第10話鉄面皮、来たる








 グルナ・ベルルーチェ。

 6大公爵家ベルルーチェの当主で、ペルルの父親。ゲームでは堕落したペルルに早々に失望し、婚約破棄後は管理を面倒だと感じたのかほぼ監禁状態にしていた仕事の鬼、通称鉄面皮。


 それの召集が、ノアの打った第二の手である。


 


(こんなタイミングで、どうして!? )

 あまりの事態に真珠が驚愕するも、遅きに失していて。


 白髪のオールバックに鋭い金の眼光を持つ大柄な公爵は、ざわつく会場の渦中にあるレザール夫妻を見るなり大きく溜息をついた。


「常識のない家柄だと思っていたが……まさかここまでとは」

「公爵!……いやノアの共謀者め!!我らを妨害しに来たのか!? 」




 事態を把握しているのか、いないのか。いつのまにか「揺らいでいる公爵家」=ノアの手先!と決めつけたらしいレザール男爵の声が響く。


 その中でも変わらぬ冷徹な眼光に、レザール夫妻が流石にたじろいだ、瞬間。




「!? 」

 派手な音を立てて、レザール男爵が吹き飛んだ。


「ひっ、ひいい……!!は、ひぃ!? 」

(あれは、破砕魔術……!あんな危険なものを、人相手に躊躇なく!? )


 真珠や会場が驚愕に固まるのを物ともせず。そのまま鉄面皮の公爵はレザール夫人へとにじり寄る。




「先程から聞いていれば有りもしないことをベラベラと。恥を知れ、没落家風情が」

「ひう!? 」


「ノア様は正当なる王位継承者であらせられる。我がベルルーチェは揺らぎなどしない。それが真実だ。下らぬ情報に踊らされおって」


 そして、そのまま。破砕魔術が、もう一度炸裂した。













 血を吹きボロ雑巾のように倒れ伏すレザール夫妻と、しいんと静まり返る会場。その中で、ベルルーチェ公爵がノアへと頭を垂れる。


「大変申し訳ございません。蛮族の処分のためとはいえ、神聖な場に穢らわしいものを」


 穢らわしい、が指すのは血飛沫かそれともレザール夫妻の存在か。

 どちらにせよ、それを公爵が「ゴミ以下」と断じているのは明らかであった。


「すぐに処分致します。では」


 そう言ってレザール夫妻を引きずり出口へと進む公爵を、止めるもの、一人。


「お待ち下さい!! 」

 今まで遅きに失し後手に回る他なかった、真珠その人であった。














「……誰だ、君は」

「ペルルです。お父様! 」


(これ以上、アベル様が傷つく展開にさせるもんですか……!!)


 そう、アベル。彼は、この酷すぎる状況下で、声を上げることもままならずずっと青い顔をして震えていた。


 その上、今の状況を作り出した張本人といえど親までこんな形で喪ってはアベルがどうなってしまうか分からない。




 そこで真珠は、この絶望的な状況下であえて強大な父に声を掛けたのだった。が。


「……生憎君のような娘に心当たりはないな」

「!! 」


 真珠を一蹴したベルルーチェ公爵は、娘の横をすり抜けそのまま夜の闇へと消えていった。













 騒動は過ぎて、夜更け。

 煮えきらない思いを懐きながら寝具に入っていた真珠の部屋に、アベルが青い顔で訪った。


「ペルル、さま」

「アベル様!!


 あれから馬車の中でも、ベルルーチェ邸でもずっと震えていたアベル様。そんな彼の訪いに、真珠は一にも二にもなく飛び起きる。


「この度は、両親がとんでもないことを致しました。申し訳、ございません」

「そんな!アベル様が謝ることじゃ」


 ありません。そう言う暇もなく、アベルは何かにせっつかれるように続けた。


「止められなかった私も同罪です!!だから、どうか、どうか




婚姻の、解消を、行わせてください」












 同時刻、王宮――


 こちらでは、ベルルーチェ公爵によって「ゴミのあとしまつ」が行われている真っ最中であった。


 悲鳴が上がる、牢獄の外で。表向き震えながら、ノアは内心大きく笑む。


(あはは、今頃アベルは壊れ始めてるかな?早まって婚姻を解消しようとしてたりして。そうしたら、ペルル、どうするだろう)


 応える?引き留める?前者なら宝は目の前、後者ならお楽しみが増える。昏い楽しみは、尽きることなく。


 その目は、今場にいないペルルへと確かに向けられていた。













 場所を戻して、ベルルーチェ邸。


 アベルの言葉に、静まり返る室内。それを破ったのは、ペルルの大きな声だった。


「アベル様の、馬鹿!! 」

「……っ」


 叫びとともに、アベル様を抱き寄せる。強く。強く。


「何もできなかったのは私も同じです!あなたを世界一幸せにするって言ったのに口ばっかりで!なのに、なのに……自分ばっかり、責めて!ひとりで突っ走って! 」




 自分の思いが伝わるように、強く。

 そこに崩折れるように収まったアベルごと、真珠はベッドに倒れ込んだ。


「私達は夫婦です。幸せなときも、辛いときも一緒!だから……すがってください、こんな時くらい。寂しいこと、言わないで……アベル」

「……!!ペル……ル」


 ベッドに身を預けたまま、アベルにそう口付けを落として。己の体温で温めるように、あやすように抱き込む。




「……たすけて」




 そこでやっと現れたアベルの本心に、真珠は大きく頷いた。













 夜は明けて、朝。

 結局そのままの体制で眠りに落ちたふたり。その中で、先に目を覚ましたのは真珠だった。


(アベル様……絶対に、不幸になんてさせないから)


 疲れきった顔で眠りに落ちるアベルの髪を梳き、真珠は決意を新たにする。

(まずは、レザール夫妻の安否確認と、ふたりに変なこと吹き込んだ奴の特定からだわ)




 真珠はレザール夫妻の様子から、何かおかしな情報を掴まされたのでは、と感づいていた。


 おかしな情報。それはレザールが不利になって、喜ぶやつが掴ませたはず?そこまで思いを巡らせて、考える。


(元々風前の灯だったレザールを、リスクを冒してまで陥れたいやつなんている? )




 

 そう、狙われたのは被害の状況を見てもレザールなのは火を見るより明らかなのだが、なにかおかしい。


(にしても、あの感じ……嵌められたって言うより会場含め踊らされたって感じで最悪だったわ。……待てよ?踊らされた?




レザールが情報に踊らされて、踊って。一番困るのは、誰? )


 


 それがアベルだと感づいた真珠が、怒りに打ち震えるまで、後、数秒。








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