第4話ざまぁ返しだ!?②
「ペルル」は、知っていた。幼い頃の自分の美貌に、カインがそれはもうメロメロだった事を。
「ペルル」だけが、知っていた。幼い頃厳しい食事制限のもとにあった自分を誘惑し、豚の道まっしぐらに引きずり込んだのがカインを狙っていたミュゲだった事を。
ゲームの攻略にない、真珠の知らなかった情報。しかしそれは、真珠のざまぁ返しへのさらなる原動力になっていた。
豚になったペルルを躊躇なく捨てたカイン。豚にした!と突っかかるペルルをいじめっ子に仕立て上げ周りを味方にして笑っていたミュゲ。
(嫌味がちでチクり下手、普通に半分自業自得なペルルもペルルだけど、ゲームやってたときより俄然腹立つ! )
そんな二人の婚姻発表会。ちょっとくらい水を刺そうと、悪役になろうと。それでアベル様のざまぁが回避されペルルもすっきりするならなんてことはない。
真珠は、分かっていた。面食いのカインが、うっかりだろうと己に手を差し伸べると。
真珠だけが、感づいていた。実は注目されたがりな元悲劇のヒロイン気取りは、自分以外が注目を集めるのが一番嫌いだと。
静まり返った、舞踏会の会場。
そこに、つかつか、バシン!という音が響き渡る。何あろう、会場総出で無視をされ割りを食ったミュゲが、浮気未遂の夫カインに近づき頬を打った音だった。
「何よ!豚なんかにデレデレしちゃって。私はどうなるのよ!? 」
「ミュゲ……!? 」
「ふざけんじゃないわよ、このクズ!私に恥をかかせて……どうするの!?この役立たず!! 」
「なっ」
(あらら、化けの皮が剥がれちゃった)
今この場で真珠だけが知る、一見大人しいミュゲの素顔。ペルルへの賛辞と夫の不貞に顔を歪めた、嫉妬の塊。それが白日の下に晒される。
「あれがカイン様の奥方様なのか? 」
「ペルル様と比べて、なんというか……いや、カイン様に対し何と下品で恐ろしい事を」
「あの様子では仲睦まじいなどとても……」
ミュゲの容姿は蜂蜜色の髪に黄色の目の、造形は至って並な設定である。美しく変貌を遂げたペルルとは、比べるまでもなく。
ひそひそと話しているつもりだろうが丸聞こえの声に、ぎりりとミュゲの歯が鳴った。
そこでやっと、真珠はゆっくり口を開く。
「あら、誰かと思えば私に散々お菓子を勧めて豚にしてくださったミュゲじゃない。カインとご結婚?おめでとう」
「ペルル……!! 」
「私ね、アベル様と出会えて変われたの。相手の質が違うと、こうも変わるのねえ、人間って。あらあ?アベル様の元々の婚約者はあなたでしたっけ」
いやみったらしい?上等である。しかし未だミュゲに思いを抱いているだろうアベル様の心が傷つきすぎるのは、事だ。そこで真珠は、ミュゲへのディスはそこそこにアベル上げへと舵を切った。
「アベル様は本当に素晴らしい方よ。努力家で、ストイックで、でも優しくて。散々嫌味を言った私にも丁寧に手ほどきをしてくださって。豚公女にはもったいないくらい」
だから私、今こうしてメロメロよ。そう言わんばかりに、真珠はアベル様の手を取り一層微笑む。
「あの豚公女が、あそこまで」
「アベルはどのようにして、彼女をここまで変えたのだ? 」
「まさか、アベルがここまでの手腕とは」
真珠の言葉に、再びざわつく会場。と共にちらほら聞こえるアベル様への賛辞。
それに気を良くした真珠は、内心大きなガッツポーズを取った。
(勝った!消し飛ばしたり、ざまぁ! )
ざまぁ返し、ひとまず成功。会場が自分たちへ送る空気感に、真珠は勝利を確信したのだった。
(何だ、これは。何が起こっている? )
恐ろしく豹変したかつての想い人と、自分に優しく微笑む今の妻。視界の隅には頬を打たれ放心する王子。ざわつく会場、慌ただしく会場に入ってくる王子の側近たち。
アベルを取り巻く状況は、まさに混迷の一言であった。
「ペルル様、何ということを! 」
「なあに?私は少し遅れて会場入りしただけよ。そこのアランに止められて、ね」
「く……っ! 」
だいたい直前になって進行役をよこすと言う無理難題を受けた優しいアベル様の妻を、よく確認もせず突っぱねて締め出すなんてどうなのかしら?そんなペルルの声が、アベルの耳にかすかに入る。
兎に角、分かっていたこと。それは、この婚姻発表会が大失敗に終わっているということ唯一つだけだった。
結局婚姻発表会が一時中止という形でお開きになり、少し。客室で待機を言い渡されたアベル夫妻は、大人しく部屋で過ごしていた。
(今日のミュゲは一体何だったのだ?あんなミュゲ、見たこともない)
一人考え込むアベルの頭に、今日の言葉たちが反芻される。
『私はどうなるのよ!?この役立たず!! 』
『私を豚にしたミュゲ』
『アベル様と出会えて変われたの。努力家で、ストイックで、優しいアベル様』
「――っ!? 」
かつての想い人が豹変して辛かった、恐ろしかったはずなのに。最後のペルルの言葉が、強くアベルの胸を打った。
誰も、認めてくれない。見向きもされない。ミュゲにさえも。そうだったと言うのに。初めて受けた、手放しのあたたかい賛辞。
彼女は優しい目で真っ直ぐ自分を見て、微笑んだ。その顔が頭から離れない。
回る頭の中ちらとペルルを見ると、アベルは記憶と同じように柔らかく微笑まれた。
途端、顔に熱が集中する。
(何だ!?何なのだ、これは)
先刻の会場以上に混迷を極めた彼の心中は、彼のみぞ知る、である。
(うわあどうしよう、思った以上にぶっ壊しちゃった……! )
場所を同じくして、真珠の脳内。そちらでも、笑顔の内で頭はぐるぐるとせわしなく動いていた。
(あれ、二人の結婚話まで拗れるやつじゃない!? )
二人を出し抜いて、アベル様をヨイショして。すっかり舞い上がって大変な事態にしてしまった。
(これでアベル様に被害があったらどうしよう!! )
憂うことは、唯一つ。アベル様の身の安全だ。
自分は兎も角として。あれでカインが怒ってアベル様を冷遇しては元も子もないではないか。爽快感のあと訪れた冷静タイムに、真珠はいたく反省する。
(次は控えめにしよう、控えめに! )
彼女が脳内で誓った、その時だった。
「ペルル!我が愛しの婚約者よ! 」
とんでもない言葉とともに、バン!と扉が開かれた。
とんでもない、言葉とともに。扉を開いたのは他でもなく。
「カ……カイン!? 」
婚姻発表会をぶっ壊された、カインその人であった。
「目が覚めたよ、ペルル!私の愛しい人。君との愛こそが、真実そのものだ」
「はあああああああ?? 」
イトシイヒト。シンジツノアイ。婚姻がぶっ壊れたらしいアホの言が、それである。勿論、心に響きなどしない。
(ヤバい、ショックすぎて頭やっちゃったのか)
声を上げつつも冷静に事を片付けかけた、その瞬間。
「……お言葉ですが、王子。彼女は私の妻です」
「つっっっっ」
「随分な自信だな、アベル? 」
真珠はアベル様に予想外に抱き寄せ守られた。そしてそのまま始まる彼とカインのにらみ合い。元豚公女を軸にした、原作にないまさかの三角関係。
そんな予想斜め上の状況に。
「えええええええええええ!? 」
真珠は、叫ぶ他無かった。
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