第13話爛漫危険紀行
日は変わり、ベルルーチェ邸。
ここでアベルと真珠ふたりは公爵から直々の外出禁止令(ダミー)を受け、事情を知る一部の召使い達と共に出立の準備と洒落込んでいた。
目的地は、王都僻地。公爵が謁見のあと聞き出した、レザール夫妻がスカ情報を握らされた地だ。
そこへお忍びで行くのに目立たぬよう行っている、変装と旅装準備。これが、真珠にとってはまさしく天国であった。
「ああ〜、眼鏡とかいいなあ!あ、女装もセクシーで捨てがたい!!」
「これは流石に無理が有ります、ペルル」
くるくる、くるくる。愛しのアベル様を着せ替えてのお忍びデート、もとい調査。
事態が事態だけに女裝だけはぐっと一度で堪えるも、推しの着せ替え放題な準備期間の到来に、真珠の心は春爛漫であった。
(私の推し、最高!! )
そうこうして、夜。
出立が目立たぬこの時刻に旅立つと決めたふたりは、それが一番自然で目立たないということで「田舎から来た新婚夫婦」風の装束に身を包み、最低限の侍従を連れて僻地へと旅立った。
ふたりが着る装束は、それぞれ首元の開いたラフな白シャツに黒いズボンと眼鏡、そして簡素なマント。帽子に田舎風の肩口が開いた橙のワンピースだ。
おまけに染料で一時的にアベルがブルネット、真珠が赤に髪を染めこみ編み上げているのでこれならバレるはずがない、とは同行したメイの談である。そして、出立。
「いざ!賊退治!目にざまぁ見せてやるわ!! 」
「ざまぁ……? 」
「あ、いえ、おほほ」
真珠の言葉にアベルが首を傾げつつも、それはしめやかに執り行われたのであった。
場所を移して、王都僻地の町、カンパーニュ。
ここに来て、真珠はぎりぎりと帽子に隠れた眦を釣り上げていた。
(ここここいつら、人の旦那様をジロジロと……!! )
そう、ジロジロ。帽子で目元を隠す真珠とは違い、顔丸出しのアベル様が。先程から、道行く女性にきゃあきゃあと見られているのだ。
希少な紫の髪から一般的なブルネットに染め上げ、服を簡素にしようと漏れ出る品と色気。こればっかりはしょうがない。が。
(私がいるでしょうよ、私が!! )
問題は、一部の無礼者が真珠を差し置いて会話の機会を伺っている事だ。
しかも最悪なことに、そのまた一部の節操なしは真珠を無視してしなだれかかる始末。それでも、真珠が眦を吊り上げるだけにとどまっている理由。それは。
「失礼、妻以外に興味はありませんので」
品よく顔よく、しかしきっぱりと女性の誘いを断るアベル様にあった。
(はああ、顔、良……!!しあわせ!! )
何だかんだ、アベルさえ居ればいつでも真珠は幸せなのである。そして駄目押しとばかりに、真珠は帽子をくいと上げて一言。
「そういうこと。御機嫌よう、お、嬢、様」
ちらと出した己の顔に擦り寄り女が驚愕するのを満足気に眺め、真珠は愛しのアベル様と調査を続行する。そして。
事態が動いたのは、三日目の昼だった。
「この絵姿の夫妻に、心当たりがあるの? 」
「ああ、そこで情報屋のシュエットと話し込んでいるのを見たぜ」
レザール夫妻の絵姿を手に、「親戚を探している」と嗅ぎ回って、二日。ついに真珠は、メイを伴って訪れた店で有力な情報にたどり着いた。
(夫妻に、情報屋……!!これってほぼビンゴじゃない! )
「ありがとう、助かったわ! 」
「にして大変だねえ、新婚早々親族が行方不明とは」
「まあね。でもあなたのおかげで見つかりそう! 」
「シュエットの住処はそこを曲がった路地裏だ、暴漢に気をつけなよ、奥さん」
「ええ! 」
情報をくれた男性との会話もそこそこに、真珠はるんるんと店を出る。そして。
(アベル様との合流にはまだ少し時間があるわ。情報をもっと集めなきゃ!)
あろうことか、男性の忠告を頭からすっぽ抜かせたまま、路地裏へと突き進んでしまったのだった。
そして昼過ぎ、町の中では大通りに面した噴水前。
そこでは、ペルルと合流すべくアベルが四半刻ほど待っていた。
(ペルル……危険なところには行かぬよう言っておいたが、何かあったのではなかろうか)
そんなアベルの心配が、彼の足を動かしかけた、その時。
「アベル様、アベル様……!!ペルル様が!! 」
「!? 」
衣服の乱れたメイが、アベルの前に姿を現した。
時をほぼ同じくして、路地裏。
(メイは……うまく逃げたかしら)
明るく人通りの多い大通りと違い薄暗くじめじめ苔むしたそこには、衣服を破られあられもない姿になった真珠と、数人の暴漢達の姿があった。
「へえ、いい体してやがる」
「シュエットのところへ行くんだろう?おめかしさせてやるよ、俺らがなあ!! 」
(ったく、面倒なのに捕まった……!! )
得られた情報に、メイの制止も聞かず突っ込んで。自分の剛腕を過信していた愚かさに、真珠の口からち、と舌打ちが落ちる。すると。
「このクソアマ、舐めたマネしてんじゃねえ!! 」
「っあ!? 」
それを侮辱と取った暴漢のひとりの拳が、真珠の腹に埋まった。
「っが、はっ……げほっ……!! 」
「あーあーあー、可哀想に。きれいな白いお肌が赤くなったなあ! 」
「大人しく俺らにヤれりゃあ、痛いことは無しにしてやるぜえ? 」
真珠が苦しむ様に、気を良くしたのか伏せた真珠の顔をリーダー格の暴漢が覗き込む。が。
ぺ、という音とともに、リーダーの顔に唾が飛んだ。
「死んでも、お断りよ」
「野郎……!! 」
アベルは、走った。保護したメイが指し示した路地裏へ。はやる気持ちと、ドクドクと嫌な脈打ち方をする心臓を胸に。
早く、早く。一刻も早く、ペルルの元へ。
そして、辿り着いたアベルが目にしたのは。
両手を拘束され吊り上げられたペルルと、怒り狂う暴漢の姿だった。
暴漢がペルルを穢すまであと一歩に迫った、その時。
ペルルの一番近くに位置した暴漢が、場の空気が一瞬で変わったのを感じ取る。そして、その一瞬の後には。
何をされたかもわからぬまま、あらぬ方向に曲がった己の手に悲鳴を上げた。
「ア……ベル……」
「貴様ら……私の妻に、何をしている? 」
間、一髪。アベルが、真珠の危機に間に合った瞬間だった。
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