第23話 復讐の果て 7 異形のドラゴン

 スフィーティアは、デューンの都市まちを立ち、ミドガルズオルムの森に来ていた。彼女は、森へと続いている街道から森へと入ろうとしていた。このミドガルズオルムの地については、剣聖の誰もが承知していた。剣聖団本部から、ミドガルズオルムへ立ち入ることを禁止されていたからだ。剣聖団でも、ドラゴンが多く生息している危険な地として認識されていた。ドラゴンは、このミドガルズオルムから出現すると言われることもあるほどだ。ミドガルズオルムに侵入した剣聖のほとんどが、命を落とすか消息不明となっていた。しかし、かつてこのミドガルズオルムの奥まで進出し、任務まで果たし、帰還した者がいた。スフィーティアのマスターユリアヌス・カエサル・ブルーローズである。今、かつてユリアヌスが侵入した地に、スフィーティアは、一人で足を踏み入れようとしていた。


(ここで何かマスターの行方の手掛かりが掴めるかもしれない。しかし、今はオギルを追うのが先だ)


 スフィーティアは、ミドガルズオルムの森に足を踏み入れると、街道を物凄いスピードで疾駆し始めた。走りながら、スフィーティアは立つ前にアトスと交わした会話を思い出していた。


『いいか。森の奥には、進み過ぎるなよ。奥に行けば行くほどあそこは、危険なんだ。帰って来れなくなる可能性がある。お前がいくら強くても過信するなよ』


「わかっているさ」

 アトスに聞こえるわけでもないのに、そんな言葉が口をつく。


 その時、黒狼ルーフの群れが、目の前に現れ、襲いかかって来た。スフィーティアは、それをスピードを落とすことなく、かわしていく。


 キャインッ、キャイン!


 避け切れなかった黒狼は、手や足で払いのけて行く。


 黒狼ルーフの群れを通り過ぎると、次は、小竜ワイバーンの群れが、襲いかかって来た。ワイバーンはドラゴンに見た目は似ているが、ドラゴンよりも小型で、硬い鱗もない魔獣だ。群れで行動する習性がある。

 そのワイバーン等が、上方、前方、後方から挟み込むようにスフィーティアに襲いかかって来た。

「ちっ!」

 これは、かわすのが難しく、舌打ちしてしまう。かわすのを諦め、一体のワイバーンの首根っこを掴んだ。


 クキャーッ!

 

 悲鳴を上げるワイバーンだ。これを振り回し、投げつけ前方のワイバーンを進路から排除し、駆け抜ける。


 しかし、後ろからは、しつこくワイバーンとルーフの群れが尚も諦めずスフィーティアを追走してくる。


(倒した方が手っ取り早いんじゃないか・・)

 スフィーティアは、腰に差した剣聖剣の柄に手をやる。


 その時だ!


「なっ!」

 前方から巨大な爆炎が、森の木々を燃やしながら、飛んできた。スフィーティアは、素早く上空に大きく飛躍し、これを避け、大木の最上部あたりの枝を掴んで爆炎が通り過ぎるのをやり過ごす。赤い熱風が下からわき出し、辺りの景色を歪ませた。


 どうやら、スフィーティアを追っていたルーフもワイバーンもこの爆炎を避けられず、焼かれたようだ。そして、ミドガルズオルムの森の木々は炎に包まれた。


「なんだ。何が起こった」

 掴んだ枝の上に立ち、スフィーティアは、前方を確認する。


 前方から巨大な赤と青色が混じった異形のドラゴンが焼かれた街道沿いを浮遊してこっちに近づいて来るのが見えた。そして、その背には、見覚えのある背の高い緑色の肌をした異人が立っていた。


「オーーギーールーッ!」

 スフィーティアのまなじりが吊り上がる。スフィーティアは、立っていた枝から飛び降りると、ドラゴンの進路上に降り立った。


 これに気づき、異形のドラゴンが止まり、地面に降り立った。オギルはドラゴンの肩の上に立っていた。


「探したぞ。オギル・・」

「そんなに儂が恋しかったのか。儂もお前に会いたかったぞ。さあ、わが前に跪くがよい。ウヒヒヒッ」

 オギルの開いているか開いていないのかわからない細目がへの字に曲がる。

「ふざけるな!貴様の所業、許してはおけん。この場で斬り捨ててくれる!」

 スフィーティアは、剣聖剣カーリオンを抜き、あっという間に間合いを詰め、オギルを両断しようとしたが、ドラゴンの硬い翼がこれを防いだ。

「何だ、このドラゴンは・・」

 剣戟が弾かれ、一回転して地面に降り立つと、スフィーティアは、改めて目の前の巨大なドラゴンを確認した。


「グルルルル・・」


 見た目は、サファイア・ドラゴンに見えるが、手足は、赤かった。右翼は赤く、左の翼よりもかなり大きい。また、尻尾の先は赤く伸びている。そして、異様なのは、眼の色だ。上の方と下の方で色が違うのだ。上の方が赤く、下の方が青い。


「こいつ、サファイア・ドラゴンなのか?しかし、さっきの炎はこいつが吐き出しもの・・」

 スフィーティアは、目の前のドラゴンの竜力が歪んでいるように感じていた。


「ウヒヒヒッ。なに、修復の手助けを儂がしたまでのこと。あの赤毛の剣聖おんなから受けた傷を治すのに苦労しているようだったのでな。まあ、見た目は、変わってしまったが、力は強くなったであろう」

「何て馬鹿なことをしたのだ。その竜は、悲鳴を上げている。自分ではないものをお前に組み込まれてな」

「ウッヒヒヒ。そんなことは、どうでも良いのじゃよ。この竜がじきに死ぬのはわかりきっておる。お前を我がものにできるまで、力を尽くしてくれれば良いのじゃ」

「ドラゴンでも道具として弄ぶか。オギルっ!お前をここで始末する!」

 スフィーティアは、ジャンプして近づき、オギルの傍まで間合いを詰め抜刀の元に剣の斬撃がオギルを襲う。しかし、これも異形のドラゴンに固い翼で防がれてしまう。


 ドラゴンがガードを解くと、オギルは、杖を振るった。赤い血煙のようなものが発生し、スフィーティアに向かって行く。スフィーティアは、ハッとして、後方に大きく飛びのいてこれを避けた。オギルが前に洋館でスフィーティアに使った剣聖にも効く竜媚気りゅうびきだろう。これを吸うと、スフィーティアと言えども、あまりの催淫さいいん効果に、身体が火照り出し、朦朧として動けなくなってしまうようだ。スフィーティアは、すぐに気づき後ろに避けたのだ。


「ほれ、ほれ、ほれ。ウッヒヒヒっ!早く儂と交わろうぞ」

 オギルは、何度も杖を振るうと、血煙のような赤い煙が、スフィーティアめがけて漂っていく。離れていればどうということはないが、近づくと杖を振るわれるため、近寄れなかった。


 スフィーティアは、意を決した。


換装シノーイ!」

 左腕の透明のブレスレットを触ると、パッとスフィーティアを光が包み、白いロングコートの正装から光り輝く白銀の鎧の姿へと変わっていた。


 そして、スフィーティアが、剣聖剣を一閃すると、竜媚気の煙は、雲散霧消する。


「これは、まずい・・。ほれ、早く叩かんか」

 そう言うと、オギルは、異形のサファイア・ドラゴンの肩を杖で叩くと、ドラゴンの後方にジャンプして退いた。


 ここから、スフィーティアと異形のサファイア・ドラゴンの戦いが本格化した。


 まず、先手を打ったのは、異形のサファイア・ドラゴンの方だ。大気を凍らさえる氷結のブリザードを口を細くして吐き出し、これがスフィーティアを襲う。

しかし、スフィーティアは、これをかわしもせず受けると、スフィーティアにあっという間に霜が付き、凍って行った。ドラゴンの起こしたブリザードが止む。静寂が森を包む。


「私にこの程度の冷気が通じるか」

 氷にひびが入って行き、スフィーティアを覆った氷は、砕かれ、落ちた。

「今度はこっちから行くぞ」


 スフィーティアは、剣聖剣カーリオンを両手で正面に構える。

属性付与ジェラーレ!」

 カーリオンの剣身から凍気が迸り始めた。そして、剣を上に掲げると、その凍気は上空高くまで立ち上って行く。


 一方の、異形のサファイア・ドラゴンもスフィーティアの攻撃に応じるため、大きな口が赤くグツグツト光り始めた。爆炎ブレスで応じるのだろう。


「行くぞ。くらえ!」

 スフィーティアは、剣を、右斜め後ろに振り下ろすや、野球のバットを振る要領で前に振り切った。するとカーリオンが正面を向いた瞬間、剣先から冷気が渦を巻きながら物凄い氷結のブリザードとなり、周囲を巻き込み凍らせながら、異形ドラゴンを狙う。


 グ、ゴゴゴゴゴゴゴーーーーー!


 異形ドラゴンも、腹の底から息を口に送り込み大きく溜まった瞬間口を開くと大きな爆発が起こり、正面真っすぐに真っ赤な爆炎ブレスが一直線に吐き出された。


 そして、ほぼ二者の中間あたりで、氷結ブリザードと爆炎ブレスがぶつかる。ぶつかった両者の大きなエネルギーは衰えることなく、互いを押し込もうと大きくなっていく。周囲は、凍気と焔気の衝突で爆風が発生し、木々がなぎ倒され、上空へと舞い上がっていく。周囲に集まって来た森の魔獣なども吹き飛ばされていった。


「ふっほっほっほ。こいつは、凄い!なんという力じゃ!」

 異形ドラゴンの後ろから見ていたオギルが絶叫する。


 しかし、この激突は、突然終わりがやってきた。

 ブリザードとブレスのエネルギーは、90度屈折し、お互い絡み合いながら上空高く舞い上がり、先端が赤と青の竜の頭に変化し、お互いの首に咬みつくと消滅した。


 ザザ、ザザ、ザザザーーーーー!


 そして、スコールとなって周囲に大粒の雨を降らせた。


 互いの竜の消滅を合図に、スフィーティアは、異形ドラゴンに斬りかかった。スフィーティアの猛攻だ。すさまじい速さでカーリオンを振るい、異形ドラゴンの心臓を狙う。しかし、異形ドラゴンは、大きな翼や手でガードして、これを防ぐ。


 その間に、また黒狼ルーフ小竜ワイバーンなど魔獣が集まり始め、二者に襲いかかって来た。身体の大きな異形ドラゴンの方が、多く狙われるが、ドラゴンは、魔獣が咬みついて来ても、痛くもかゆくもないようで、足元の魔獣は踏みつぶされていく。一方、スフィーティアを襲ってきた魔獣は、すぐに切り捨てられた。


 スフィーティアの剣戟は止むことは無く、次第に異形ドラゴンに傷を負わせていく。


 ウグググ・・


「どれ、力を貸そうか」

 オギルが、異形ドラゴンの頭の上まで来ると、杖を掲げると宝玉が赤く輝きを放った。その杖の宝玉から幾つもの、小さな赤い光玉が、オギルの周囲を覆うように配置されていく。そして、配置された赤光玉は回転を始め、オギルが手で合図をすると、光玉は、光弾丸となり、機関銃のようにスフィーティア目がけて怒涛の如く発射された。


「なっ!」

 スフィーティアは、意表をつかれた形になったが、左腕の透明なブレスレットから光の盾を展開し、防ぐ。しかし、カバーが間に合わなかった鎧の無い左大腿に一発が命中してしまった。赤い光弾丸は、スフィーティアの周りにいた魔獣等にも命中し、殺していく。


「つっ!」

 スフィーティアは、苦痛に顔を歪ませ、左脚に力が入らず、バランスを崩した。この機を逃さず、異形ドラゴンが、赤く大きく肥大化した右手による強力なブローをスフィーティアに叩きつけた。スフィーティアは光の盾ライトニングガードによりガードしたが、大きく弾き飛ばされ、木々をなぎ倒しながら、森の奥へと飛ばされた。


「その赤弾は、特別性じゃ。媚薬効果に加え猛毒も仕込んである。すぐ全身に広まるじゃろ。剣聖と言えども、立つこともできんじゃろう。ウヒヒヒッ、ウヒヒヒッ!」

 オギルは、細い眼をニンマリと曲げ、不気味な笑い声を発した。


 しかし、オギルの高笑いもすぐに止むこととなった。


 クケケケケッ!

「なんじゃ?」


 上空から、突然緑色の大きなエメラルド・ドラゴンが出現し、咆哮した。エメラルド・ドラゴンは風を操るドラゴンだ。

 突風が、突然巻き起こり、オギルと異形ドラゴンを襲う。この突風は、普通の突風ではない、真空状態を作り出し、触れた物を切り裂いていくのだ。


 しかし、異形ドラゴンは、これを避けもせずに受け止める。突風は、異形ドラゴンを傷つけることはできないようだ。異形ドラゴンは、突風を大きな口で嚙み切るように噛むと突風は消えてしまった。恐ろしいドラゴンである。


「あんな下級竜など、さっさと片付けてしまえ」

 オギルが命じるように言うと、異形ドラゴンは、近づいて来た上空のエメラルド・ドラゴン目掛けて、氷結ブリザードをすぼめた口から吐き出し、エメラルド・ドラゴンを瞬時に凍結させると、エメラルド・ドラゴンは落下してきた。エメラルド・ドラゴンは、地面に落下する直前で、凍結を破ったが、異形ドラゴンは、その首に咬みついた。


 ウギャギャーーッ


 異形ドラゴンの大きな口に首根っこに咬みつかれ、振り回されるエメラルド・ドラゴンは、悲鳴をあげた。


「さっさと、食いちぎってしまえ」


 その時だ!


 ピカッ!


 ドドドドーーーーンッ!


 上空がピカっと光ったと思うと、轟音が響き、稲妻が、落ちた。

 異形ドラゴンは、エメラルド・ドラゴンを上空に放り投げて、これを盾にして回避した。そのエメラルド・ドラゴンは、強烈な落雷に打たれ、倒れ、動かなくなった。


 いつの間にか、空は厚い曇天に覆われ、雷が雲の中でゴロゴロとしていた。オギルは、空を見て、眉をしかめた。その間にもあちこちに雷が落ちて、火の手があがる。


「これは、まずいことになったぞ。まさか、彼奴きゃつが現れるとは。さっさとこの場を離れるぞ」

 

 オギルは、異形ドラゴンの背中に乗り、合図すると、異形ドラゴンは、大きな翼を広げると、ミドガルズオルムの森から飛び去って行った。


                                 (つづく)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る