


 ・【ライトアロー】 効果:光の矢で相手を攻撃する魔法 詠唱『光よ。矢となりて敵を貫け』




【闇属性】



 ・【イリュージョン】 効果:相手を惑わし、幻を見せる魔法 詠唱『闇の力よ。かの者を惑わし、災いを与えよ』


 ・【ダークアロー】 効果:闇の矢で相手を攻撃する魔法 詠唱『闇よ。矢となりて敵を貫け』





 これ以外にも中級魔法は存在するが、初級魔法よりも習得難易度が高いということもあってか、この二年で覚えられたのはこれだけだった。



 この世界に共通する魔法のコツのようなものが存在するかもしれないため、これ以上習得する速度を上げるためには、やはり他の魔法使いから教えてもらう必要がある。



「とりあえず、父さまに家庭教師を頼んでおくかな」



 今後の方針をある程度固めたレイオールは、さっそく行動するべく、ガゼルの元へと向かった。

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