第18話 復讐の果て 2 夢想

「う、うう~ん、あッ。マ、マスターっ!」

 スフィーティアは、ひどくうなされて上体を起すと目を覚ました。

「ハア、ハア、ハァ・・。夢?」

 スフィーティアは、額に手を当て、長い豪奢ごうしゃな金色の髪をかき上げる。その金色の髪と透き通るほど美しい白磁はくじの顔に朝日の陽光が当たり、『美の女神』が嫉妬しそうなほど彼女の美しさを際立たせていた。

 

 ふと気が付くと、板の間に敷物が敷かれた上で寝ていたようだ。身体に掛けられていた粗末な布をはだき、立ち上がる。自分の服ではない前開きの白いシャツとショーツだけを着ていた。見回すと、あまり広くない黒色の板敷の間で中心に囲炉裏があり、暖を取るための炭が静かに赤く燃えていた。

 外倒しの板窓が幾つかありそこから採光や換気をしているようだが、外の様子は立っている処からは見られない。身体の火照りも収まり、もう体調は回復していた。外の様子を確認するため、窓際まで行き様子を伺う。


 もう朝もよい時間なのだろう。人々の声が辺りから聞こえてくる。


 スフィーティアは、ハッとした。

 ガラマーン族の男が歩いて来たのだ。スフィーティアは、見つからないように伏せた。


(ここは、ガラマーン・パラサイトの集落なのか?まさかまた、オギルが関係しているのか?嫌、それはない。ここの空気は普通だ)


 そして、もう一度外倒し窓から外を窺う。今度は、ガラマーン族の女が2人歩いて来た。スフィーティアを見ると少し驚いたようで目を逸らしたが、もう一度こっちを見ると微笑を向け、去って行った。スフィーティアは、ここの牧歌的で長閑な雰囲気に驚いていた。


 その時だ 

 ガラガラガラ~。

 後ろから引き戸の扉が開く音が響いた。


「お、目覚めたか?」

 アトス・ラ・フェールが入って来た。スフィーティアが、振り向くとアトスは、たじろいだ。スフィーティアの白いシャツが前開きになっていて胸の谷間が露わになっていたのだ。

「うわあ、すまねえ」

 アトスは、指で視線をさえぎる。

「ううん?ああ、これか?私は見えても気にしてないぞ」

 そう言うと、スフィーティアは、自分の胸を両手で持ち上げて見せる。

「馬鹿野郎、こっちが気なるんだよ。さっさと隠せよ」

「見かけによらず、お前は初心うぶなのだな」

「そう言う問題じゃねえ。恥じらいと言うものがないのかよ」

「裸を見られることを気にしてたら、闘えないからな。そんなことより、お前がここに運んでくれたのか?」

 スフィーティアは、仕方ないと言う様に、シャツの前ボタンを留める。

「ああ」

「ここは、どこだ?ガラマーン族の集落らしいが」

「安心しろ。ここのガラマーン族は、人間族ひとに友好的だ。ガラマーン・パラサイトとも関係ない。まともに話の通じる連中さ。といっても、ここは辺境地域マーグレーブの中だがな」

辺境地域マーグレーブ・・・」

「ああ。ガラマーン族等異民族の地だから、人は立ち入ることはあまりない所だ。立ち入るのは、隊商カールヴァーンくらいだろう。それも武装したな」

「お前は、随分詳しそうだな」

「まあな。俺も隊商カールヴァーンの護衛をしていたことがあってな。ここデューンの都市まちの首長とは、その頃に知り合い、気心が知れているのさ」


「もう大丈夫なのか?」

「ああ。回復したよ。これに着替えさせてくれたのもお前か?」

「悪い。熱を出してすごい汗かいていて苦しそうだったからな。俺の服で悪かったが、着てもらった。それと、その・・、はしてないからな!ちゃんと言っておくが」

 アトスは最後の方を強調する。

「わかっているさ。お前はそういうヤツではないだろう。でも、ありがとう」

 スフィーティアは、珍しく照れ臭そうに礼を言った。白磁の頬に微かに朱が差しているようにも見える。

「私は、何か言っていたか?」

 スフィーティアが、少し気まずそうに尋ねた。

「いや・・。うなされていたようだったが」

 アトスは、首を横に振ったが、スフィーティアの気まずそうな少し紅潮した顔を見て、スフィーティアをここに運びこんだ時のことを思い出していた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 スフィーティアを一角羽馬ユニコーンに乗せ、ここデューンの都市まちに到着したのは、もう真夜中だった。


 そして、アトスは、この部屋にスフィーティアを運び入れ、敷物の上に寝かせた。

「ウウッ、よせ・・・」

 スフィーティアは、うなされ、身体をよじったりしている。呼吸も荒い。

「ハア、ハア、ハア」

「全くすごい熱だぜ」

 アトスが冷やした布で額の汗を拭いている。


 すると、後ろの引き戸が開き、風格のある長い尖がった髭を生やしたガラマーンの男が入って来た。体格は普通のガラマーン族よりも大きく商人風の立派な服を着ている。

「ほれ、効くかわからぬが。薬だ。隊商カールヴァーンから手に入れた貴重なものだ」

 ガラマーンの男が薬の包みと水差しを差し出した。

「ありがてえ!」

 アトスが、それを受け取る。

「金は、ちゃんともらうぞ」

「ち!キッチリしてやがんな」

「当たり前だ、こっちはこれが商いだからな」

 アトスは、スフィーティアの上体を起す。

「スフィーティア、薬だ。口を開けろ」

「ううっ」

 スフィーティアは微かに口を開けたが意識はハッキリしていないようだ。アトスは、包みに入った薬を口に少しずつ入れ、水を飲めているか確認しながら水差しでやさしく注いだ。アトスは、こういうことに慣れているようだ。

「しかし、惚れ惚れするほど美しい女子おなごだの」

 ガラマーン族の男が後ろから覗きこむ。

「お主が一角羽馬ユニコーンに乗せ、やって来たときは驚いたが。お主も隅に置けぬな。ウワァッハッハッハ!」

「馬鹿、そんなんじゃねえよ。こいつは、仕事仲間だ。悪いが着替えさせるから出て行ってくれねえか」

「金じゃ、金。早よ、せえ」

 そう言って、男は手を差し出す。

「仕方ねえな」

 そう言うとアトスは、懐から硬貨の入った銭袋を取り出した。袋から銀貨を出そうとすると、ガラマーンの男は、銭袋をヒョイとアトスから取り上げた。

「うわ、何しやがる」

「ひい、ふう、みい、よ・・」

 ガラマーンの男は袋から銀貨を一枚づつ取り出していく。

「これ位かの。ほれ」

 男は、銭袋をアトスに放る。

「うわ!取り過ぎだろう!」

「宿代込みじゃ。ウワァッハッハッハッ!」

 男は、豪快に笑う。

「もういい!うるせいから、さっさと出ていけよ」

 アトスに追い出されるように、ガラマーンの男は建物から出て行った。


「悪いが、我慢してくれよ」

 二人きりになり、アトスは、スフィーティアのベストを取ると、豊満な胸が弾んだ。

「うう、これは・・」

 アトスは首を横に振る。

「いかん、いかんぞ」

 柔らかな手触りの良い滑らかなのブラウスのボタンを上から外していく。二つ目のボタンを外したところで手が止まった。

「これは・・」

 スフィーティアの胸の谷間に埋め込まれた青いターコイズブルーの宝石に目を奪われたのだ。それは、剣聖たる証である輝石きせきだ。内から静かに瞬いているのがわかる。

「スフィーティア。お前は本当に剣聖なんだな・・」

 アトスは、理性を取り戻しそう呟いた。ブラウスを取り、白いスカートと蒼いレギンスを脱がせ、ブラジャーとショーツだけの状態にした。

「すごい汗だ。身体も熱すぎる。本当に大丈夫なのか?」

 アトスは、手ぬぐいを濡らし、優しく全身の汗を拭いた。


「俺のしかなくて悪いが、これを着てくれ」

 アトスは、控えの自分の白いシャツを、着せ寝かせた。

「ううっ。はあ、はあ。ダメだ・・」

 スフィーティアが顔を横に振り、うなされる。

「こいつも苦しそうだな」

 そう言うと、なるべく視線を逸らしながら、ブラジャーのホックを外すと、その豊満な胸がプルンと横に広がった。

「見てないぞ!見てないからな」


『いや、お前!見えてるだろう!』

 どこかからの天の声だ。

 

 アトスは、外したブラジャーを脇に置き、胸が見えないように視線を背けシャツのボタンをはめた。

「ふう・・」

 

 その後もアトスは、何度も水に濡らしたタオルでスフィーティアの顔や身体の汗を拭き、看病を続けた。数時間が経過し、次第にスフィーティアの体温が下がってきて、呼吸も整いスースーとした寝息に変わった。

「ふう、もう大丈夫かな」

 アトスが、確認のためスフィーティアの額に手を当てた。

「マ、マスター!」

 そうスフィーティアが呟くと、スフィーティアは、アトスの手を引き抱き寄せた。

「うわっ!」

 アトスは、スフィーティアの胸に、顔が埋もれる。

「うぐっ」

 アトスが起き上がると、スフィーティアの艶やかな顔が目の前にあった。アトスは、スフィーティアの顎に手をやると引き寄せられるように唇をスフィーティアの唇に近づける。もう少しで唇が接する刹那、スフィーティアの眼から涙が流れるのが見えた。

 アトスは、それで、我に帰った。アトスは、起き上がり、首を横に振る。

「俺は、何を考えてるんだ。こんな弱っているやつにするのは、騎士のすることではない」


『ふ、ふ、ふ、ふ。賢明だ。死なずに済んだな』


「何だ、今のは?」

 アトスは、辺りを見回す。しかし、人がいる気配はない。

「気のせいか・・。疲れが出たか」

 アトスは、頭を搔きながら、部屋を後にした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

                                 (つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る