第十一話「専属護衛」



 レイオールのお披露目の儀式から十日ほど経過したある日のこと、いつものように日課の書庫へ向かおうとしていたところにガゼルとサンドラの二人がやってきた。



「父さま、母さま。今日はどうしたのですか?」


「うむ。今日はお前の専属護衛を決めようと思ってな」



 ガゼルがそう切り出すと、サンドラが部屋の扉の方に視線を向ける。すると、扉がノックされ数人の騎士たちが入室してきた。



 厳格な雰囲気を持ちつつも、機能性も損なわれていない装備に身を包んだ騎士の姿に、レイオールは内心で感嘆する。



(ほう。騎士の姿は何度か見たことがあったが、改めて見ると、良い格好をしているな)



 そんなことを思いながらも、サンドラが話を始めたので、意識をそちらに向けることにする。



「レイオールちゃん。王太子は代々のしきたりによって、自分の護衛となる専属の騎士を選ばなければならないわ。今回はこの二人のうちどちらかを選んで頂戴」



 レインアーク王国では、王族が行うべき数々のしきたりが存在する。その中の一つに“王太子は三歳になると、生涯傍に仕えさせる護衛騎士を選ばなければならない”というものがあり、まさにそれが今行われている真っ最中というわけだ。



 だが、レイオールはここで疑問が浮かんだ。それはサンドラが言った“今回は今この二人のうちどちらかを選んで頂戴”というものだ。この言葉に彼は些かの矛盾点に気付く。



 つまりは、通常であれば専属護衛というのは“数多の騎士の中から王太子自身の目で見て直接選ばなければならない”ということではないのだろうかということだ。



 もしそうであれば、サンドラがやっていることは王族のしきたりに相反する行為であり、それは決して許容できるものではない。



 二人の騎士は、一人が四十代くらいの中年男性で精悍な顔つきは今まで積み重ねてきた経験豊富さが窺える。一方もう一人の騎士は二十台前半ほどの若い青年騎士で、爽やかな雰囲気を持った好青年という印象を与える。



「お二人とも、これはしきたりに反する行為なのではないですか?」


「な、なな何を言っているの!? レイオールちゃん」


「そ、そうだぞ。俺たちはお前のためを思って」


「……正直に答えないのであれば、お二人とはしばらく口を利かないことにしま――」


「「ごめんなさい」」



 二人が自分のことを溺愛しているのを知っているレイオールは、少し意地の悪い手を使って彼らの真意を見ようとしたのだが、レイオールが言い終わる前に彼の言葉を遮るように二人とも謝罪の言葉を口にした。



 その言葉だけで、二人の行ったことがしきたりの本意ではないということを理解したレイオールは、本来のしきたりに則った方法を彼らに提示する。もちろん、逆らえば待っているのは最愛の息子との会話ができなくなるというバカ親……もとい、親バカな人間にとってはこれ以上ない拷問であるため、ガゼルとサンドラは泣く泣くレイオールの要求をすんなりと吞んだ。



 それから、レイオールの尋問という名の質問に対し、二人がどんなことをしたのか聞いてみると、それは至って単純なものだった。



 そもそもだが、このしきたりは王族が自分の身を守る人間は自分で見定めよという名目のもとで定められたしきたりであり、その歴史も初代国王が定めたものとあってかなり古いものだ。



 そして、歴代の国王たちはそのしきたりに従って専属の護衛を決めてきた。であるからして、いくら国王や王妃であってもこのしきたりを曲げてまで王太子の専属護衛を勝手に決めることはできないのである。



 だが、息子可愛さにその身を守る人間を勝手に決めてしまったというのが、今回ガゼルとサンドラがやってしまったことだ。その気持ちはわからなくはないが、そこはやはり王家のしきたりという意味でも、息子の人を見る目を信じて欲しかったという意味でも、自分の目で見定めさせてほしいとレイオールは内心で苦笑いを浮かべた。





 ☆ ☆ ☆





 そんな一幕があったが、王家のしきたり通り王太子であるレイオール自身に専属護衛を決めさせるべく、騎士たちが日課としている訓練が行われている修練場へと足を運んでいた。



 修練場の敷地は、王城内ということもあってかかなり広く、一般的な学校の二十五メートルプール一面の十倍以上の面積を誇っている。修練場内にはいくつかのグループに別れて騎士たちが訓練に励んでおり、大概が実戦形式の模擬戦を行っているところが大半だが、中には人形を用いた訓練を行っているグループもいて、なかなか本格的だ。



 騎士たちの年齢層は十代中頃から四十代と幅広いものの、その肉体は屈強で誰一人としてふくよかな体形の者はいない。少数ではあるが、女性の騎士も何人か混じっており、彼女たちも男性騎士と同じく厳しい訓練を積んでいる。



「こ、これは陛下と王妃様ではありませんか。このようなところでいかがなさいました?」


「ザイラス騎士団長か。今日は我が息子レイオールの専属護衛を決める日なのだ」


「だから、レイオールちゃんに騎士たちの様子を見せたいの」


「な、なんとっ!? 今日でありましたか……では、さっそく」


「うむ」



 ザイラスの案内で騎士たちを見学することになったレイオールは、一度訓練を切り上げ一か所に集まった騎士たちの前へとやってきた。



「いいかお前たち、今日は王太子殿下自らが専属護衛を決めるしきたりの日だ。日頃の成果をとくと見せるんだぞ」



 王族が修練場にやってきた理由を理解した騎士たちが騒めき立つ。騎士にとって王族の護衛というのは最高の誉れであるが、そのほとんどが専属ではない。だが、今回はその専属の護衛を決めるということなわけであるからして、騎士たちのモチベーションが上がることは想像に難くない。



「あの王太子殿下の専属になれるのか!?」


「神童と呼び声高い殿下の護衛……ゴクリ」


「これは頑張らざるを得んな!!」



 ザイラスの言葉を皮切りに、騎士たちの士気が上昇する。やはり王族……特に王太子の専属護衛ともなればその栄誉はかなりのものなのだろう。



 このまま話していても騎士としての能力を見極められないと思ったレイオールは、ひとまず普段の訓練を騎士たちにやってもらい、その傾向を確かめてみることにする。



 だが、普段通りといっても王太子の専属護衛の肩書がかかった大事な訓練に身が入らない者などいるわけもなく、ほとんどの騎士たちが実戦さながらの全力で訓練を行うという事態となっていた。



 ガゼルとサンドラは遠巻きに見守るだけに留めるらしく、レイオールだけ騎士たちを見て回ることになったため、騎士団長であるザイラスを伴って一通り騎士たちの様子を見ることになった。



(おや? この人は……)



 そんな中、一人黙々と訓練に勤しむ騎士がいた。年齢は二十代中頃から後半くらいで、穏やかな雰囲気を持ちつつもその眼光は鋭く真面目に訓練に取り組んでいる。だが、どことなく手を抜いているような雰囲気で、何か遠慮しているような印象をレイオールは感じ取った。



「ちょっといいかい?」


「はっ」


「殿下、我が息子が如何しましたでしょうか?」


「ああ、息子なんだ」


「はい、ライラスと申します」



 自身が感じ取った違和感の正体を確かめるため、レイオールは彼に話し掛けた。しかし、まさかその相手がザイラスの息子だったことに彼は意外そうな顔をする。



 右手を胸に当てながら恭しく一礼するライラスの紹介を受けつつ、レイオールは彼に問い掛けた。



「君に少し聞きたいことがあってね」


「なんでしょう」


「何故、手を抜いているのかと思ってね」


「っ!?」



 レイオールの前世で、特に武術や格闘技をやっていたという経験はない。だが、常に人の心の機微に関しては財閥家の当主ということで人一倍気を付けていた節があった。



 そんな経験を持つ彼であるからこそ、ライラスが実力をわざと出し渋っているように感じていたのだ。少なくともレイオールはそう感じた。感じてしまったのだ。



「僕の見立てでは、君の父であるザイラスよりも実力が上だと見てるんだけど」


「そ、それは……買いかぶりでございます。私如きが、父上よりも実力が上であるなどと……」


「なら模擬戦をやってもらおうか。本当に君がザイラスよりも劣っているならそれまでだ。ただし、お互い全力でやってもらう。ということで、ザイラスどうだろう?」


「問題ありません。すぐに用意いたします」



 それから、ザイラスとライラスの親子同士の模擬戦が取り行われることになった。レイオールは二人に“手加減一切無用”と厳命し、模擬戦をやらせた。すると、結果はレイオール以外が予想したものとは異なるものになってしまった。



「参った。降参だ」


「……」


「やはり、父親の手前遠慮していたみたいだな」



 推測が確信のものへと変わったことにレイオールは満足気だが、ライラスとしては複雑な心境である。自分が父よりも実力があるということは、騎士としての自尊心を傷つけてしまうのではないかという思いからくるライラスなりの優しさであった。しかし、それは彼の杞憂でしかない。



「ライラス。君がザイラスに勝ってしまったことで、父親の威厳を損なわせてしまうと考えていたんだろ? だが、それは逆だ」


「逆、ですか」



 レイオールの言葉をいまいち理解できていないのか、ライラスが訝し気な表情を浮かべる。親の心子知らずといったところだろうか。



 ザイラスの心境としてはいつまでも騎士団長として国や王家に仕えたいと考えてはいる。だが、寄る年波には勝てず自分が騎士団長の職を退いた後、その大役を任せられる人間を探していた。



 彼としてはその役を自分の息子に任せられればと考えていたが、親としての色眼鏡ではなく騎士個人としてライラスの実力を見定める必要があった。要は“自分よりも強いかどうか”である。



 そういった思惑がザイラスにはあったため、どちらかといえば彼は息子であるライラスに誰もが納得する形で負けることを望んでいたのだ。



 そして、今回の模擬戦によってお互い全力で戦った結果、自分の息子がここまで強くなっていたことを確認できた。しかも他の騎士たちや国王であるガゼルが見ている公の場という場所で。



「ライラス。よくぞこの父に勝ってくれた。お前がここまで立派になったこと父として誇りに思うぞ」


「父上……」



 それから、すぐにザイラスは引退する旨を国王に伝え、その後釜にライラスを据えることを進言した。急な展開に、レイオールの専属護衛の話は一旦保留という形を取ることにし、新たな騎士団長の誕生を祝うのであった

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