悪魔を呼んだから、彼女をお願いしてみた
砂鳥はと子
悪魔を呼んだから、彼女をお願いしてみた
「我が名はグレモリー。我を召喚したのは
目の前にいるちんちくりんな少女がふんぞり返って私を見下ろしていた。
フリルがふんだんにあしらわれた蜜色の洋服に金色の小さな王冠をつけている。
黒猫のように艷やかな長い髪を頭部の上の方で二つに結び、要するにツインテールというやつだが、見た目的には十四歳くらいだろうか。私よりはちょっと下くらいの年齢。目はガーネットを思わせる暗紅色。
一見すると美少女なのだが、何だか全体的にはちんちくりんという言葉がぴったりな、少女がそこにいた。
「えっと、グレモリーさん、でしたっけ。あなたは悪魔ですか?」
私は開いたまま手にしていた『悪魔召喚術式』という、何とも胡散臭い本を閉じた。
「いかにも。我、グレモリーは人間たちが言うところの悪魔である」
むふんっと偉そうにふんぞり返ったグレモリーはやっぱりどこかおかしみがあった。何て言えばいいだろう。頼りないというか、バカっぽいというか。これは言いすぎかな。
「そうですか。なら、この悪魔召喚の方法って本当だったんですね。どうせ何も起こらないと思ってやってみたんですけど」
私は墨で描いた魔法陣を指した。
「何だ、其方は半信半疑で我を呼んだのか? まぁ我も呼ばれたら誰でも出るわけではないからな。どうだ、驚いたか?」
「まぁ、少し」
「少し? このグレモリー様が来てやったのに少しとは、随分と失礼ではないか?」
ずいっと私の方に顔を突き出して、グレモリーは器用に左眉毛だけを釣り上げた。さすが悪魔。表情筋もなかなか発達してるとみた。いや、そんなことはどうでもいい。
「何か、本当に出るとは思わなくて、びっくりしすぎて、逆に平静になってるというか」
「ふーん。そうか。まぁよい。我を呼び出したからには、何か願いがあるのであろう。我は悪魔であるゆえ、どんな願いも叶える。言ってみよ、小娘」
グレモリーは私が普段使っている勉強机から椅子を引っ張り出して、足を組んで座った。
悪魔も椅子に座ったりするんだなぁ。空中に浮いたりするのかと思ったけど。
「願いって本当に何でもいいんですか?」
「もちろん。我はそこらの雑魚の悪魔とは違うからな。叶えられない願いなどありはしないぞ」
そこらに悪魔がいるのは見たことないけど、見えないだけで実はいるのだろうか。なんてどうでもいいことを考えつつ、私は居住まいを正した。
「願いはですね、『美人で髪が長くて、眼鏡が似合って、身長は165センチ以上で、それから胸もそこそこ大きくて、声はハスキーで。それから年齢は三十歳前後くらいで、ちょっとSっけのある彼女』が欲しいです。叶えてくれますか?」
「えぇ?」
グレモリーは困惑したように顔をしかめた。
「何でも叶えるっていいましたよね」
「言った。確かに言ったが⋯⋯」
ううんと唸りながら再び顔を上げたグレモリーはやはり少し戸惑ったような顔をしていた。
「其方は彼氏より彼女が欲しいタイプなのか?」
「そうですがいけませんか? 私子供の頃から同性の方が好きなんです。イケメンとか美少年とか全く興味ないです」
「それは構わないが、女性が好きなのに『グレモリー様、私の彼女になってください』とは言わぬのだな。普通なら言うだろう。こんなに美少女の我が目の前にいるのだぞ」
「私、年下興味ないんで」
「何が年下だ。我は其方のじじばばよりずっと年上だ!」
「実年齢より見た目が大人かどうかもポイントなんで」
グレモリーはけっこうナルシストなのかな。確かに美少女ではあるけど、好みのタイプじゃないし。
「こんなにキュートな我を年下っぽい見た目だけで断るとは失敬な」
「可愛くても、あんまり自信過剰な人ってイタいですよね。グレモリーさん、何かイタいですよ」
つい本音が口から出てしまった
「う、うるさい! 小娘の分際で」
「何ですか、願いごと叶えてくれないんですか? 何でも叶えられるんですよね? そこらの雑魚とは違うんでしょう?」
「それはそうだ。我は上級の魔族だからな。いまいち釈然とせぬが、まぁよいだろう。其方が望む姿になってみせよう」
「えっ、グレモリーさんがですか?」
「そんな不安そうな顔をせずとも、我にかかれば其方の理想の女にすぐになってみせるわ!」
わははと笑ってふんぞり返えると、突然グレモリーの着ていた服が煙のようにたゆたい、彼女の姿を隠した。
もやもやとした輪郭はだんだんと形になっていき、目の前には美しい黒髪の大人の女性が立っていた。
それは私が脳裏に描いていたまさに理想の女性像で、完璧なまでに麗しく、金縁の眼鏡の奥の鋭くもどこか優しい瞳は、酸いも甘いも知った大人そのもの。
女性らしい柔らかな曲線は計算されつくしたかのような、寸分の狂いもない完成度。
息を飲むほどに、瞬きさえも忘れるほどに私は彼女に見入った。
「どうだ。其方の好みの女ではないか?」
発する声すら私の背筋をぞくぞくさせる、どんぴしゃで好みの声。
「グレモリー様、私の彼女になってください。どうかこの願いを叶えてください」
私は迷わず土下座した。
仮にこの先千年生きることができたとして、ここまで私好みの女性に出会えるかと言ったら、分からない。いや、きっと出会えない。何もかもが理想そのままなのだから。
「其方、そこまでするでない。まぁ、その⋯、彼女に所望するなら、なってやらんでもないからな」
私は頭を上げた。
「本当に彼女になってくれるんですか? グレモリー様はその、女性も恋愛対象なんですか?」
「大人の姿になった途端に態度変わったな、其方。我ら悪魔は性別はさして拘らないからな。其方がちょっとばかし子供なのはあれだが⋯。それなら我が元の姿に戻ればよいな」
と言うやいなやグレモリーはあっという間にさっきのちんちくりんな少女に変わってしまった。
「何してるんですかグレモリーさんっ」
私は勢い余って彼女の胸ぐらを掴んでいた。
「何って何がだ」
「さっきの大人の女性でいてください。私、子供興味ないんで」
「この可愛さが分からぬというのか其方は!」
「私は大人の女性にしか興味ありません。さぁ、願いを叶えるのでしょう。あの姿で甘えさせてください」
「⋯⋯其方、鬼気迫ってちょっと怖いな。そんなにあれが好みなのか?」
「そりゃもちろん。あんなに好みの女性を見たのは初めてです。だから一刻も早く大人になってください」
「分かった、分かった。落ち着け」
グレモリーは渋々と言った風にまたあの大人の姿になった。
やっぱり二度目に見ても、うっとりして身体中が痺れるくらいにどタイプの女性だ。グレモリーには悪いけど、こっちの姿の方が断然とびきり魅力的すぎた。
「それで其方は我と付き合ってどうするんだ?」
「どうもこうも、普通の恋人として過ごせたらいいなって思ってますよ」
「普通の恋人?」
「外にデートしに行ったり、家で二人でのんびり過ごしたり、お互いそういうムードになったら、キ、キ、キスとか? それはグレモリー様が私に恋愛感情を持ってくれたら、でいいですけど。なるべく距離を埋めて、心から愛し合える仲になれたらいいなって⋯⋯」
「い、意外と普通の少女なのだな、其方」
「私だって高校生だし、素敵な恋を夢見たりしますけど?」
グレモリー様と目が合う。じっと見つめられてたら、どきどきしすぎて死んでしまうかもしれない。
「まぁ、我も願いを叶えると言ったし、其方が望むなら、順を追って親密になって、恋をするのも、悪くはないな」
「本当ですか?」
「悪魔に二言はない。せっかくだ、何かしてほしいことがあったらするから言ってみよ」
「できれば普通の人間っぽく話してください。今のグレモリー様は口調が現代日本人じゃないので。私のことは其方ではなく、
「分かった、結花奈が望むようにする。でもいいの、私なんかを恋人にして。これは契約よ。あなたが死ぬまで続く契約。飽きても私と別れるなんてできないけれどいいの?」
「いいですよ。こんなに美しい理想の恋人像なら悪魔でも鬼でも何でも」
「変わってるのね、結花奈は。まぁ、たまにはこういう面白い人間も悪くはない」
「グレモリー様が恋人になってくれるなら、こんな嬉しいことないですから。あの、ちょっとお願いしたいことがあるんですけど、いいですか?」
「何でもどうぞ」
「えーっと、あの、膝枕してほしいです」
「そんなこと? それじゃ、ほら、来なさいよ」
グレモリー様は正座をすると、ぽふぽふと膝を叩いた。私はゆっくり横たわって、柔らかな腿に頭を乗せる。温かい。悪魔にも体温あるんだ。
目を閉じるとうとうとしてきた。
グレモリー様は私の頭を優しく撫でててくれる。
身体が夢見心地でふわりふわり。
今日から私には彼女ができた。
正確にはまだ彼女ではないかもしれないけれど、恋をする相手が。
関係はこれから深めればいい。
たとえ悪魔でも、私の恋人なのだから。
「結花奈とこれからどうするのがいいのかしら。せっかく受け狙いで少女の姿になって、キャラだって作り込んでたのに、元の私の方がいいなんて。あのキャラに慣れるのにどれくらいかかったと思ってるの⋯⋯。悪魔だって努力してるんだからね。まぁ、でも可愛い彼女ができたと思えば、それも悪くないか。ありのまま私の方がいいって言うんだもの。結花奈、この契約は成立。あなたは死ぬまで私のもの。その分、あなたを楽しませてあげるから、待ってなさいね。起きたらちゃんと説明しなきゃね」
悪魔を呼んだから、彼女をお願いしてみた 砂鳥はと子 @sunadori_hatoko
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