第3話ざまぁ返しだ!①
アベルの半生は、まさに不遇の一言に尽きた。
没落寸前の男爵家に生まれ、没落から逃れるべくアベルを道具として扱った両親のスパルタ教育を一心に受ける日々から始まり、愛される他の兄弟を見ながら育ち。同じ年のカインと比べられ卑下されて。
裏では没落家の息子と揶揄されて権力者の子供に暴力を振るわれる。そんな理不尽な日々にもじっと耐え、昇進を邪魔される中それでも実力で黙らせて来た。理解者など、いなかった。
そんな中唯一の救いであった婚約者ミュゲ。蜂蜜の髪を持つ愛しい愛しい女性。幼い頃小指で交わした婚姻の約束は、他でもない彼女の手によって破られた。
彼女のためなら、何でもできたのに。血反吐を吐いたって権力にしがみつき、裕福で幸せな暮らしをさせてやりたかったのに。
アベルは、結局誰にも理解されなかった。いや、見向きもされず終わってしまった。
そして始まった、豚公女ペルルに嫌味を言われ過ごす結婚生活。しかし。
(なぜ今になって、ペルル様はこんなにも変貌を遂げたのだ……?私は、どうすれば良い? )
舞踏会への馬車の中、アベルは物思いに耽る。その様子をペルルがはあはあと興奮して見ていることなど、彼はまだ知る由も無かった。
「ここが会場……!ざまぁ返しの舞台なのね!! 」
馬車に揺られて、半刻。冷たい雨が降りしきる中、二人は会場へと降り立った。白磁の城に、大きく取られた豪奢な入り口が眩しい。金色の光が漏れる、優雅な空間。
そこを前にして、アベルは憂鬱を、真珠は決意を胸に歩みを勧めた。が。
「お待ち下さい。アベル様、隣の女性はどなたですか? 」
入り口を取り仕切っていたカインの側近に、真珠はいきなり止められてしまったのだった。
「アベル!来てくれたのだね、嬉しいよ」
「今日はよろしくね、アベル」
「……本日は誠におめでとうございます」
舞台は移って、会場内。結局身元の確認が取れないと入場を突っぱねられてしまったペルルを伴わず、アベルはカインとミュゲ二人に対面していた。
これみよがしにカインに胸をすりつけアベルを見下げるミュゲと、満更でもなさそうに優越感に満ちた目をするカイン。そんな二人を、アベルは絶望とともに傍観する。
浮ついた様子の二人の話によると、どうやらミュゲは一度カインの元を離れ、カインの呼びかけとともに隣へ立つらしい。
そんな説明を失意とともに聞きミュゲを見送ってしばらくあと、カインが不意にアベルへ話しかけた。
「そうだ、アベル。ペルルは一緒ではないのかい? 」
「……あ、」
入り口での悶着を、どう説明すべきか。いや、説明してペルルの入場を許可してもらうか?
そんな考えから紡がれかけた言葉は、しかし目の前のカインに遮られる。
「君は権力が大層好きだからね。気にいると思ったのだが、流石にあれでは無理か」
「な……!! 」
こそりと囁く、声。元婚約者をして、何という言い様だ。アベルは知らず激昂する。その感情の出処はわからない。
もし、言葉をかけられたのが以前であれば。何も言い返さず、言い返せず終わっていただろう。
だが、自分のためだと見違えるほどに美しくなった彼女を、一生懸命にダンスやマナー、社交界の常識を学んでいた彼女を。ここまで言われて黙ってはいられなかった。
「お言葉ですが、彼女はとても素晴らしい女性ですよ、カイン様」
「はあ? 」
「じきに、お分かりになります」
言い終わって、刹那。一瞬不愉快そうに眉をしかめたカインは、アベルを視界から外し婚姻発表をするべくミュゲを呼び出した。
少し時を遡って、会場の外。
「だ、か、ら!!私はベルルーチェ公爵家の息女ペルルです!! 」
「そんなわけがあるか!ペルル様はもっとデ……ふくよかであらせられたぞ! 」
「デブって言ったわねぶん殴るわよ!? 」
入り口で待ったをかけられ四半刻。真珠は、カインの側近アランに未だ止められたままだった。
「ああもう!仕方ない。やりたくなかったけれどこれを使うわ! 」
「何!? 」
「カインのおねしょは12までーーーー!! 」
「!? 」
「ピーマン未だに食べると泣きまーーーーーーす!! 」
「お、おいやめろ!!いやおやめくださいペルル、様!? 」
必殺、カイン恥ずかしい秘密暴露攻撃。全部が全部真実なのだ。側近は冷静では居られまい。
その思惑通り、わたわたと慌てだしたアラン。その隙をついて、真珠はやっとこさ会場へと踏み出した。
時を同じくして、会場。
「私は今日、彼女との婚姻を宣言しよう! 」
カインの声が、会場へと大きく響いたその瞬間。
ギイ、とひときわ大きな音を立て、入口の扉が開かれる。
「!? 」
予想外の物音に会場の人々の視線が一心に注がれるその中で。
姿を表したのは、美しい銀糸の令嬢だった。
(え、何!?すっごい注目!! )
銀糸の令嬢に、注がれる羨望と感嘆の眼差し。その渦中に立った令嬢――真珠は、予想外の事態に一瞬、たじろいだ。が。
「あれが、カイン様の婚約者様……!! 」
「なんとお美しい」
「見ろ、あのたおやかな銀糸、あの美貌! まるで月の女神だ」
会場の反応に、そして視界の隅であ然とするカインとミュゲに。あることを思いついた真珠はあえてゆっくりと、優雅にカインのいる方向へと歩みを進めた。
(本当なら邪魔まではする気もなかったけど。アベル様をいじめた報いよ、赤っ恥かかせてやるわ)
一歩、二歩。アベル様が付き合ってくれた練習どおり、優雅に堂々と。
注がれる視線と視界の隅のミュゲの悔しそうな顔を受けながらカインのもとへ。
そして。無意識か、それとも美貌につられてか。真珠に差し出されたカインの手を大仰に、かつ華麗に無視し。
真珠は愛しいアベル様へと頭を垂れた。
そこでざわついたのは、会場の人々である。
「お手を出されたと言うことは奥方なのだろうに」
「カイン様のお手を無視なさったぞ!? 」
「何故カイン様ではなく アベルに頭を垂れた? 」
「まさかカイン様は妻でもない女性に手を差し伸べたのか?この場で? 」
何故、どうして。一体何だこれは。混乱する会場に、凛とした令嬢――真珠の声が上品に、しかし確かに響く。
「嫌ですわ、カイン。自ら袖にした、しかも今は他の男性の妻を……自らの奥方になられる方をさしおいて、エスコートしようだなんて。ペルル、がっかりです」
紡いだペルル、という名前に、再度会場へどよめきが走った。あの豚公女が、彼女!?まさか、どうやってあのような美女に。
そんな中カインを見据え、そして悔しげに顔を歪めるミュゲを見据えた後、真珠はアベルの腕へと収まり微笑んだ。
「捨ててくださってどうもありがとう。お陰で最愛の方に出会えましたわ。今の私があるのは、全て彼のお陰です」
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