第10話 宿命を燃やして 1
ざっく、ざっく、ざっく、ざっ、きゅっぎゅっ・・。
ブーツの靴底が、白く覆われた雪を踏む音だ。
剣聖スフィーティア・エリス・クライは、白く凍り付いた街の中を歩いていた。建物の多くは破壊され、住人や兵士の死体があちこちに散乱している。
ただ、違和感を感じるのは・・・、
そこが白い雪と凍てつく氷に覆われていることだろう。薄青い頭まで覆うローブに身を包んだスフィーティアの吐く息がすぐに白くなる。
ここは温暖な地で季節は、初夏なのだが・・。
ここは、ヴェストリ(西)大陸の内陸にある都市だったところだ。小さくはあるが城壁に囲まれ、兵もあり防衛体制を敷いていた。城門は閉じられていたが、城壁に大きな風穴が開き、そこから、侵入した者等の足跡が残っていた。その足跡は人よりはやや小さいものだ。身体の小さな種族の集団がここから入り、出て行ったことを物語っている。
スフィーティアは、この城壁の風穴を見てドラゴンによるものだと気づいていた。
では、この小さな足跡は?
街の家や塔、大きな建物の崩壊は、ドラゴンによるものだろう。都市の中心付近に行くほど、建物は原型をとどめておらず、瓦礫と化していた。人々の死体は、体を切断されたものが多く見られた。それも鋭い刃物のようなもので、骨までスーッと斬られたようなものだ。しかし、凍り付いているためか血の跡は少ない。死体は、不思議と男性のものばかりだ。見られる女性の死体は、年老いた女性のものばかりだ。
やがて、スフィーティアは、街の中心の広場付近までやってきた。そこも周囲の建物は破壊され、瓦礫が散乱していたが、一段と激しい戦闘があったのだろう。地表がえぐられていた。
「これは・・」
青碧眼の瞳が細くなる。地面に屈み、一直線に地面に入った深い線の痕をジッと見た。周りを見ると、周囲から同じような線が中心へと伸びていた。中心は一段と穴が大きくなっていた。そして中心には、大きな怪物の物のような手や、足と思われるものが転がっていた。
「アライン・・」
ある人の名をスフィーティアは呟く。
『指令303
剣聖スフィーティア・エリス・クライあて
都市国家ゲーマンに出現したサファイア・ドラゴンの討伐に向かった剣聖アライン・エル・アラメインが消息を絶った。至急現地に赴き
以上 』
スフィーティアは、この指令を受けた時微かに動揺した。アラインは、手練れの剣聖だ。並みのドラゴンであれば容易に負けるわけがない。しかも、この戦痕は、彼女が
スフィーティアは、立ち上がると、遠くに見える大きな館を見た。その辺りは被害が小さいのか、頑丈そうな建物は姿を残していた。何百メートルも先にあるが、彼女は、そこから人の気配を察知していた。スフィーティアは、その建物の方に凍り付いた道を歩き始める。
「アトスめ、私を待たせるとは・・」
思わず、愚痴が口をつく。
建物に近づくと、中から人の声が漏れてきた。入り口の近くまで行き様子を伺う。中には10人ほどの男達がいた。短剣や斧などで武装している。身なりからするとこの街の住人ではなく盗賊の一団なのだろう。
「大きな街だから、お宝でもあるかと思ったが、あまりめぼしいものはないな」
「あー!せっかくドラゴンとクソ小人どもがいなくなったっていうのによ」
「あの小人野郎、女をみんな連れて行きやがったぜ」
「少しは、置いて行きやがれってんだ」
「よせよせ。あいつらに関わると野郎は切り刻まれて殺されるだけだ」
「クソ!あー-、女を抱きてー-!」
「チっ!一番の成果は、やったらクソ重いこの剣とはな」
中心にいる男が重そうに両手で剣身の太い大きな赤い湾刀を持ち上げるのが見えた。
「おい、てめえ。何覗いてやがる」
スフィーティアは、後ろから押されて建物の中に入れられた。
「なんだ?てめえは?」
「こいつ、外から中を覗いてやがったんだ」
盗賊等がスフィーティアを取り囲む。
スフィーティアが、仕方ないという風に口を開いた。
「その剣を渡してもらおう。それは、私の友人のものだ」
「なんだ、てめえは?いきなり入って来て、剣をよこせだ?ふざけんじゃねえ!」
「顔を見せやがれ」
後ろにいた盗賊がスフィーティアのローブのフードを外した。長いシルクのように滑らかな金色の髪が広がり、辺りを輝かせた。神をも魅了するような美貌が露わになった。
「うひょーっ!これは、なんてこった」
「すっげー美人だぜ。こんなのが向こうから飛び込んでくるとはよ。ついてるぜ」
盗賊たちは狂喜する。そして、数人がスフィーティアに詰め寄り、後ろにいた盗賊が、後ろから抑え込む。
「なんの真似だ?痛い目に会いたくなければ放すことだ」
スフィーティアはあくまで冷静だ。
「おい、こいつすげえいい身体してるぞ」
後ろから抱きついた盗賊が胸の辺りを触っている。
「ひゅー-っ!」
「うわあ、我慢できねえ!
さらに、近くにいた数人が彼女に襲いかかろうとした瞬間だ。
「うぎゃっ!」
後ろからスフィーティアに抱きついていた男が、吹き飛ばされ、壁に激突し、床に落ちた。そして、襲いかかろうとした男たちも、倒され尻もちをついていた。何が起きたかわからずキョトンとしている。
「忠告はしたはずだ。これ位で済んでありがたいと思え」
スフィーティアは、ツカツカと歩き始め盗賊の親玉と思われる男の目の前まで来て、そこに置いてあった。大きな湾刀を手に取り、背にかけた。
「では、返してもらうぞ」
そして、その場から立ち去ろうとする。
「おい、ふざけるな!」
親玉が、腰の剣を抜き、スフィーティアに向けると、手下どもが一斉にスフィーティアを取り囲む。
「てめえは、これから俺たち楽しませるんだよ。うっへっへっへっへ」
「まだ懲りないのか?」
スフィーティアが呆れたように溜息をつく。
先ほど男が吹き飛ばされたことから、周囲の盗賊達は警戒しつつスフィーティアに近づく。
「それ、取り押さえろ!」
一斉に盗賊等がスフィーティアを取り押さえようと跳びかかった。
「うぎゃっ」
「痛てっ!」
盗賊等は、互いにぶつかり、悶絶する。
盗賊等に跳びかかられた瞬間、スフィーティアはその頭上を越え、入り口までジャンプしたのだ。そして、入り口を出ると、外にいた男の首筋を掴むと、建物に引き込んだ。
「あら、やっぱりばれてた?」
茶色の長髪、無精ひげで蒼い騎士風の装束に身を包んだ長身の男が罰悪そうにしている。アトス・ラ・フェールである。
「遅い!貴様が遅れるから余計な厄介ごとに巻き込まれたじゃないか」
スフィーティアの眉の端が吊り上がる。
「いや、俺には自ら飛び込んで行ったように見えたのだが」
アトスは、頬を掻いている。
「おい、てめえ。何者だ!その女は俺たちのもんだ。さっさと消えねえと、殺すぞ」
盗賊が息巻く。
「きゃっ!怖いー。助けて!」
そう乙女っぽい声をあげて、スフィーティアはアトスの後ろに隠れた。
「あの・・、今背筋に悪寒が走ったんだけど・・」
「ふふふ。そうか。せっかくお前がやる気を出せるようサービスしてあげたのだがな」
スフィーティアの眼が細くなる。
「いや、返ってなえたというか・・」
「もういい!さっさと片を付けてこい。私は先に行ってるからな」
そう言うと、スフィーティアはアトスの尻を蹴ると、建物から去って行った。
「うわっ!」
アトスは、スフィーティアに尻を蹴られ、盗賊等の前に、押し出された。
「あん?何だ、てめえ、邪魔しようってのか!」
「ふふ。仕方ない。一応任されたからな」
アトスが、笑みを浮かべると、剣を抜刀し一閃するや、声を発した盗賊の首が落ちた。
「あいつの邪魔はさせねえ。お前らは全員ここで死んでくれ」
スフィーティアは、盗賊の建物を後にし、元来た道を戻って行く。暫く建物の方から騒がしい物音や男等の絶叫が聞こえてきた。
戦痕が残る広場まで来ると、スフィーティアは、背中に差した赤い湾刀を抜き、眺める。
地面に残った外側から中心に吸い込まれるように伸びる放射線状の痕。さらに、切り裂かれたドラゴンの腕と脚・・・。
「これは、アラインの
相手は、サファイア・ドラゴン。炎属性武器を使うアラインにとっては、相性が良いと言える。しかも、彼女の
そこに、アトス・ラ・フェールが走ってやって来た。
「悪い、悪い、時間かかっちまった」
「血の匂い・・。アトス。お前、あいつらを殺したのか?」
スフィーティアが、アトスに冷たい目を向ける。
「仕方ないだろ。盗賊だ。話し合いが通じる相手じゃない」
ツカ、ツカ、ツカッ・・
スフィーティアは、アトスの胸倉を掴み、顔を近づけ冷たく言い放つ。
「アトス。二度は言わない。私は人殺しが嫌いだ!」
そして、胸倉から手を離し、静かに続ける。
「二度と無益な殺しはするな。
そう言い残すと、スフィーティアは、風穴の開いた城壁の方に歩いて行く。
「おい、俺にも言わせろ。お前達剣聖はその絶大な力故に、人への力の行使を禁じられているだろ。ここで生かしておけば、あいつらは、執拗にお前を狙ったはずだ。
スフィーティアは、立ち止まりアトスの方に横顔を向けて言った。
「その時はその時だ。私の考えが理解できないなら、お前とはここで終わりだ。ついて来なくていい」
スフィーティアは、再び歩き始め、アトスの視界から消えて行った。
アトスは唇を噛んだ。
「くそ!あんの野郎どこまで俺をこき使う気だよ。しかし・・・・」
暫らく葛藤した後に出た言葉は・・・。
「放っておけねえだろ。あんな危なっかしいやつ」
アトスは、吹っ切れたかのように走って、スフィーティアの後を追った。
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