第15話死闘!情報戦
薄暗い路地裏にぽっかりと開く木の扉。施錠も何もされていない筈のそこには、「入ってはいけない」と思わせる重厚な空気が漂う。
そんな開け放たれた閉鎖空間の中へ、一歩、ニ歩。慎重に歩みを進めたアベルと真珠は、ランプが曖昧に照らすアンティーク調の部屋の突き当りで人影と相見えた。
性別は、男。
桃色の髪を真ん中から分けた、紫の瞳を持つなかなかの美形。身にまとう洋服は、田舎の路地裏にそぐわない上等なものだ。部屋の内装と、容姿。これだけで、彼がどれだけ儲けているのかは一目瞭然だった。
座り心地の良さそうなカウチソファに腰掛けた人影――シュエットは、訪ったふたりを興味深そうにしげしげと眺める。そして。
「ようこそ、アベル様。ペルル嬢。歓迎するわ」
まるで世間話をする旧知の如く、気軽そうに微笑んだ。
(何、こいつ。考えてることが全然わからない……!! )
シュエットの住処へ入った真珠は、驚愕とともに考える。
自分たちの正体をもう嗅ぎつけているくせに、警戒も何も見受けられない、読めない男を目の前に。
(レザール夫妻にあんなスカ情報を握らせたんだもの、私達がどうして来てるか分からないはずがないって言うのに! )
真珠の頭に浮かんだのは、そんな考えだ。しかし、眼前のシュエットはそれすら見透かすように笑っていた。
(これは、要警戒!! )
考えれば考えるほど分からない真意にそう思考をまとめた真珠。しかし。
男の真意は、他でもない彼自身によって直ぐに詳らかとなった。
「ねえ、私はね。史実を守ろうとしてるだけなのよ。あなた達にはわからないでしょうけど。悪気はないわ」
「史実、ですって!? 」
「そう、史実。そこではね、あなた達は仲が悪くて。アベル様は、孤独の中美しく散らないといけないの。おかしいのよ、今の状況は」
「な、に……? 」
情報屋らしからぬ、感情が多分に混ざったシュエットの弁。そして「史実通り独りで死ね」と言っているとは思えないアベルへの熱のこもった視線。それにアベルが言葉を失う横で。
シュエットの言葉に、そして表情に。真珠はピンと来るものを感じ取っていた。
(こいつ、いや。こいつも。もしかして……転生者なの!? )
しかも、アベル様史実ルートガチ勢の!?そう勘付いた、真珠。
それを裏付けるかのように、シュエットはアベルへの視線を残しながらアベルにとっては意味不明だろう言葉を熱っぽく続けた。
「散々コケにされて、苦い目を見て。報われず死んでいく――それがあなたの美しさ。だと言うのに! いざ来てみればあなたはとっても幸せそうで。私心底腹が立ってるのよ。そこの女にね!! 」
「なっ!? 」
「ペルル!!元はと言えばアンタがおかしくなったからいけないのよ!!直ぐにイヤミ豚へお戻りなさいな!!さもなくばこの場で殺してやるわ!! 」
熱情からの、激昂。それが急にペルルへ向けられたことで、アベルは剣に手をかけ身構える。が。
この状況下で一番冷静だろう真珠は、それを制してシュエットへ啖呵を切った。
「あなたの考えはよーーーーーく分かったわ。「分かった」の。分かる?その上で言わせてもらうわね。史実なんてクソよ!!や・な・こ・っ・た!!」
「?、?? 」
「!!アンタ、まさか――!! 」
緊張感と感情の走る、室内。
そこに来て真珠の何たるかを悟ったシュエットが、驚愕に叫びを上げる。そして。
「条件は同じ、ってことね。ならば」「ええ、アベルのルート選択を賭けて」
「「決闘よ!! 」」
「!?……??」
アベルの未来をかけた決闘の火蓋が、アベルにはよく分からない所で切って落とされたのだった。
場所は変わり、王宮内。
こちらでは、ベルルーチェ公爵が鉄面皮の裏で賊の尻尾を掴むべく捜査を続けていた。
(ペルルとアベル君、頑張ってるかなあ。いや、頑張ってるに決まってるよね!僕も気合を入れないと)
ふんす、ふんす。冷徹な顔面からは想像できないユルさで、気合を入れ直す公爵。そんな彼が、王族の居室が並ぶ棟を通りかかった、その時だった。
「〜〜!!〜〜!!」
公爵は、何かがひしゃげた叫び声を上げるのに気がついた。
(何だ、もしやどなたかがこっそり犬でも拾いなさったか)
諌め半分、興味半分。突き当りの廊下を覗き込んだ、公爵。そこで彼が、目にしたのは。
「カイン様!? 」
喉を潰され手足を縛られ裸で這う、カインの姿だった。
「お願いです……もう、やめ……!! 」
「なんの!! 」
「まだまだぁ!! 」
所変わって、昼下がり、シュエット住処。こちらでは、一刻を超える白熱した決闘が繰り広げられていた。
「アベル様は小さい頃猫をこっそり拾ってミュゲと名付けて可愛がっていた!! 」
「ぐっ、コンプリートガイド限定の情報ね……!!ええい!!アベルはこっそり街へ降りてちょっと罪の意識を持ちつつもパンケーキを食べている!! 」
「なにそれ新情報……ああッ!!なんの!! 」
「や、やめてください……ゆるして……」
アベル様にとっては羞恥拷問以外のなんでもない、アベル様ガチ勢同士の「神聖なる決闘」が。
そして、闘うこともう一刻。
「…………」
「負けたわ、アンタがベストオブアベル様ガチ勢よ……!! 」
「当っっ然!! 」
アベル様の尊い羞恥を犠牲に、遂にコンプリート率と新情報で手数の勝った真珠が勝利をおさめたのだった。
「こ……ころしてくれ……」
「さ、私が勝ったんだもの。吐いてもらうわよ、アベルの破滅ルート回避のための情報を」
場所を同じくして、夕刻。
決闘とその後の意気投合ですっかり日の暮れたそこで、真珠は本題とばかりに切り出した。
「ええ、マイベストフレンド。その代わり、約束通り見せてちょうだいな。幸せに生きるアベル様の美しさ」
真珠の言葉に、シュエットも深く頷いて言葉を返す。そして。
重要な事実を、彼はふたりに告げたのだった。
「今回の件、流したのは王城に居る人間よ。私も首がかかってるもの、名前は言えない。でもね、良く覚えておいて」
「? 」
「舌なめずりには、気をつけなさい」
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