第21話 復讐の果て 5 剣聖団の憂鬱

 ここは、暗くてとても広い部屋だ。床には、竜と人間が絵巻物のように描かれた見事な絨毯が一面に敷かれている。暗い壁には、窓もなく採光もできない作りだが、天井には小さな淡い大小の光を発する点々が幾つもあり、それが星のように光り、ほんのり部屋を明るくしている。これは、この大きな部屋の主の趣味なのだろう。


「暗えよ。明るくするぞ」

 大柄な男が低い乾いた声でそう言うと、右手から光を発する球体が高い天井近くまで登り、部屋を明るく照らす。男は、無精ひげで銀髪の鋭い眼光を持つ男だ。剣聖の証である白いロングコートの腕をまくり、中の黒いシャツもはだけ、逞しい胸板が露わになっている。奥にある大きなデスクの前に、どこにあったものなのか、大きなキャスターの付いた黒い丈夫そうな椅子を持ってきて、ドカッと腰かけた。そして、背もたれに大きく寄りかかり、黒いロングブーツを履いた足で足組みをする。

「ちょっと、眩しすぎるのだけど・・」

 デスクの向こう側から、男の低い声とは対照的に、声変わり手前のような年頃の少年のようにツヤのある声の主が不服そうに応じる。どう見ても、齢は12、3歳位の少年のようだ。青白いショートヘアでとても印象的な金色の眼をした美少年だ。は、白いローブに身を包んでいる。

「わかったよ。チっ!」

 そう言うと、男は、右掌を握るようにすると、部屋の光度が下がった。

「いや、こうだろう」

 美少年が、左手を下げると、光る球体は、天井の光る点と変わりなくなり、どこにあるかわからなくなった。

「さっきと変わらないじゃねえか!」

 男は、球体の明るさを戻そうと、右掌のを小刻みに握ったり広げたりすると、また明るくなった。

「いや、だからこうだって」

「いや、違うこうだ!」

「いやいや、ダメだよ。こう!」

「何を、こうだ!」

 

 球体が大きくなったり小さくなったりし、明るくなったり暗くなったりが延々と繰り返される。

「ええい、もうこれでいいだろう!」

 二人のやり取りは、最初に球体を浮かべた時の明るさの5分の1位で落ち着いた。薄暗いのは、変わらない。

「ハアハア・・」

「ゼイゼイ・・」

 のようなやり取りを終えると二人はぐったりしていたが、、椅子に座った少年は、椅子を横に向けると、青白い光の文字が少年の眼前にまるでモニターがあるかのように表示された。

「スフィーティアからの進達だよ」

 空中に浮かんだ文字のあったあたりを掌で男の方に払いのけると、文字はくるくると回転し、男の眼前で止まった。


 空中の青白い文字は、こう並んでいた。


『剣聖団本部長あて

 

 進達

 現在も指令303を継続中。アライン・エル・アラメインの消息は報告したとおりだが、まだアラインが接触したドラゴンの討伐は完了していない。見つけ出し、討伐を果たす所存。また、ドラゴンと結託して対峙したガラマーン・パラサイトの首長オギルは、竜力を使用し、剣聖を脅かした。これを放置することは、剣聖団の脅威となるものと思料する。よって、速やかにこれを追い、禍根を断ち切るのが上策。引き続き指令303の継続の裁可を仰ぐ。

 

                    剣聖スフィーティア・エリス・クライ』


「ヴァージル、困ったものだ。スフィーティアは命令を無視するつもりだ」

 ヴァージルと呼ばれた銀髪の男は両掌を上にして諦め顔だ。

 

 この男は、剣聖団の本部長ある。名前は、『ヴァージル・ディスエル・ライトニング』剣聖団トップである本部長が不在の中で、実質トップにいる男だ。その実力を見た者はいないが、力は神憑っているとも。ただ、彼が剣聖団本部を離れることはない。何か理由があるのだろうか?


「いつものことだ。レオよ」

 ヴァージルは、スフィーティアからの進達文を手で払いのけると、クルクルと回転し、レオと呼ばれた少年の方に戻って行く。


 彼は、レオナルド・ラインハルト。剣聖団の軍師リニアルである。見た目は子供だが、年齢は不詳。剣聖団の作戦立案から装備の開発まで一手に担う。知識膨大縦横無尽。彼に知らぬことはないと言われる。レオナルドも剣聖団本部を離れることはない。


「君が甘やかすからだ」

 そう言うと、レオナルドが戻ってきた進達文に触れると、プツっと消えた。

「おいおい、俺のせいにするなよ」

 レオナルドは、ヴァージルの抗議は無視して言う。

「ヴァージル、君はスフィーティアの言うオギルというガラマーンをどう思う?」

「近くにドラゴンが巣喰うミドガルズオルムの森があるからな。そこで何らかの方法で竜力ちからを手に入れたのかもな」

「その通りだ。だが、奴はどうしてあの森を出入りできるのだろう?」

「さあな。人間や異人種があそこに入って帰って来れるとは思えんが。剣聖おれらでもあそこに入るのは、余程のことがない限り躊躇われる」

「そうだよ。だから侵入を禁止している」

「どうするよ?スフィーティアは、オギルがミドガルズオルムにいるとわかれば、独断で行くと思うぞ」

「君が甘やかすからだ」

 レオナルドは、もう一度同じことを繰り返すことで、イライラを抑えているようだ。

「はいはい、左様で。で、どうするんだ?スフィーティアからの進達は?」

「認めるしかないだろ。却下してもあの子はきかないよ。始末書してるしね。まったく、ユリアヌスの血統は、弟子シュヴェスタにも受け継がれているのさ」

 ここで、レオナルドは背もたれに寄りかかり、天井を見上げた。そして、勢いよく、体勢を戻し、机に頬杖をついて、鋭い視線をヴァージルに向ける。

「それに、剣聖団ぼくたち以外に竜力を使う者は見過ごせない。一番近くにいる彼女に当たらせるのが間違いないだろう」

「確かにな。じゃあ、指令315は別の者に回そう。こっちはこっちで危険な任務だ。コードクラスの可能性があるからな。が再び現れたとなれば、状況が変わる」

「そうだね。人選は慎重にしよう。それと、スフィーティアには、バックアップを付けよう。彼女には言わずにね」

「あいつか?」

「うん、彼もアラインのことでは、顔には出さないが、心中穏やかではないはずさ」

「そうだな・・」

「ヴァージル、僕たちは、また貴重な剣聖こどもを失ってしまったよ。宿命とは言え、心が痛むよ」

「ああ。アラインかのじょの魂が、天界ヴァルハラへ導かれんことを・・」

 二人は、暫く瞑目した。


「あ、スフィーティアにまた始末書送らないと!」

 レオナルドがポンと手を打つ。

「・・・・」

 ヴァージルは、薄ら笑いを浮かべた。

                                 (つづく)

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