第11話 宿命を燃やして 2

 アトスと別れたスフィーティアは、雪道を進んで行く。スフィーティアが、空を見上げると、薄い雲から雪がチラチラと落ちてきた。季節外れの雪だ。


「そう言えば、あの時も・・」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 そうあれは、2年前のことだ。私が、まだ剣聖になりたての頃だ。私は、初めてアライン・エル・アラメインと会った。黒髪に赤いメッシュの入ったボブヘアが、小麦色の肌ととても調和していた。朱色の眼は最初辛辣さを感じさせた。剣聖のロングコートの下に紫色のシャツ越しのそのグラマラスな肉体が、私より二歳上の彼女をとても大人っぽくさせていた。

 そして、あの男もいた。アレクセイ・スミナロフ。赤毛の長髪で細面の端正な顔立ちをした長身の青年だ。剣聖の白いロングコートが彼を引き立たせる。しかし、いつも柔和で優しく、そしてしつこくちょっかい出してくるのが、当時から私をイライラさせていた。アレクセイはアラインと同期だ。


 私達3人は、あの時、ドラゴン討伐任務を与えられたのだ。


 まだ若い剣聖を数人集めてドラゴンとの戦闘に送り込む。それは、マスターと共にあった弟子ミノーレ時代を経て独立した後もすぐに単独任務には就かせず、危険を減らすための措置ものだ。剣聖は、まずは共同任務コモン・ミッションに参加し、評価が上がって行けば、単独任務シングル・ミッションを任されるようになる。アレクセイもアラインもこの時は、既に単独任務シングル・ミッションに主に当たっていた。



「はあ・・、弟子ミノーレ上がりのお守りとはな。ついてないぜ」

 アラインが2人の後について行く私を振り返り、朱色に光る鋭い目を向ける。

「そう言わない。誰もが経験することじゃないか。気にしないで。スフィーティア・エリス・クライ」

 アレクセイが、振り返り微笑を返す。フルネームで呼ばれ、私は少しイラっとした。

「しかし、こんなのが本当にあのマスター・ユリアヌスの弟子ミノーレだったのかねえ?こんな、えらいキレイ子ちゃんだけど本当に戦えるのか?と言っても、あれか・・。ブルーローズ卿は失踪しちまったから、スフィーティアこいつはマスターからマスターピースを受領していないんじゃなかったか?」


 マスターピースとは、剣聖が一人前の証として、マスターから授けられるものだ。指輪だったり、ブローチなどアクセサリーの形をしたものが多いが、単なるアクセサリーではなく、マスターの意思おもいが具現化したものだ。


「よせ。アライン。それは、彼女スフィーティアのせいじゃない」

 アラインのこの発言で、私は立ち止まった。

「何が言いたい?」

「あん?」

 アラインも、立ち止まり私の方に振り返った。

「マスターの侮辱は許さない」

 私は、腰の剣の握りに手を添えた。


「ほう、おもしろいな。かかってきなよ。マスター・ユリアヌスのミノーレの実力を見てやるよ」

 アラインは、私に不敵な笑みを浮かべ背中に差した赤湾刀を握る。私は、完全にこの挑発に乗った。

「参る!」

 私は、剣聖剣カーリオンを抜刀すると間合いを一気につめ、アラインに突きかかった。アラインは大刀を抜くやこれを受け、私たちは剣越しに睨み合った。


「スフィーティア・エリス・クライ、私を楽しませてくれよ!」

 アラインの不敵な笑みが視界から消えた!


「ウグッ!」

 私は、顔に土を浴びせかけられ、蹴り飛ばされていた。


 アラインは、急に屈み赤湾刀で土を抉り私に浴びせ視界を奪い、腹に蹴りを入れたのだ。


「なんだ?こんなものか?」

 アラインが肩に刀を置き、こちらを窺う。

「もうよせ、アライン。僕たちは任務中だぞ」

「そう言うなって。それに・・」


「ううっ」

 私は、腹を抑えながら唇を噛み立ち上がった。

スフィーティアあいつは、まだやる気だよ」

「スフィーティア、君ももうよせ!」

 私に、アレクセイの声を届いていなかった。


 私は、よろめきながら。カーリオンの剣先をアラインに向け、右上段に構える。

「そうこなくっちゃな。お前の本気を見せてみろ。スフィーティア!」

 アラインは、腰を落とし、赤湾刀を右下段に構えた。


疾駆刺ハートゥル・スピール!」

 私の剣聖剣カーリオンが青白い輝きを発したかと思うと、青白い輝きが蒼龍となって、アラインに襲い掛かる。


蛇噛斬シュネール・バイト!」

 アラインの大湾刀が赤く燃え上がると、炎が紅龍となって、私に向かってきた。


 蒼龍と紅龍がぶつかるや、互いの首に喰いつき上空に高く舞い上がり、消えた。その下で、私とアラインの剣撃が合わさるや、互いに撃ち合いを始めた。


 カキーン!キーン、キーン、キーン!


 いつ果てるともなく撃ち合ううちに、互いを掠める剣戟で、服は擦れ、擦り傷を重ねる。そして、私の放った突きがアラインの顔を掠め、頬から血が滴る。そして、アラインの一振りが私の脇腹を掠め、服を切り裂き、白肌から血が浮かび上がる。


「二人ともいい加減にしないか!」

 これにいつも冷静なアレクセイが、珍しく感情を露わにし、私たちの間に飛び込み割って入って来た。アレクセイの赤い大剣が、私達二人の剣戟を受け止めると、私たちは、後方に2、3歩弾かれた。

「はい。これで終わりね」

 アレクセイは、私たちにニッと微笑を向ける。


 それは、傍から見れば、二枚目の伊達男の屈託ない笑顔であり、普通の女性からすればドキリとときめくものであったかもしれない。しかし。私にはとても癇に障るものであった。それは、アラインも同じ思いだったようだ。私たちは、目を合わせ頷く。


「そうか、アレクセイ。お前が代わりに我らの相手をしてくれるということだな」

 アラインが、朱色の目を細めてアレクセイを睨む。

「なるほど。そういうことでしたか」

 私も応じた。

「え?何?どうしてそうなるの?」

 アレクセイが、焦って私たちの間から飛びのく。


「はっはっは!やるぞ、スフィーティア」

「了解」

 私たちは、勇躍してアレクセイに襲い掛かった。

「ちょっと待ってよ。僕はただ・・」

「問答無用!」


「うぎゃー―――――――――――――!」

 暫らく辺りにアレクセイの悲鳴がこだました。


「ふう、まあドラゴン退治前のいい運動になったか」

「そうですね」

 私とアラインは、剣を収めた。そして、ズタボロになり、地面にめり込んだアレクセイを置いて、サファイア・ドラゴンがいるという現場に向かったのだった。季節外れの雪が細かく降ってきていた。

 この一件で、私とアラインは、最初のわだかまりが無くなり信頼関係が築けたのだ。


 そして、山間の深い谷間にサファイア・ドラゴンあいつはいた。そこは、湿地のはずが、水は凍り付き、地面から氷柱いくつも伸びていた。生き物を寄せ付けない、近づいた生物ものは、氷の串刺しとなり、凍り付いていた。


「へっへっへ。全て溶かしてやろうか」

 アラインが背中の赤湾刀に手をかける。

「待て、様子が変だ」

 アレクセイがアラインを止め、辺りを見回す。今でもそうだが、この男の情報分析力は頼もしい。

「何だよ。間違いなく竜気りゅうきが奥からプンプンする。さっさとやっちまおうぜ」

「スフィーティア、君はここで待機だ」

「何を言ってる。こいつスフィーティアをここに残したら、実戦にならないだろう?」

「気になるんだよ。悪いがスフィーティア、君はここに残り、何かあればすぐ知らせるんだ」

 アレクセイは折れなかった。

「チっ!わかったよ。リーダーはお前だしな」

 アラインも渋々頷き、気の毒そうに私を見る。

「わかりました」

 私は、大丈夫という風に頷いた。


 二人が谷合の奥の方に駆けて行くのを見送り、暫くすると、その方向からドラゴンの咆哮が響き、地面が揺れた。

「始まったのか・・」

 私も戦闘に加わりたかったと思いながら、空を見上げた。その時、上空のかなり高い所で、ピカっと光った。

「何だ?」

 空に光の線が走り、少ししてバリバリバリバリッと轟音が響いた。そして、私は失神し、その場に倒れていた。


ピクピクピクピク・・。

「あ、あ、あ、あ・・・・」


 声が出ず、身体が動かない!

 突然落ちてきた雷撃に打たれ、私は倒れた。


 マズい!

 

 空から光る大きな物体ものが迫っていた。


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