第6話奪うもの、与えるもの







 真珠は、走った。走って走って走りまくった。


 実はこの城、「舞台側からは死角で」「決闘の舞台を見渡せる」場所は多岐に渡っていた。


 なぜ真珠がそれをすべて網羅しているかというと、理由は単純。

 何かアベル様の救済イベの一つでもないものかとマップ上を虱潰ししていたからだ。




(どれ?どれにいるの!? )

 その真珠を持ってしても、いや、全て知っているからこそ。可能性の虱潰しは困窮を極めていた。


 こうしている間にもどんどんアベル様の体力は削れ、カインが優勢になっていく。


(まだアベル様を少しも幸せにできてないのに。よりによってカインの嫁なんて、絶対に嫌!! )


 真珠の頭に焦りが過り、アベル様がついに初めて片膝をついた、その時。




「……見つけた!! 」

 真珠は、必死の形相で回復術をかけ続けるミュゲについに行き当たった。














 アベルは、己の限界を感じ始めていた。体力的にも、そして精神的にも。


 カインの様子が、おかしい。それに気がついて、理由に思い当たった瞬間から。


(あれは、ミュゲの回復術だ)

 婚約破棄されてなお彼にすがるかつての想い人に、絶望してしまいかけたから。




 そもそも自分がなぜこの決闘を申し込んだのかも整理できていない彼の心に、現状はいささか重すぎたのだ。


 想い人は振り向かず、カインにもいつだって結局勝てない。


 そう気を散らしたアベルにカインの剣がかすめ、紫の長髪が一房散った。首を、狙ってきている。でも、もう避ける気力が無い。


 諦めて、しまおうか。そう脳裏に過ぎた瞬間だった。




「必ず勝って下さると信じています」


 脳内にこだました妻の言葉が、何故かアベルの心を大きく揺り動かした。













「ミュゲ!! 」

 ミュゲが、回復術をかけている。そこまでは真珠のにらんだ通りだった。

 ミュゲが限界を超えて術をかけ続けていた事を除いては。


 髪を振り乱し、歯をこれでもかと食いしばり、立つことさえままならなくなりながら。


 ミュゲが、術を使い続けている。

 その様子は、これ以上続ければミュゲの体が保たないことを意味していた。




「あなた、何をしているの!?このままじゃ死んじゃうわ!! 」


 あまりの状況に、叱ることも吹っ飛び真珠がミュゲに駆け寄り抱き上げる。


 遠くに聞こえる剣戟。それも勿論気になったが、何よりミュゲの身体を考えての行動だった。


「うるさい、離せ離せ離せ!!もうわたしは誰もが羨む幸せな人間になんてなれないんだ!!なら全員巻き込んで死んでやる!!」


 止んだ回復術と、響く金切り声。

 そんな状況の中、真珠の声だけが静かに落ちた。


「ねえ、ミュゲ。あなたの幸せって、何? 」












 回復術が止んだ、決闘の舞台。そこでは、両者限界を超えての戦いが繰り広げられることとなっていた。


 満身創痍のアベルと、回復術を失いつつも余力の残ったカイン。実力が拮抗するレベルで止まった回復術。


 その、意味するところは。


(次の一撃で、勝負が決まる)




 そう双方が睨み、それぞれの最も得手とする型へ剣を構え直す。そんな中、カインが高らかに声を上げた。


「天命は、我にあり!私は誰よりもペルルを愛しているのだからな!」 


 閃きと共に、自慢の金糸が舞う。それを見て、迎撃の構えを取ったアベルは、考える。


(私は、何故こんなにも)


 何故、こんなにもペルルを賭けてなりふり構わずいるのだろう。

 限界は、とうに超えていると言うのに。


 考えた一瞬のうちに、アベルの頭へ走馬灯のごとく様々な記憶が過ぎった。幼い頃、学生時代、婚約破棄、そして、今。その中で一層輝いたのは、すでにかつての想い人では無く。




(ああ、そういうことなのか)


 すとん、と胸に落ちた答えとともに、アベルの剣がカインを確かに捉えた。


(ペルルを一番愛しているのは貴方ではない。私だ。私なのだ)












 決闘場に、響く歓声。それを背に、重なる影がひとつあった。


 ミュゲと、真珠。


 まるで大切なものを離さないでいるかのような真珠の抱擁に、くぐもったミュゲの声がかかる。


「行かなくて、いいの。あんたの王子様が勝ったわよ」


 全て出し尽くしたように、崩折れた体。それを抱きとめる真珠は、その言葉に微笑んだ。


「アベル様は、私がいなくたって大丈夫。こんな状態のあなたを放っておける訳無いじゃない」

「何よ、それ」




 私に蹴落とされた癖に。恨んでるくせに。そう悪態をつくミュゲ。


 彼女にとって、蹴落とした存在はみな恨みをぶつけてくる敵だった。だというのに、何故この女はそれをしないのか。


 何故こんなにも、温かいのか。わからないまま、しかしその心地よさに体を預ける自分が、惨めで悔しかった。




「あなたの幸せについて聞いてると、人からの評価ばっか気にしてて。危なっかしくて見てらんないのよ」

「……」


 ミュゲは、考える。自分の幸せを。誰もが羨む人間になりたかった。羨望の眼差しを受けたかった。誰が見てもわかる特別になりたかった。


 普通の境遇、普通の才能しか持ち合わせていなくても。周りのなんでも利用して。蹴落として。


「それって、ちょっと虚しいわ」

「! 」


 言う言葉に、ミュゲは激昂する。


「私から奪ったあんたなんかにわかるもんか!!私の幸せは、私の幸せは」

「少なくとも、クズのために死ぬことじゃあ無いわ」

「! 」


 真珠の言葉に、ミュゲが固まった。そんな彼女の背を撫でながら、真珠は、続ける。


「わからないなら探せばいいのよ。誰が何と言ったって揺るがない、自分を芯にした自分だけの幸せを。私が言うのも何だけど、ね」

「自分だけの、幸せ」


「誰よりいいだとか、誰より上だとか。そんなのも嫌いじゃないけど。人の目からしか幸せがわからないなんて不便じゃない。一緒に探しましょう。あなたの中にある本当の幸せ」

「……」




 激情と、静寂。

 真珠は、事実ミュゲに罪悪感を抱いていた。ざまぁ返しする、と決めたとはいえ幸せをぶち壊すまではするつもりも無かったというのに、招いた結果がこれである。


 だからせめて別の幸せを見つけてほしい。蹴落とし補助は論外だけど、真っ当な手助けできるなら、是非したい。それが真珠の願いであった。


 そんな彼女の心中を、知ってか知らずか。ミュゲは自分の足で立ち上がる。


「結構よ。自分の幸せくらい、自分で見つけるわ」


 だから、あんたはアベルとでもよろしくやってれば。そんな言葉とともに歩き出したミュゲが、向かったところ。それは、決闘場だった。


「回復術。白状してくるから。今度はズル無しであんたより幸せになってあげる。指でも咥えて見てなさい! 」


 そう言って決闘場へ向かう背に、もう悲壮感はない。


「ミュゲ! 」

「……せいぜい、お幸せに」


 そう残して、ミュゲは白日の中に消えていった。













 時は過ぎて、夜。ペルルの居室。


(結局ミュゲが回復術のチートを白状してくれたお陰で満場一致でアベル様の勝ちになったわけだけど……アベル様、傷ついてないかな)


 物思いに耽る真珠のもとに、ひとりの来客があった。

「ペルル様……少し、良いだろうか」

「ぎゃん!? 」


 他でもない、アベル様その人である。













 許可を取りペルルの居室へと入った彼の、ペルルへのお願い。それは。

「髪を、切ってほしい? 」 


 真珠にとって、意外なものであった。




「ええ、今回の決闘で半端に切れてしまいましたので。出来れば、貴女に」

「ええええ勿体ない……! 」


 アベル様のたおやかな髪に、私ごときがハサミを入れるだなんて!

 そう縮こまる真珠に、アベルは続ける。


「不甲斐ない、と言われるかもしれませんが……想いを断ち切りたい、いえ新たにしたいのです」


 聞いて、真珠は腑に落ちた。アベル様はきっと、ミュゲへの未練を断ち切りたいのだ。


 それに、アベル様の断髪イベントなどゲームには存在しなかった。本編から逸脱すればするほど、アベル様の生存率は上がるかもしれない。


 そんな思いを胸に、真珠はややあって深く頷いた。












「ふふ、頭が軽い。こうしてみると、何故躊躇していたのか不思議なほどです」


 断髪宣言から、少し。真珠が持てる技能を総動員して仕上げた髪に、アベルは満足そうに微笑んだ。


(ああアベル様、その笑顔反則です!! )


 吹っ切れて幸せそうに見えるアベル様に、心中で悶える至福の時間。そんな平和な空間は、次に続いたアベル様の言葉で吹っ飛んだ。





「これで、心置きなく想いを告げられる。お慕いしています。……貴女を、誰よりも」

「はい!……って、ええ??はえええええええええ!? 」







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