第16話確証、足らずも
降りしきる雨の中、カンパーニュ。
シュエットとの対話を終え、情報を仕入れた真珠とアベルは早々に帰路へとついていた。
(舌なめずり、ねえ……)
馬車の窓に打ち付ける雨を見ながら、真珠はひとり物思いに耽る。
情報を流せと依頼をしたのは、王宮に居る舌なめずりをする癖の有る人物。そう取っていいだろうシュエットの言葉の他に、真珠には気になっている情報があった。それは。
帰り際、シュエットが真珠にだけ囁いた、ある言葉。
『気をつけなさい、アベル様を史実通り殺そうとしてる奴はゴマンといるのよ。私なんて、序の口。覚えておいて』
「……」
ゴマンといる、アベル様の敵。それは、同じ転生者?それとも、この世界に、元々。どの道それを掻い潜らなければ、アベル様の幸せな未来は無い――。
考えれば考えるほど、ムカつく理不尽。
(アベル様が一体何したって言うのよ……!! )
沸き上がる気持ちとともに、真珠の拳にもつい力が入る。と、その時。
「!? 」
「……ペルル」
アベル様の少し冷たい手が、真珠のそれに重なった。
「え、あの、アベル……!? 」
驚いて、緩んだ拳。そこを守るように、慈しむように。さらに割って入るアベルの指に、真珠は顔から火が出そうなほど赤面する。
「……愛しい、私の真珠。どうかひとりで考え込まないでほしい。……こうして守っていただいている身で言うことでは無いかも知れませんが、もっと頼ってはくれませんか」
「……!! 」
(そっか、アベル様……私を心配してくれてるんだ! )
目の前にあるのは、決闘の余韻か少し疲れた顔だけれど。自分を気にかけてくれるアベル様の優しさに、真珠は救われたような心地がして、そして。重くなっていた感情を払拭するかの如くばしん、と両頬を叩いた。
(俄然、やる気が湧いてきたわ……!!お母様みたいに全員ちぎっては投げてやるんだから!! )
そんな急な真珠の喝入れに驚くアベル様の手を取り、彼女はにかりと微笑む。
「ありがとう、アベル。敵がどれだけ居ようとも。一緒に目にもの見せてやりましょう!!」
(今全部打ち明ける事は出来ないけれど。一緒に歩くことはできるはずだわ。待ってて、アベル様)
所変わって、ベルルーチェ邸、深夜。
帰宅した真珠とアベルを待っていたのは、苦い顔をしたグルナ・ベルルーチェと。部屋の隅でガタガタと震える、変わり果てた姿のカインだった。
彼の潰れた喉からはひゅうひゅうと息が漏れ、衣服を着せられてなお覗く首輪とベルトの跡が痛々しい。
「――カイン様!?行方が知れぬと聞いていましたが」
「お父様、これは」
「……うん、僕も詳細は分かっていないんだ。ただ――彼が王室の誰かに『飼われて』居たのは、状況から見て間違いないと思う」
「な……!? 」
帰宅早々の、大事件。流石に固まってしまった二人を前に、公爵は言葉を続ける。
「王家居室前で見つかったときはそれはもうひどい有りさまでね。裸にちぎれた首輪をぶら下げただけ、犬のように歩かせるためか手足をそれぞれ縛られていて……人間のすることではないと思ったよ」
「……」
「……カイン様」
「お父様、王宮にこのことは」
「まだ伝えていないよ。また捕まって閉じ込められては事だからね」
「そう……」
この会話の間にも、カインはぶるぶると震えたまま部屋の隅から動こうとしなかった。そんな様子に、一番衝撃を受けていたのは、アベルだ。
(回復術の加護があったとはいえ、あんなにも果敢に私と闘っていたカイン様が、ここまで……一体何をされれば、このように)
そんな彼の手を、今度は真珠が包み込む。
「ペルル……」
「心配しないで、アベル。こうして保護できたんだもの、きっと良くなるわ」
そうアベル様に声をかけつつ、真珠は考える。恐らくは、アベル様も同じ考えに行き着いていると思いながら。
(この手口、この時期。そしてこの容赦のなさ。しかも、王宮の中の人間。アベル様の敵と無関係とは思えない……!! )
王族を負かしたアベル様と継承権第一位のカインが消えて、都合のいい人物。
そして二人と事件前に接触した人物。それが犯人だろう。そう考えをまとめた真珠。そこに浮上してきたのは、言わずもがな。
(まさか……!? )
今回の事件の、首謀者に該当しそうな人物。そこまで考えた所で、真珠は大きく首を振った。
(いやいやいや、そんなわけない!!だってあのノア様よ!?きっと他に容疑者が――)
アベル様とカイン同時狙いの確証も今の所はっきりとは無いし!!そう思い直そうとした真珠の横で、ある言葉が落ちる。
「……舌なめずり」
「!?メイ、どうして」
シュエットから聞いた、キーワードを。真珠が言葉を落としたメイをそう問い正す前に、部屋の隅の様子が一変した。
「〜〜!!〜〜〜!! 」
「カイン様!! 」
急に、カインが暴れだしたのだ。
(まさか、メイの言葉に反応して!? )
カインの様子から推察をした真珠が、メイに改めて問い正す。
「メイ、それをどうして言ったの?どこで、知ったの? 」
「それは――」
時を同じくして、王宮。
こちらでは、部屋に戻ったノアがイライラと歩き回っていた。
(公爵ってばペルルを外出禁止にして、会わせてもくれないなんて。これじゃあ揺さぶって遊べないじゃないか)
そう愚痴混じりに犬を蹴り飛ばそうとして。そこで初めて、彼は犬の不在に気づく。
「あの、馬鹿犬……! 」
まあいい、どうせ正気に戻れやしない。そう思い直したノアは、知る由も無かった。真珠が、もう少しで真実に行き着こうなど――。
「ノア様が、舌なめずりを? 」
「は、い。最初にここへいらした際に」
「……そう。アベル」
「……ええ、にわかには信じがたい話ですが」
レザール夫妻に情報を掴ませてアベル様を陥れ、カインをこんな状態へ追い込んだ人物。それは。
「ノア様……なの? 」
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