第2話ざまぁ撲滅前夜







(そういえば、アベル様と踊ったペルルが派手に転んでアベル様を下敷きにするざまぁと、社交界に目もくれず大食いするペルルで恥をかくざまぁがあったんだった……! )


 ああ、何という大失態。夫婦で参加する舞踏会において、公爵家の人間ともあろうものが壁の花でやり過ごすなど無理に決まっている。


 つまり、異世界の住人である上にペルルの記憶が役に立たない現状ではざまぁ撲滅どころか普通に過ごすのも難しい。




 思い至って顔を青くした真珠に、ダイエットで以前より一層ペルルへ協力を惜しまなくなったメイドのメイが慌てて言葉を付け足した。


「ペルル様ならきっとできます!幸いアベル様もお帰りになられるのですし、ご夫婦で特訓してみては? 」

「ふう、ふ? 」


 ふうふ、フウフ、夫婦。アベル様とふたりきり。




「ああ……」

「ペルル様!? 」


 言われて初めて思い至った特上の特訓もといご褒美に、真珠はあえなく卒倒したのだった。













「う、うーん……? 」


 所変わって、ペルルの居室。そこに寝かされた真珠は、卒倒から数刻ほど、夜も更けかけた頃に目を覚ました。


「ペルル様、気が付かれましたか」

「うん……? 」

 そして硬質な、でも優しさの滲む声で言葉を掛けられる。この、声。声。そうだ間違い無い。


「アベル様!? 」

「っ!? 」





 そう、愛しの推しアベル様の声。それを聞いた真珠は、一にも二にもなく飛び起きた。


 そんな真珠に若干の驚きを滲ませつつも、アベルが言葉を続ける。


「……無理をして痩せた結果倒れたと聞きました。お体は大事になさったほうが宜しいかと」

「え? 」

「どうせ愛のない婚姻なのです。私などのために無理をすることはありません」


 自分の幸せ卒倒が、どう伝わったのか。大方メイがアベル様に「アベル様のためのダイエットをしていた」とアピールしてくれたのを悲観的に取ったのだと真珠は見当をつけた。


(イヤミ豚だろうと心配してくださるアベル様、優しい……! )


 が、そうだとしたら大問題である。切なげな推しの横顔が裏付ける自分の臆測をぶんぶんと振り払い、真珠は躊躇なくアベル様の手を取った。




「違いますわ、アベル様!! 」

「アベル、さま? 」

「あなたのためのダイエットであることに間違いはありませんが、私は至って健康です!!むしろその後のご褒美を思っての歓喜というか何というか」

「?? 」


 彼には突然に見えるだろうペルルの豹変に、アベルは目を丸くする。

(ペルル様は私を嫌っていらした筈では……? )




 そんな疑問に、元の想い人からも疎まれ、妻となったペルルにもそれはもう邪険に扱われていた自分の半生をつい思い返したアベルは、知らず表情を曇らせた。


 しかし今彼の目に、ペルルの真摯な瞳が間違いなくかち合っている。何故、どうして。思う間もなく、ペルルがまるで愛おしむように目を細めた。刹那、アベルの凍った心に何か暖かなものがこみ上げる。


「アベル様、あなたが私を愛せないのは仕方のないことです。でも、私はあなたを愛しています!世界一幸せにしたい!だからそんなお顔をするのは止して下さいな」

「ペルル様……」




 愛している。その一言がミュゲからただ欲しかった。だから努力して、権力を手に入れて。幸せにしようと誓っていた。でも、ミュゲが選んだのは自分ではなくて。それは、カインに対しペルルも同く感じていただろうこと。


 その前提ががらがらと崩れて行くのを、アベルはただ愕然と感じていた。


 そして。

「それと社交関係の特訓、どうかお付き合いくださいませんか……!! 」


 彼女からの突飛なお願いに、何故かすんなりと頷いてしまったのだった。













「そこでターンです、私に身を任せて」

「ひゃい!! 」


 アベルがペルルのお願いに頷いて、少し。二人は誰もいない星降るホールの中、手を取り合いダンスレッスンを行っていた。


(ああ……愛しのアベル様とダンス!!もう死んでもいい!!あっ駄目ざまぁ撲滅してから!! )


 アベル様の優しい手付きに、耳元で囁く声。そんな夢のような空間に、邪魔するものは何もなくて。




 正にご褒美、昇天。そんな状況下でも、真珠はざまぁ撲滅を忘れてはいなかった。


(食事マナーは最悪食べなきゃいいし、社交はアベル様をヨイショしてニコニコしておこう。最優先は必須のダンス! )


 思惑を胸に、真珠は真剣に体を動かす。ワン、ツー、スリー。曲に合わせて、優雅に、こけないように。その真剣な気持ちは、アベルにも確かに届いていた。


(彼女は、何故こんなにも私のために。……私などの、ために)












 それから、二週間。真珠は特訓に明け暮れた。1にダンス、2に社交。3にマナーと位置づけた特訓メニューを熟す日々。


 そんな日々を支えてくれたのは、他でもないアベル様と使用人達だった。


 アベル様はクールな外見からは想像できない程優しく手ほどきしてくれたし、変貌ですっかりペルルを見直してくれたらしい使用人達も協力を惜しまず応援してくれる。


 忙しくも充実した毎日に、目に見えて出てきた成果。それを噛みしめる真珠に、ある一報が飛び込んできた。




「舞踏会で、婚姻発表!? 」




 ヒロイン夫婦が、舞踏会で大々的に婚姻発表する、と言うのだ。













「何それ、ゲームと違う! 」

 ゲームではただの舞踏会だったはずのそれが、婚姻発表会に。そしてその進行を、アベル様に頼みたいらしい旨も手紙にしたためられていた。


 勿論、豚公女を据えて、だ。


(しかも準備もろくにできないタイミングで進行役をよこすなんて、アベル様をより惨めにしようって魂胆見え見えじゃないの、いやらしい! )


 何より、「普通振ったやつに頼む!? 」という真珠の激昂にも無反応だったアベル様が気にかかった。




(アベル様、絶対傷ついてるわ)

 まだ思いの断ち切れない相手の、婚姻の進行役。考えただけで鬱な状況に、真珠の心がきりりと痛む。


(大人しくざまぁ撲滅で止めようと思ってたけど、こうなったらざまぁ返ししてやる……! )


 あんまりにあんまりな改悪に、新たな決意が真珠の胸に生まれた。舞踏会まで、あと少し。






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