第11話あさきゆめみし







 アベルは、夢を見ていた。ひどく昔の、小さな頃の夢を。


 両親に愛される妹弟たちを横目に、ただひとり手の豆を潰しながら剣を振るう夢。それはいつの間にか形を変え、幼いアベルの前に両親が血を拭き倒れ臥す。


「……っひ!?ちちうえ、ははうえ……!! 」


 アベル少年は、思わず声を上げた。そんな彼に、追い打ちをかけるかのように大柄の影が迫る。


「穢れたレザールの血は、我がベルルーチェに不要」

「ベルルーチェ、さま」




 そう、これは過去を通し昨夜を映す夢だった。

 ペルルと馬車に乗り込む前に、ひとり呼ばれたアベルが言われた言葉を映す、悪夢の始まり。


(ああそうだ、私は、義父上に)





 ベルルーチェに、アベルは不要。それが、アベルに告げられた公爵の裁定。

 両親の変わり果てた姿と共に焼き付いたそれは、夢でもなお離れない。


(なんと、情けない)


 夢のなかで成長したアベルが、ひとりぼっちで己を嘲笑う。そんな、夢のなかで。




 一瞬、ペルルに優しく髪を梳かれた気がした。













(絶っっ対に許さない。必ず見つけ出してメタメタのぎったんぎったんにしてやる……!! )


 同時刻、ペルルの居室。

 敵の狙いがアベルだと感づいた真珠の形相は、正に鬼そのものと化していた。


(お金でもコネでも何でも使って、なんとしてでも追い詰める!! )


 莫大なベルルーチェの資産、そしてコネ。それをフル活用するためには。 

(お父様の説得が絶対条件……!! )


 文字通りの「大きな壁」が待ち受ける、が。


(アベル様のためだもの。やってやるわ!! )

 決意を新たにした真珠は、早かった。




 まずは父に通じる執事長へ急ぎの書簡を頼みレザール夫妻の安否確認をすることから始まり。そのままベルルーチェ公爵との謁見を無理やり取り付けた。そして。


「アベル様に父上がそんなことを!! 」


 アベル様に対する公爵の裁定をも、書簡経由で嗅ぎつけたのだった。













 アベル様の危機に限り、処理能力が段違いに上がる真珠。


 彼女はレザール夫妻が存命であることまでを確認し、父親との謁見までの間に未だ眠ったままのアベル様のため食事作りへと取り掛かった。


(まさかアベル様があれ以上に辛い思いをしてただなんて!!今日はお腹に優しい愛情料理で癒やして差し上げるんだから)


 ふんふんと鼻息を荒くしながら、真珠は野菜と鶏肉をコトコトと煮込んだスープに、ショートパスタを投入する。




 そうして、暫く。

(いくら何でも、アベル様にしては起きるのが遅すぎるわ)


 とっくに出来上がった朝食を背に、真珠はアベル様の様子を見るべくベッドへと赴いた。


 すると、そこには。

 悪夢に魘され苦しむ、アベル様の姿があった。




(アベル様、こんなに苦しんで……! )


 きっと昨日のことのせいで悪夢を見ているんだわ。そう当たりをつけた真珠がしたこと。それは。


(夢の中だって幸せにしてみせるんだから!! )


 アベル様と額を突き合わせた添い寝だった。












 眠りに落ちて、夢の中。血だらけのレザール夫婦に、そびえ立つベルルーチェ公爵がぴたりと止まった不思議な空間が広がるそこで。


 真珠は、目の前の光景と隣へ立つアベル様の存在にきゃ、と声を上げる。

(アベル様……!!まさか、本当に夢の中に入れちゃったの? )


 その声に、伏せていたアベル様の顔が上がった。そして。

「ペルル……? 」

「アベル!! 」

「何故、ここに? 」


 会話が成立したことで、真珠は本当に彼の夢の中へ入ったのだと確信した。

 












 夢に入って、少し。

 未だ夢に囚われているらしいアベル様を前に、真珠は考える。


(これが、アベル様を苦しめてる夢なのね)


 そびえ立つ父と、生死のわからぬ両親。これが、アベル様を今不幸にしている諸悪の根源。このふたつを前に、真珠の気持ちは燃え上がる。そして。


(これさえ無くなれば、アベル様は!! )


「!? 」


 大きく振りかぶって、彼女はペルルの、自らの父親を躊躇なくぶん殴った。













「!?、?……?? 」


 悪夢の中起こったあまりの出来事に、アベルは言葉もなく立ち尽くす。すると。ややあって、ペルルがにかりと微笑んだ。


「レザール夫妻は無事ですわ、お父様からだって私がこうして守ってみせます!だから」


 だから、帰ってきて。そんな言葉に、ペルルのあまりの力強さに。アベルは思わず吹き出して。そして。


「本当に、貴女らしい」


 言葉とともに、彼の意識は光に溶けた――。













「……なんて夢だ」

 呟きと共に、アベルは目を覚ます。

 そんな彼の目に、飛び込んできたのは。


「おはよう御座います、アベル! 」

 夢で見たのと全く同じ笑顔を浮かべた、愛しい妻の顔だった。













「まさか本当に私の夢の中へ? 」

「私も吃驚です!愛の力かしら」


 目を覚ましたアベル様とともに、真珠はショートパスタをつつく。

 夢の中で意外と時間が経っていたらしく、ふやけてしまったのはご愛嬌だ。


(ふやけてても「美味しい」って笑顔で食べてくれるアベル様、尊すぎでは?? )

 脳内でついにやける真珠に、同じくショートパスタを口にしながらアベル様が声をかける。



「それにしても……本気ですか、ペルル?義父上に直談判など」

「勿論です!」


 アベル様の言葉に私が絶対お守りしますから!と鼻息荒く真珠が返すと、アベル様が意外な言葉を口にした。


「私も……同行してはいけませんか」

「え? アベルも、一緒に? 」

「ええ、私は。いえ……私も」




 貴女と共に、幸せになりたいから。だから、ひとりでは行かせたくない。


 そんなアベル様の尊い言葉を前に、真珠は。


「!? 」


 歓喜の鼻血とともに、頷いた。













 時は過ぎて、王宮、ベルルーチェ公爵居室前。


「……行きましょう、アベル」

「ええ、ペルル」


 義父上を殴っては駄目ですよ。そう言って、アベル夫妻は笑い合う。このあと思いもよらぬ展開が待ち受けているなど、知りもせずに。


 ふたりは執事長へ誘われるままに、部屋の中へと入っていく。




「……来たか。ペルル……アベル」

「……お父様」


 





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