第三話 始まりと終わり
夏休みも真ん中に入った頃、彼は私に弓道を教えてくれた。教えて欲しかったわけじゃないけど、何かあったときに役に立つと彼は言っていた。いつ役に立つのか分からなかったけど、彼の言うことは間違っていないように感じるから私は彼に教わった。弓は彼のお下がりだったけど、それでも良かった。弓道は難しい。彼は
「心が静かになったら当たるようになるよ。」
と言っていた。最初はよく分からなくて彼の言葉の意味を理解できなかったけど、少ししてからわかるようになった。少しでも考え事をするとぶれてしまう。心が全て出てきてしまうことに少し恥ずかしさを覚えたけど、それと同時に自分を知れるようで少し嬉しかった。
段々上達していく私に彼は
「いい腕をしているね、いつか僕のことも追い抜くのかな?」
なんて言っていた。私は
「一生無理だと思う。だって" "はすごくうまいじゃん、超えられないよぉ」
なんて言った。彼は頑張ればきっと超えられるよ。と言っていた。でも私は超えたくなかった。超えてしまったら彼に教えてもらえないから、彼を忘れてしまいそうだから。私はいつも少し手を抜いてやっていた。きっと彼は気づいているのだろうけど、、、。それでも私は手を抜くのをやめなかった。彼に縋り付いていたかった。
夏休みも終わりに差し掛かった頃、彼は少しだけやつれていた。どうしたのかと聞いても、
「少し忙しくてね、」
と気まずそうにいう彼に私は問い詰めることをやめた。あぁ何かあったんだろう。だけど、これ以上踏み込むなと言われている。そんな気がして聞けなかった。
段々と過ぎていく時間に少し悲しく感じた。夏休みがこれだけ充実したのは初めてだった。
毎年毎年手伝わされる家のことに今までなんの不信感も抱かずに家の手伝いをしているいい子を演じていたただそれだけだった。そんな私に現実は辛くも厳しくて、私の願いや、願望は叶うこともなく散っていった。
彼もきっとそうなのだろうか?何か打ち砕かれるようなことがあったのだろうか?
彼のことについて知りたいけど、彼はいつも少し距離をとっていて分厚い壁の向こうには決して立ち入らせてはくれなかった。多分どれだけ仲良くなっていてもかわらないであろうその壁は一体何を表していたのだろうか。もうわからないことだ。
それからも何もなかったかのように彼と会話をした。いつものように振る舞った。彼はそのことに気づいていたのだろうか。できることならば気づいていなかった方が都合がよかった。
夏休みが終わって始業式があった日、初めて彼から連絡が来た。その声は知らない女の人の声だった。
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