第5話思い、錯綜す







「何よ、何よ何よ何よ!!これじゃあリスクを冒してアベルから乗り換えた意味がないじゃない!! 」


 王子の婚約者の居室。今その立場が危うくなっている部屋の主ミュゲの叫びが、パリン、ガシャン!という音とともにそこへ響く。


 ミュゲは、大人しそうに見えてその実野心多き女性だった。並の容姿でも、回復術しか使えなくても。誰より目立って、誰より幸せに。そのためならどんなことだろうと厭わない。


 それで順調にのし上がってきたというのに。ここに来て。


「全部、あの豚のせいで……! 」




 豚公女。何もかも持っていて目障りだったから手を尽くして消したはずの女。あれが、まさかアベルごときでマウントを取ってきて、それが成功するだなんて。


 それで、カインがあんなことになるなんて。


「クソ、クソ、クソ……! 」


 煮えくり返る、彼女のはらわた。それを知るのは、今この場で震える召使いたちだけだった。













 場所を移して、アベル夫妻の客間。

 こちらでは、未だ両者のにらみ合いが続いていた。


(普通にもう人妻だし、ていうか私アベル様以外に興味ないし。もう良くない?あっでも、睨みを聞かせるアベル様も格好良いー!身体あったかぁい……アベル様の筋肉……)


 男同士の火花散るそれにちょっと飽きを感じてきた真珠が、アベル様堪能に頭を切り替え始めた、その時である。


「「決闘だ!! 」」


 どちらからともなく、そんな言葉が飛び出した。













(は、ええ? )

 けっとう、ケットウ、決闘。反芻した真珠の頭にはあるざまぁ場面が過ぎる。


(そういえば、アベル様とカインが決闘してアベル様が負けるざまぁもあったんだった……!! )




 しかしそれはゲームの時間軸に照らし合わせればもっと前に、ミュゲをかけて行われた筈。何だか、おかしい。そして。


(あれは確か決闘なのにミュゲの回復術チートでズルして勝ちやがったのよね、カイン)


 愛の力!とか言って誤魔化して、実力で勝るアベル様をゾンビ戦法で打ち負かした、お天気二人。それによって演じられた胸糞シーンを思い出し、真珠はむっと顔をしかめた。


 それをどう捉えたのか、カインがすかさず勝ち誇る。

「ほうら見ろ、お前の腕の中では不服だとペルルの顔に出ているぞ」

「そんなわけあるか!!ご褒美だわ!!あっ」


「「「……」」」




 あまりにあんまりな斜め上王子の発言に出た、真珠のうっかり本音。

 それに涙をちょちょ切らせながらも、決闘の日時を言い捨ててカインが場を離れる。




 3日後の、正午ちょうど。

 ゲームではあり得なかった三角関係を巡る決闘の火蓋が、切って落とされることとなったのだった。












 夜は更けて、就寝時。

 決闘の話題から言葉を交わせずにいたアベル夫妻。そんな二人に、ある大きな試練が持ち上がっていた。


 目の前にあるのは、キングサイズのベッド1つだけ。つまり。

(寝るには同衾するしかない!! )

 のである。



 大方おせっかいか、豚公女と同衾という嫌がらせのためか。どちらにしろひとつおふとんで寝るという強制イベント発生に、より動揺していたのは真珠の方だった。


(死ぬ!!ご褒美過多で死ぬ!!いや、アベル様にとってはイヤミ豚の添い寝なんて罰ゲームじゃない!!そうだ)


 混乱する頭で、考えること少々。真珠はある策を思いつく。

「私はソファに!!アベル様、ゆっくりお休みくださいませ。おやすみなさい! 」


 


 これは名案、即時解決!そう鼻を鳴らした真珠。しかし彼女の「名案」は、他でもないアベル様によって遮られた。ソファへ向かった真珠の手を、そっとアベル様が掴んだのだ。


「ふぇっ!? 」

「私と同衾では、不服ですか?……ペルル様」

(願ったり叶ったりですけど――――!? )










 ばくん、ばくんと心臓の音がうるさい。ああ、これが相手に聞こえてしまってはいないだろうか。


 二人が同じ思いを抱えている事など、誰も知る由もなく、夜ばかりが更けていく。


 傍らには、相手の温度。相手の香り。そんな状況で眠れるほど、二人は場馴れなどしてはいなかった。




 寝返りをうつと、重なる手。そのたびに、小さく声が響く。それは、誰が見ようと初々しい想い人同士のそれであった。


(なぜだ。何故、胸がこんなにも騒ぐ)

 アベルは困惑する。制御できぬ己の思いに。


(ああ、どうしてこんな展開に!? )

 真珠は惑う。ペルルを嫌っているはずのアベルが起こした行動の意味に。




「アベル様……。絶対に、負けないで」

 開けが近づく暗闇の中、そんな声だけが空中に光って消えた。












 夜は明け、また明けて。

 二人の決闘が遂に明日に迫る朝。王宮の影に、紛れるもの、ひとり。


「明日は絶対にあいつらに恥をかかせてやる……!! 」

 それは、つい先程王宮を追い出された、ミュゲその人であった。


 かつてアベルに、そして先日までカインに見せていた甘く蕩けるような瞳は鳴りを潜め、着慣れ始めていた華美なドレスを脱ぎ捨てたその姿に、王子の婚約者と気づくものなど誰一人なく通り過ぎていく。


 それに奥歯がぎりりと砕けそうなほど噛み締めた彼女はひとり怒りに震えていた。




 彼女が立っているのは、決闘の舞台を見渡せる、しかし死角となる建物の影。

 そこで翌日行われる決闘を邪魔しようというのが、彼女の魂胆であった。


 カインは憎いが、アベルとそしてペルルはもっと憎い。そこでミュゲが考えついたのが、回復術によるカインの補佐……いや利用である。


(何度でも立ち上がらせて、双方ズタズタのボロボロにさせて……最後はカインを勝たせてペルルに恥をかかせてやる!! )




 ぎりぎり、ぎりり。思いを巡らせるミュゲの歯が、またしても嫌な音を上げる。その視線の先には。


「アベル様!差し入れのお弁当を作って参りましたの」

「わ、私……に? 」

「うふふ、愛情たっぷり!栄養満点ですわよ」


 周りからすればすっかり仲睦まじく映るようになった、アベルとペルルの姿があった。













 そして迎えた、決闘当日。

 西側にアベル、東側にカインが陣取る会場で、真珠は確信と共にアベル様を送り出す。


「必ず勝ってくださると信じています。ご武運を、アベル様」


 それに応えるように、アベルは剣を上へと大きく掲げ上げた。












 ぎいん、ぎいんと鈍い金属音が決闘の場に響く。かれこれ数十分をしてつかぬ決着に、会場がざわつきじめた頃。真珠の頭には、ある疑問が首をもたげていた。


(おかしい。アベル様は何度もトドメと言っていい一撃をお見舞いしている筈なのに。ミュゲのいないカインが、どうして何度も立ち上がるの?)


 ミュゲの姿は会場にない。それにこの決闘でカインが負けてもミュゲに被害は一切ないのに、何故まるでミュゲの回復術があるかのように立ち上がるのだろう。


 しかも疲労の色濃くなってきたアベル様とは違い、カインがぴんぴんとしているというのも尚おかしい。


 そう首を傾げた真珠の様子を何と取ったのか、カインは決め顔だろう笑顔で声を張り上げた。




「これが、私とペルルの愛の力だ!」

(んなわけあるか!! )


 声とともに、深手を負ったはずの彼が立ち上がる。それに待ったをかけたのは、真珠にとっては意外なことにアベル様だった。


「お待ちを、カイン様!!今更ではありますが、あなたには……ミュゲがいるのでは!? 」


 そしてその後紡がれた言葉に、会場が一際大きくざわつく。


「ふん、あのような女……婚約を破棄してやったわ!!我が真実の妻は、ペルルのみ! 」




「そういうことかーーーーー!! 」


 衝撃発言から、一閃。

 カインのアホ発言ですべてを察した真珠は、どこかに潜んでいるだろうミュゲを探すべく走り出したのだった。






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