第9話毒親、踊り出す








(アベル様の両親、って言えば)


 没落寸前の男爵家当主の父親と、その妻で。没落から逃れるためアベル様を道具同然に扱ってきた、いわゆる「毒親」だ。


(ゲームではミュゲに婚約破棄された瞬間アベル様を見限って、自分たちの保身のために徴兵させたクズ……!)




 それでも幼少期のアベル様は両親に認められようと頑張って。だと言うのにこの毒親共は一切振り向かず下の子供たちだけ愛玩しまくっていた。そんな過去も、なめるように設定資料を漁った真珠は知っていた。


(そんなアベル様のトラウマの塊が、なんで今更晩餐会で隣の席に!? )


 公爵家と没落寸前の男爵家が並び合うなど、通常はないはず。そもそもただでさえアベルとペルルの婚姻はベルルーチェが望んでいなかったもので、こいつらとは例外的に没交渉だったと言うのに。


(これじゃあせっかく気持ちが上向いてたアベル様が、また傷ついちゃうじゃない! )




 かといってこの状況で、席を勝手に変わるというわけにも行かず。

 不満と心配を抱えたまま真珠が座っていると、嫌味たらしく母親のほうが口を開いた。


「あら、随分と貧相な出で立ちになったわねえ。あれだけバカみたく髪を伸ばしていたのに。ミュゲに袖にされて切ったのかしら?女々しいこと」

「……!! 」


(こいつ、アベル様の決意をなんだと……!! )


 出だしからあまりにあんまりな、アベル様を貶めるためだけに出された一言。それがぐさりと彼に刺さるのが真珠には見て取れた。




(一泡吹かせてやらなきゃ、気がすまない!! )

 真珠がそう息巻く中、今度は父親が口を開く。


「役立たずめ。本懐を忘れ女に傾倒するからそうなるのだ。そんな事より公爵家の豚に我が家のことを言付けのひとつでも出来ぬのか、ええ? 」

「!!父上、……それはベルルーチェへの侮辱と取りますよ」


「は、爵位もないお前なぞ。告げ口したところで公爵家が動くものか」


(〜〜もう我慢ならない、ビシッと言ってやる!! )




 アベル様軽視、見下し、ダブルスタンダード。パワハラもかくやのクズ語録についに真珠が立ち上がりかけた、その時。


「皆、今宵はよくぞ集まってくれました」

 運悪く、晩餐会の開始が宣言されてしまったのだった。













(ああ、ムっっカつく……!! )

 晩餐会の開始から、しばらく。王位継承権第1位となったノアの紹介などに水を差せず、小声でグチグチとアベルを攻める毒親共を見るしかない状況に真珠がキレかけていた丁度その頃。


 それを忍び見ていたノアは、満足そうににこりと微笑んでいだ。


 過去の傷をえぐられ青ざめるアベルと、そんな状況を前に何もできず怒っているペルル。ペルルを付け狙うノアに取っては、その表情すら、愛らしい。




(ペルルのあんな表情が見られるなんて。今日はあの没落崩れを呼んでおいて正解だったな。有る事無い事色々吹き込んでおいたけど、どんなふうに踊ってくれるだろう。楽しみだ)


 ノアの思惑と、昏く興奮する胸の内。それを知るのは、王女でも会場のノア派を気取る貴族達でもなく。


(ノア様も、大概悪趣味だな)


 ノアの側近ただ一人のみであった。












 そして迎えた、小休止。

 散々文句嫌味を言って満足したらしい毒親達が、止めとばかりに話を切り出す。


「そういえば、アベル。今は豚にさんざん嫌味を言われて参っているそうじゃないか。今日もひとりでの参加だと聞いているぞ?男として虚しいものだ」

「しかも公爵家も、婚約破棄で王室の後ろ盾を失って、カイン様にも冷遇されて。ひどく不安定だそうねえ」

 

(はあ?何言ってるの、こいつら)


 そろそろキレてやる、と息巻いていた真珠が、現実と合致しない情報にそこで気が付いた。




「そこで、だ。我々が直々に用意した縁談を持ってきたのだが、どうだ?アベル」

「今なら、我が家に戻ってきてもいいのよ」

「一度家を捨てた親不孝者に孝行させてやろうというのだ、有り難かろう。」




(情報が古いし、私ここにいるし!カインのことに至っては噂すら立ってないわよ!?なのにまるでゲーム通りに情勢が進んでるみたいな言い方……)


 おかしい。おかしすぎる。そう思った真珠がアベル様を盗み見るも、彼は青褪めたままで。




 こんなガバガバの馬鹿理論常であればアベルが一蹴できるのだが、今回は相手が悪い。ここは私が!今度こそ!と真珠が立ち上がった所で、またしても思わぬ横槍が入った。


「今晩は、ペルル殿、アベル殿。こちらの方々は? 」

「あ……! 」


 この混乱を秘密裏に招いた、ノアその人である。













「これはこれは!王家の方ですわね。わたくしレザール男爵家の―― 」

「レザール……?そのような名前、招待者リストにはありませんでしたよ」

「な!? そんな筈はありません!こうして現に招待を――」


「ノア様! 」


 真珠の奮起に横槍を入れた、ノア。彼は挨拶をしてくる夫人を尻目に、あえてしゃあしゃあと首を傾げた。

 そこで慌てたのは毒親達だ。自分たちは招待されて、招待状を提示して入ったはず。そう言い募る。そして。


 彼らは、真珠が発したノアの名前を聞いた途端目の色を変えた。


「ノアだと!?この偽王子め、我々まで貶めおって!!正体を暴いてやる!! 」

「!? 」













 王都といえど僻地にあって情報に疎い毒親――レザール夫妻が掴まされた情報は、統合すれば主にふたつ。


 まずベルルーチェ公爵家について。これは前述の通り、冷遇され衰退の一途にあるというもの。

 次に王室について。次の第一王子ノアは偽物で、実はカインを捕らえ女王を脅している結果だというもの。


 冷静に情報を集めていれれば騙されるわけのない誤情報であるが、レザールはこれを精査すらせず鵜呑みにした。













「今ここにレザールの名において暴こう!お前の陰謀を! 」

「!? 」


 その結果が、この会場に響き渡る大声となって現れたのである。




 凍る会場。しいんと静まり返る貴族達。最悪の状況に、さすがの真珠もざまぁを忘れて凍りついた。


 そうしているうちに状況を把握し始めた主にノア派の貴族たちが、こそこそと話しだす。


「あれが、レザール? 」

「確かアベルの……」


「王族に対して、なんと無礼な」

「あのような音も葉もない言いがかりを」




(!まずい、どうにかしないと……! )

 アベル様の立場が非常にまずい。それに気が付いた真珠が動き出すも、すでに遅く。ノアの次なる手が、真珠のすぐ後ろまで迫っていた。




「これは、何の騒ぎだ? 」

「ベルルーチェ公爵……! 」








 


 

 

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