第16話 宿命を燃やして 7

 一方逃げ出した少女は、必死に走り続け、焼け焦げた集落から無事に出ることができた。しかし、そこで腹部に急に痛みが走り、うずくまってしまう。

「ううっ!」

 少女は苦悶に顔が歪んだ。


「大丈夫か?」

 そこに無精ひげの茶色い髪の長身の男が、現れ声をかけた。騎士風の鎧を纏っている。

 アトス・ラ・フェールである。

 

 アトスは、少女の背中に手をかける。

「どうした?どこが痛いんだ?」

「お腹が・・痛いの。とっても!」

「こ、これは・・」

 アトスは、目を見張る。見覚えのある白いコートに身を包み汚れた灰色の長いシャツを着た少女のお腹がふっくらと膨らんでおり、そのお腹の辺りが小刻みに波打っているように見えた。アトスは、少女を寝かせると痛みの原因を探るかのようにお腹に手を当てた。

「何だ?この腹の振動は?」

「ああ、ダメ、ダメ・・」

「おい、しっかりしろ!」

 少女は、痙攣し始め、白目を剥き意識を失っていく。そして、口からを血を吐いた。腹の動きが中で何かが暴れているかのように激しくなる。何が起きているのか確認するために、アトスがシャツをまくり上げると、突然腹を突き破り、緑色肌の小さな耳長の生き物が出てきた。


「な、何だ、こいつは?」

 アトスは、驚きと嫌悪の声を上げた。

 それは、ガラマーン・パラサイトの赤子だった。そして、一体が出てくると、すぐにもう一体が出てきた。

 少女は腹からの多量の出血で絶命した。しかし、ガラマーン・パラサイトの赤子等は、死体となった少女の胸を探りそれに吸い付く。

 

 アトスは、しばし呆然としていたが、剣を抜くや少女の胸に吸い付くガラマーン・パラサイトの赤子2体の首をはねた。

「鬼畜め!」

 転がったガラマーン・パラサイトの子の頭を踏みつぶす。

「何も出来なかった。すまぬ」

 アトスは、少女を抱き起すと苦痛で見開いた目を閉じてやる。

「スフィーティアが、お前が逃がしたのか・・」


 アトスは、スフィーティアの白いロングコートで少女を包んだ。そして、立ち上がるとガラマーン・パラサイトの拠点上空で繰り広げられているヘリオドール・ドラゴンと剣聖アライン・エル・アラメインとの戦闘に目を向けた。

「あそこにスフィーティアもいる」

 そう呟くと、アトスは、戦場に向かって行った。



 ズドドドーン!

 ヘリオドール・ドラゴンの巨体が崩れ落ちた。


「よくやった。それでいい・・」

 アラインが、俯く。

「アライン!」

 剣を収めると、スフィーティアが安堵した表情でアラインに近づく。

「まだだ。まだ終わっていないぞ、スフィーティア・・」

 アラインが近づいて来たスフィーティアに大赤湾刀レッド・クリミナルを向ける。顔は上げると、苦悶の表情だ。眼は黄色く怪しい光を放つ。竜華りゅうかが進み、アラインは自分の意識を保とうとこらえているようだ。


「剣を抜け、スフィーティア。ここにも竜がいるぞ」

 アラインは、大きくなった赤い手で自分を指さす。

「な、何を言って。竜華りゅうかは本部で治療すれば止められます」

 アラインは、首を横に振った。

「無理だ。私は、ガラマーン・パラサイトに穢され純潔を無くした。さらに奴の子を消すため腹を裂いたため竜華は進んでしまった。もう止められない」

「え?」

「私が正気でいられるうちに、お前が私の輝石きせきを砕け」

「そんな・・」 

「お前がやらなければ、竜となった私がお前を襲うことになる。早くしろ」

「ダメだ。アライン。あなたを殺すなど私にはできない」

 スフィーティアの剣を持つ手が震えている。

「頼む、スフィーティア。私が人であるうちに。わたしでなくなる前に・・・。頼む」

 アラインの呼吸が荒くなっている。

 それでも、尚スフィーティアは、首を横に振り動こうとしない。痺れを切らしたアラインは、スフィーティアに剣を向けた。


 ガキーンッ!


 アラインの正面からの剣戟をスフィーティアは咄嗟に剣を抜き受けたが、大きく飛ばされ、地面に倒れた。

「何故わからない!私はもう助からない。剣聖スフィーティアよ。お前の使命は、竜を殺すことだ。私情にかられず使命を果たせ!さあ、鎧を換装しろ!そのままで私を殺せるほど甘くはないぞ」

 そう言うや、アラインは飛び上がると、スフィーティアに上空から襲いかかった。

「ウグッ!」

 スフィーティアは剣で受けたが、地面に亀裂が入るほどの衝撃を受けた。アラインは、攻撃の後、後方に跳躍し着地する。それは、スフィーティアに時間を与えるかのようだ。


「アライン・・・」

 スフィーティアは、立ち上がると、左腕の薄青く透明なブレスレットに手をやる。

換装シノーイ!」

 青白い光を放つと、スフィーティアは、鎧形態アーマーモードに換装した。白銀の鎧が身を覆う。剣聖剣カーリオンの青白い光が輝きを増した。


「それでいい。さあ、今だ!やれ!」

 アラインは、レッド・クリミナルを落とし、スフィーティアが胸の輝石を狙いやすいように両手を上げた。

「アライン、アライン、アライン・・・」

 スフィーティアの鎧の背中から大きな光り輝く翼が広がる。それが一羽ばたきするや、アライン目がけて、スフィーティアは飛んでいく。スフィーティアには、走馬燈のようにアラインとの思い出がフラッシュバックしていた。そして、アラインと接触する直前で剣聖剣カーリオンを突き出した。

 

 しかし、止まった。まるで時間がとまったかのように、カーリオンの剣先が0.1mm手前で止まったのだ。


 スフィーティアは、カーリオンを落とし、アラインに抱きついた。

「アライン、アライン、アライン!」

 涙など出ないと思っていたが、スフィーティアは、泣いていた。その碧く光る涙がアラインにも伝わった。すると、アラインの怪しく黄色く光っていた目が本来の赤い瞳を取り戻していく。


「スフィーティア、ありがとう」

 アラインは赤く大きくなった手でスフィーティアの頭を撫でた。

「私は、最後に人として温かい気持ちを取り戻せた。安らかだ・・・」

 スフィーティアは、涙目の顔を上げる。

「お前は、泣き虫だったのだな。剣聖は、涙はでないはずだぞ」

 アラインは優しくスフィーティアの涙を赤い手で拭う。

「スフィーティア、お前にこれを受け取って欲しい」

 アラインは、その大きく赤くなった左手の中指から赤い指輪リングを外し、スフィーティアに差し出す。それは、アラインのマスターピースだ。

「お前は、私の弟子ミノーレではないが、お前にこれを託したい」

「・・・」

 スフィーティアは、黙って指輪を受け取ると、止めども無く流れる涙が指輪を濡らす。


「良かった・・・。もう思い残すことはない。さあ、スフィーティア。私の命を絶ってくれ」

「アライン、そんなこと言わないで・・」

 スフィーティアは、怪しく赤く光るアラインの胸の輝石きせきを意識した。

「心は、今戻っているが、私の輝石の輝きはどんどん増していく。もう時間がない。輝石を砕け、スフィーティア」

 アラインの言葉の通り彼女の胸の輝石は輝きを増し、赤い眩い光を発し始めた。アラインは、スフィーティアを押し離し、どんどん遠ざかって行く。

「アライン!」

「私は、お前を信じているぞ、スフィーティア!」

 アラインの身体が赤い光に包まれると、光が四散し始めた。

「ス、スフィーティア・・」

 アラインの最後の優しい笑顔が光の奥に見えた。そして、その赤い瞳から涙が弾けるのが見えた気がした。

「アライン!」

 スフィーティアは、唇を噛み、カーリオンを構えると、背中の光り輝く翼を羽ばたかせるとアライン目がけて突っ走った。

「うわおー――!」

 赤い光と青白い光が交わった瞬間、スフィーティアの剣聖剣カーリオンの剣先がアラインの輝石を砕き、さらにアラインをも貫いた。



「あの光は?」

 アトスは、上空に赤い光と青白い光が交わるとパッと光が広がり、細かい雪のように粒子落ちていくのを見た。

「スフィーティア、待っていろ」

 アトスは、スフィーティアの元へと駆ける。



「それで・・・、いい・・」

 アラインの姿が人間のそれに戻って行く。そして、右手でスフィーティアの頬を触った後、力尽き、胸を貫いた剣が抜け、アラインは落下していく。


『私は・・、お前の記憶おもいでになれた・・かな?』


 アラインの声にならない声がスフィーティアには届いていた。

「アライン!」

 スフィーティアは、アラインを追い、地面に落ちる直前でアラインを抱き止めた。

「ええ、私はあなたを忘れない。忘れません!」

 スフィーティアの涙は止まらない。


「よかった・・・」

 アラインはニッコリと微笑み、閉じた眼から涙が頬をツーっと流れ落ちた。それは、最後に安らぎを得た者の表情であった。そして、アラインはガクッとうなだれ、手足の力がなくなった。アラインの命の灯が消えた。


「ああ、ダメだ!アライン、目を開けてくれ!」

 そして、アラインの身体か淡く光始めた。

「嫌だ!アライン、行かないでくれ」

 スフィーティアは、アラインが無くならないようにと抱きしめる。しかし、アラインの身体は少しずつ光る塵となり、空気に溶け込んでいく。

 そしてその光る塵は、上空へと舞い上がり消えて行った。


 スフィーティアの手からアラインは消えた。スフィーティアは、顔を上げると慟哭した。

「うわあー―――!」

 その悲しみの声は、いつまでも止まらず止めどなく溢れて来る。

「うう・・」


『もういいんだよ』


「え?」

 スフィーティアには、淡く光るアラインの姿が目の前に見えた。光のアラインは、スフィーティアの頬を触る。


『私は、満足だ。お前に最期を看取られて。だから、もう泣くな、スフィーティア。

 お前には、まだ為すべきことがあるだろう。それを為せ。

 剣聖スフィーティア・エリス・クライ。私の分まで竜を倒してくれ。

 私はいつでもお前の傍にいる。お前を見ているから・・』

 

 そう言い残し、光のアラインは消えて行った。


 剣聖アライン・エル・アラメインは逝った。享年20歳。若すぎる死であった。剣聖の宿業を背負い、そのままに生きた剣聖だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 アラインの意識は、赤髪美丈夫の剣聖の元にも届いた。彼の心を一瞬だが、通り抜けるものを感じた。

「アライン。君も逝ってしまったか・・」

 赤髪の剣聖は、澄んだ青空を見上げた。

「君との約束は果たせなくなったが、僕がそっちに行くのもそう先ではないだろう。だから悲しまないよ」

 アレクセイ・スミナロフの赤い瞳は、澄んだ青い空を映していた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 スフィーティアは、光となったアラインが消えた後、俯きながらその場にしばらく佇んでいた。

 そして、唇を噛んだ。


「オッーー、ギッ、ーーッル!」

 スフィーティアの怒りの絶叫が大空にひびく!


「貴様だけは!貴様だけは許さない。必ず見つけ出して殺す!」

 彼女の青碧眼の眼はつり上がり、瞳は怒りの炎に揺らいでいた。


                     (エピソード「宿命を燃やして」完)

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