第14話窮地と恋路







「あ、ああ……」

 苔むし汚れた、路地裏の中で。

 アベルの姿だけが、真珠の瞳に眩しく映る。


「なんだてめ……ぶッ!? 」

「野郎、ナメやがっ、ぎゃあああああ!! 」


 黙りこくったままの彼が通るたび、上がる悲鳴、倒れ臥す暴漢たち。

 そのまま真っ直ぐ真珠の元へと降り立ったアベルが、真珠を大事そうに抱き込んだ後。きつくリーダー格を睨み付け、剣を抜いた。




「これ以上私の妻に指一本触れてみろ。貴様の汚い手を切り落としてくれる」

「……ッぐ……!!てめえ! 」

 よくも、仲間を。リーダーはそう続けた。いや、続けようとした。が。


「よくも……?貴様が言えた口か、この愚物が!! 」


 それでアベルの逆鱗に触れた馬鹿な男は、剣戟とともに大きく吹き飛んだ。












 そして、事件後。地に全て倒れ臥した暴漢達を背に、アベルはそっとペルルにマントを羽織らせる。


「あ、あの、アベル」

「……」


 優しい手付き、暖かな気遣い。それだけはいつものままの彼ながら、一向に口を開かないアベルに真珠が話しかけた、瞬間。


「貴女は、何を考えているんだ!! 」

「っ! 」


 アベルの怒号が、辺り一帯に響き渡った。




「危険な所には行かないと約束したでしょう!取り返しのつかない事になってしまったらどうるすんです! 」

「ご、ごめんなさい……!! 」


(今回の事は、完全に私の落ち度……! )

 真珠は、アベルの怒りにくしゅんと項垂れる。そして辺りに、沈黙が落ち――。













 しばらくして、それを破ったのはアベルだった。




「……すみません、ペルル。冷静さを欠きました。さぞ怖かったでしょう」

「え、そんな!……!……」


 そんなことない、今回のことは、私が。そう言おうとした真珠は、言葉が嗚咽に引っかかり出てこないことに気がつく。そして。


(ああ、そうか。私、怖かったんだ)


 アベル優しく撫ぜられ、少し遅れて彼の言葉を飲み込んだところで、やっと大きく泣き出した。


「うわ、あああああ!わああああああん、アベル!怖かった、怖かったよ……!! 」













(ああどうしよう、恥ずかしい……!! )


 騒動が終わって、大通り。

 事態が事態だけに今日のところはメイの待つ宿屋へ帰ろう、ということになったのだが。


 愛しのアベル様にお姫様抱っこされ運ばれる真珠は、もう事件どころでは無くなっていた。


 その一端は、もちろん先刻の大泣きとこのお姫様抱っこにもある、が。




(アベル様にあんなことを言われるなんて!! )


 恥じらう理由の大部分は、騒動後にアベルが発した、「ある言葉」にあったのだった。その言葉が、暖かなアベル様の腕に揺られる状況で、何度も真珠の中にリフレインする。




『貴女が賊を退治しようと務めてくださっているのは分かっています。でも、己を狙う賊がいることより、あなたが危険な目に合う方がよほど恐ろしいのです』


『愛しい貴女を守れず、どうして生きて行けるでしょう』


『愛しい、私の真珠』


 


(ああああああああああ!!あああああああああああああ!! )


 世紀の大告白もかくや、という台詞もそうなのだが。不意打ちで本名を呼ばれたことが、今の赤面の嵐に大きく貢献していた。


(ペルルって真珠って意味だったわね!!盲点!!もう死んでいい!! )


「ペルル……? 」

「ひゃひい……」


 そんな真珠の胸の内を、推し量れるはずも無く。

 不思議そうに首を傾げたアベルは、宿へと急ぎ向かったのだった。












 時は過ぎて、夜。

 メイと文字通り涙の対面を果たした真珠は、夜着に着替え早めの休息を取っていた。


(あー、疲れた……)

 

 兎に角今日は、色々あった。ありすぎた。アベルより先にシャワーを浴びベッドに埋もれた真珠は、同じくシャワーを浴びているアベル様を妄想……もとい想いつつ、物思いに耽る。


(でも今日の情報はビンゴの筈。後はアベル様に伝えて、明日一緒に――)




 シャワー室を背に、悶々と。考えていた所に、シャワーを浴び終わったらしいアベルがベッドに入ってきた。


「アベル!!あのね、今日――」


 有力な情報が、手に入って。

 そんな言葉が、半端なところで宙に迷う。




「ひゃ、アベル……!?」

(うううううう、後ろ抱きいいい……!! )


 












 シャワーを終えて、ベッドに入って。アベルが行ったのは、ペルルを後ろから抱き込むことだった。


 薄い夜着越しに感じる、彼女の香り、暖かさ。これが失われていたかもしれないと思うと、ひどく恐ろしかった。そして、愛しくてたまらなかった。


 そんな熱情、そして少しの劣情。しかし抑え込んだそれの代わりに、少し濡れた彼女の髪に、首筋に。己の顔を埋める。


「誰にも渡すものか。わたしの、真珠……」


 吐息とともに吐き出したそれに、ペルルがぴくんと反応した、気がした。












 時を同じくして、真珠側。こちらの脳内は、大フィーバー祭りもかくやという有様だった。


(え、だだだ誰にも!? ていうかこの流れって、あの……アレ!? )


 間近に迫る、アベル様の体温。同じ石鹸を使ったはずなのに少し違う彼の香り。そしてこの台詞と密着。これは。この状況は。

 

(卒業!?推しで!? )


 アレで、アレか。

 そう混乱ちょっと、期待だいぶで身構えた真珠。そんな彼女の耳に、次の瞬間入ってきたのは。


 アベル様の安らかな寝息だった。




「って寝るんかい!! あーん、アベルー!! 」




 後ろから抱き込むだけって、めちゃめちゃお預けじゃない!!

 そんな真珠の叫びが、夜の闇に溶ける。


 その日結局そのまま爆睡した真珠は、後々惜しいことをしたといたく後悔するのだった。













 そして、朝。

 宿での朝食もそこそこに、真珠はアベルへ仕入れた情報を切り出た真珠は、アベルと共に真っ直ぐに昨日の路地裏へと繰り出した。


 


「ペルル、私の横に」

「はい」

(守ってくれるアベル様、尊い!! )




 そんなふたりを、待ち構える影、ひとり。

「へえ、仲の宜しそうなこと」


 情報屋シュエットが、ふたりの捜索を嗅ぎつけ、住処に座していたのだった――。








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