第8話 平和の代償 3

 マイは、檻車を率いていた兵等によって秘かに族長サトウの家に運ばれた。

「おお、無事で良かった・・・」

 布団の中で安らかに眠っているマイを見て、サトウの細い目から光るものが滲みでる。


「ううう・・」

 暫らくするとマイが意識を取り戻した。そして、目を見開くと、サトウの姿が目に入った。

「ぞ、族長さま・・?」

 マイは、ハッとして布団から起き上がった。

「ううっ!」

 頭がズキンと痛んだ。

「寝ていなさい」

 サトウが優しく言い、マイを寝かせる。

「私、どうして族長様のところにいるのですか?」

 すると、サトウの細い眼から涙が頬を伝う。

「すまなかった、すまなかったのう・・」

 マイの手を取り謝罪すると、サトウの声がかすむ。

「族長様、ど、どうしたのですか?」

 マイが慌てて、起き上がる。


「すまぬ。大丈夫じゃよ。ちょっと感じ入ってしまっただけだ」

「そうですか・・」


「マイ。わしは、お前に謝らなければならん」

 サトウは落ち着くと再び口を開いた。

「族長様、何をおっしゃっているのですか?私に謝るなどと」

「いや言わせておくれ。お前を土地神様の元へ送るため、お前の心を操ったのはわしじゃ。じゃが、わしはお前を土地神様のにえにすることはできなかった。だから、ある者に依頼したのじゃ。お前の身代わりに土地神様の元へ行ってくれと。そして、その者は、応じてくれた・・・」

「言っていることがわかりません」

 ここで、マイがサトウの言葉を遮った。

「私、檻車で土地神様の元に運ばれる時、自分が自分じゃないようでした。私、死にたいとか何言ってるんだろうと思って、涙が出たんです。でも、私が犠牲になってカガの人たちが助かるなら、それでもいいと思ったんです。だから、族長様を恨んだりしてません。そして、私の代わりになってくれた人。とても奇麗でとても温かい人でした。あ!あの人は無事なのでしょうか?」

 サトウは、首を横に振る。

「土地神様の元へ行った者は、帰って来ない」

「そ、そんな。あの人は本当に私の代わりになって・・」

 ここで、マイはハッとして、サトウを見た。

「でも、どうして族長様はわざわざ私の身代わりを立てるようなことをしたのですか?」

「わしのエゴじゃ。わしは、どうしてもお前を死なせたくなかった」

 ここで族長は、マイの手を取った。

「マイよ。お前はわしの唯一の孫なのじゃ」

「え!」



 ズゴゴゴーン!


 ここで、山から地鳴りが沸き起こった。スフィーティアとアンバー・ドラゴンの戦いが始まったのだ。そして、地面が揺れる。時に大きな揺れを引き起こした。


 不安に駆られ、町の人々が、外に出て集まりだした。

「うわあ。山の方からだぞ。土地神様がお怒りになったんじゃ?」

「そんなことはない。ちゃんと今朝生贄を捧げたじゃないか」

「いや、そうでもないらしいぞ。生贄だったエダ村のマイが族長の家に入るのを見た者がいるってよ」

「何だって、そりゃ。じゃあ、これは、族長のせいになるんじゃないのか?」

「族長に聞いてみようぜ」

「そうだ、みんなで族長のところに行こう!」


 地鳴りと揺れが続く中、町の人々が、族長サトウの家に集まり出した。

「族長、出て来てください。この地震と地鳴りについて説明してください。町民みんなが不安に思っています」

 その町民の呼びかけに、族長サトウが家から出てきた。隣には、マイがいた。その間にも地鳴りは止まず、揺れも続く。

「族長、その娘はマイじゃないのか?」

「ああ、そうじゃ」

「族長、あんたまさか俺たちを裏切ったのか?この地鳴りや揺れは、あんたが娘っこを送らなかったせいか?」

 俄かに、町民がピリピリと騒ぎ出した。

「いいや。皆の者よ。わしの話をまずは聞いて欲しい。わしは、娘っ子を土地神様に送らなかったのではない。代わりを立てたのじゃ」

「何だって!何故そんなことを?」

「代わりって誰だ?」

 サトウは頷き、話を続ける。


「その者は、異国の年頃の娘じゃ」

「異国の娘だって?」

「じゃが、その娘は、普通の娘とは違う。竜を狩るという戦士じゃ。わしは、ある時土地神様が竜であることを知ったのじゃ。竜であれば、神ではない。これは、娘っ子を捧げると言うこの忌まわしき風習を終わらせる時ではないかとわしは思った。そこで、竜を狩る存在がいることを知り、わしはある組織に連絡した。そしてあの娘がやって来た。この地鳴りや揺れは、あの娘が土地神様と戦っているせいじゃ」


 ズスズズーンッ!

 依然地鳴りは続く。


「族長。しかしその娘が土地神様に負けたらどうなるんじゃ?」

「そうだ。土地神様が竜なら勝てっこないだろう」

「かもしれん」

「それは、無責任だろ」

 ここで、町民等は騒ぎ出した。

「どちらにしろ!」

 族長は、一際大きな声で、町民等の声を遮る。

「今回の件の責任を取り、わしは族長を降りるつもりじゃ。そして、あの娘が竜に敗れるようなことがあれば、わしが土地神様の元へ行き、自らが贄となり、怒りを鎮めてもらおうと思っておる」

「そんなんで、この怒りが鎮まるのか。マイも差し出せ!」

「そ、それはできん。このようなことはこれで終わりにせんといかんのじゃ」

 ここで、サトウはマイを見た。また、町民等はガヤガヤとし始めた。


 そして、後ろの方から声がした。

「それは、マイが族長の孫だからですか?」

 町民等が振り返ると、それは、エダ村の村長カイだった。

「何だって。マイが族長の孫?どういうことだ?」

「族長、あなたは、自らの身内可愛さにこの混乱を引き起こしたんですか?」

 さらに、カイは追い討ちをかける。

「ああ。そうじゃ」

 サトウは覚悟を決めたように静かに頷いた。

「ふざけるな!」

 町民等の怒りが、沸点にまで登り、サトウに詰め寄った。




 ここで、再び戦場に戻ろう。


 スフィーティアは、双剣ダガーを振るい、その土天井から落ちて来る槍を粉砕するが、次々と土槍は落ちてくる。堪らず、後方にバック転を繰り返し、土槍をかわしていくが、壁際まで追いつめられるてしまう。


 ガンガンガンガン・・・。


 スフィーティアは、光属性の盾を展開し、これを防いでいた。

「このままでは、埒が明かないぞ」


 ブスッ!


「くっ!」

 スフィーティアの表情が曇った。

 上に気を取られていたら、突然、下から土槍が盛り上がって来て、スフィーティアの左手を貫き、ダガーを落とした。

 スフィーティアも下からの攻撃に気づき、ダガーで砕こうとしたが、遅かったのだ。スフィーティアの左手から赤い血が滴り落ちる。


 その時だ。上空から陰が落ちて来たかと思うと、本物の槍が、スフィーティア目がけて突いて来た。


「ハッハッハー!死ねっ!剣聖!」

 スフィーティアの顔面目掛けて突かれたその槍を、スフィーティアは、顔前で右手のダガーを絡ませて留めた。

「貴様、ドラグナーか!」

 スフィーティアが呻く。


「よくここまでフソウにやられて生きていたものだ。褒めてやるぜ」

 ドラグナーのシュウ・ムラサメがニヤリと笑う。

「だが、俺とフソウの攻撃をいつまで防ぎきれるかな?」

 そう言うと、ドラグナーがスフィーティアに鋭い正面突きを五月雨式に繰り出した。

「喰らえ」

 スフィーティアは、しかしそれを次々とかわしていくが、地面からも土槍が突き出てきた。

「くッ!」

 右手のダガーでこれを砕いて防ぐが、さらに背後の壁から土棘が突き出てきた。

「なに!」

 ここも咄嗟の判断で、左上のブレスレットから光の盾が展開し、防いだ。



 その時だ。この洞窟の高台にある入り口の方から声がした。

「スフィーティア、無事か!」

 アトス・ラ・フェールである。

「遅いぞ!」 

「すまん。に絡まれてな」

「そいつなら、ここにもう来ているぞ」

「何!あ、ホントだ。シュウ、てめえ!」」

 ドラグナーのシュウを確認して、アトスが叫ぶ。


「アトス、早く剣をよこせ!」

「ああ、そうだった」

 アトスは、背中の剣聖剣をスフィーティアの方に投げた。


「させるかよ!フソウ、剣を奴に渡すな!」

 シュウが、叫ぶ。

 

 グウォーッツオ!


 アンバー・ドラゴンは、咆哮すると剣聖剣の進路に土壁が築かれた。


「我にしもべたるソード、カーリオンよ。力を宿し我のに来たれ!」

 スフィーティアの発した竜波により、剣聖剣カーリオンは、灰色だった剣身が青白く輝き、速度を増し、アンバー・ドラゴンが築いた土壁に深く刺さった。土壁に剣が刺さったところから土壁が凍り付いて行き、壁にひびが走っていく。土壁が崩壊すると、カーリオンはスフィーティアの手に辿り着いた。


 スフィーティアは、カーリオンは軽く振って感覚を確かめる。

「さあ、ここからが本番だ」

 スフィーティアは、剣先をシュウとドラゴンに向けた。

「チッ!」

 一飛びして、アンバー・ドラゴンの肩に乗ったドラグナー・シュウの舌打ちだ。

「まあ、いいさ。来い、剣聖!」

 そう、シュウが叫ぶと、スフィーティアへと攻撃をしかけた。


「おっと、シュウ。てめえの相手は俺だよ」


 ガキッ!


 アトスが、スフィーティアの前に出て来て槍の攻撃を剣でカットした。

「さあ、さっきの続きをやろうぜ!スフィーティア、お前はドラゴンを頼む!」

 アトスがニヤリとする。

「わかった」

 スフィーティアは、大きくジャンプをし、シュウの上を越える。

「行かせるか!ドラグーン・シュラスト!」

 シュウは、上空に向かって、槍攻撃を繰り出すと、幾つもの槍がスフィーティアに襲い掛かる。

「させねえよ」

 アトスの肩の辺りから透けた大きな腕が飛び出し、その透明な大きな掌で槍攻撃を防いだ。

「アトス・ラ・フェール。貴様ーッ!」

 ドラグナー・シュウが、邪魔されて怒気を発した。


「行け!スフィーティア!」

 アトスの出した透けた掌を踏み台にして、スフィーティアは、さらに大きくジャンプして、アンバー・ドラゴンの傍にたどり着く。アンバー・ドラゴンは接近戦に弱い。逃げようと、土中に潜ろうとしていた。アンバー・ドラゴンの下の土が、ドロのように変化し、ドラゴンの重みですぐに沈んでいく。


「逃がすか!」

 身体の半分が沈んだ時だ。スフィーティアがドラゴンに取り付き、剣聖剣カーリオンをドラゴンの肩の辺りに突き刺した。

 すると、氷属性の冷気が一瞬で広がりドラゴンだけでなく、ドロ沼となった地面も一瞬で凍結させた。アンバー・ドラゴンの動きは止まる。


「何だと!」

 シュウは、叫ぶとアンバー・ドラゴンに近づこうと動く。

「行かせねえよ」

 アトスが、シュウの前に立ちはだかる。

「貴様、邪魔をするな!」

 そう言うと、シュウは、槍を叩きつける。


 ガキッ!


 アトスは、剣で受け睨み合いとなる。

「スフィーティア、早く止めをさせ!」

 アトスが叫ぶ。


「ああ、言われなくてもわかっている」

 スフィーティアはドラゴンの上から飛び降り着地する。ドラゴンの胸、ちょうど心臓のあたりに手を当てた。肩に刺さった剣聖剣カーリオンに右手を向けると、カーリオンがスフィーティアの右手に納まる。


 そして・・。スフィーティアは、剣を構えた。


「よせ!やめろーーーーッ!」

 シュウが絶叫した。


 カーリオンが肩から抜けたため、凍結を解け、茶色のアンバー・ドラゴンが動き出した。

「グウォーッ!」

 スフィーティアを上から睨みつけ、喰いついてこようとした。


 グサッ!


 スフィーティアがカーリオンをアンバー・ドラゴンの心臓に突き刺し、抉る。


 ズブズブズブズブーーーッ!


 ズドドド-ン!


 アンバー・ドラゴンは横に倒れた。目から生気が失せていく。

 そして、スフィーティアは、心臓を抉って茶色く鈍く光る心臓の欠片を取り出した。


「うわー-っ!」

 シュウが、アトスの隙を突きその上を飛び越え、大きく跳躍した。

「あっ、てめえ!」


 そして、一気にスフィーティアの真上にまで達する。

「剣聖、フソウの仇だ。死ね!」

 真上から、いくつもの槍がスフィーティアに降り注ぐ。しかし、スフィーティアは、無防備に見上げていた。

 そのうちの一本がスフィーティアの頬を掠め、胸元からシャツと下着を切り裂いた。スフィーティアの左頬から血がツーッと浮かび上がり、乳白色の豊かな胸が服の裂け間から露わになる。

 さらに、ドラグナーは上空から槍を、振り下ろし着地する。しかし、今度は、スフィーティアはこれを左手の光盾で弾いた。


 着地すると、シュウは、鋭い槍による突きをスフィーティアに向けて幾つも繰り出す。スフィーティアは、それを右に左にと微妙な距離でかわしていく。

「貴様、何故反撃しない!」

「・・・」

 スフィーティアは、黙ったままだ。

「くそ!」

 そして、シュウは渾身の一撃を放った。しかし、スフィーティアは、その槍を左わきの下に挟み受け止めた。

 シュウが、力を込め槍を引き抜こうとするが、引き抜けない。

「うぬっ」

 

 スフィーティアが槍を引っ張りシュウを引き寄せる。シュウの胸倉を掴むと、地面に背中から叩き落とした。


「ぐわっ!」


 ガラガラガラーン


 シュウの落とした槍が、地面を転がる。

「人々を殺めるドラゴンを狩る。それが私の仕事だ。こいつは何人もの少女の命を奪った。だから、私が殺した」

「うぬっ」

 胸倉を抑えられ、シュウは苦しそうだ。

「いいか、覚えておけ!お前らのドラゴンを殺されたくなかったら、もう人に危害を加えさせるな!」

 そう言い終わると、スフィーティアは、シュウから手を離し、立ち上がり、背を向けた。

 

 スフィーティアは、後ろを気にする風もなくその場を離れていく。しかし、ドラグナーは、スフィーティアを睨んでいる。アトス・ラ・フェールがシュウから目を離さず近寄って来た。

「何だ?」 

「おい、あいつをどうする気だ?」

「どうもしない。私の仕事は竜を狩ることだからな」

「いいのか?放っておくとまたお前を襲ってくるかもしれないぞ」

「構わない。その時は、また相手をしてやるさ」

 そう言うと、スフィーティアは、後ろを振り返る。ドラグナーのシュウは、槍を取り、隙を突こうとしている風だった。


「いいか。俺は諦めねえ。今度はお前の首を取ってやるからな。覚えておけ!」

 そう言い残すと、ドラグナー・シュウは、洞窟の奥に消えて行った。

「だそうだ」

 スフィーティアが、アトスの方を向き、胸を張り、微笑する。


「あのな、それよりも、お前。さっきから見えてるんだよ。チラチラと」

 アトスが、顔を背ける。

「ああ?乳のことか?こんなことを気にしてたら戦えんからな」

 そう言うと、スフィーティアは、シャツの胸の裂け目を広げて見せた。

「おい、見せるんじゃねえよ」

 アトスは、顔を手で覆う。

「何だ、アトス。お前、年の割には意外とウブなのか?」

「馬鹿野郎!恥じらいを持てって言ってるんだよ」

 そう言うと、アトスは、自分の古びた薄青色のコートを脱ぎ、スフィーティアの肩にかけた。

「何だ?そんなに気になるのか?」

 スフィーティアが上目遣いでアトスの顔を見た。

「あ、当たり前だ」

 アトスは、頭をポリポリと掻く。

「フフフっ・・。ここは礼を言っておこう」

 スフィーティアは、珍しく微笑以上の笑みを見せた。それはいつもの完璧な美しさが解れたものだった。とげとげしさがないあどけなさが見られた。

「お前、そう言う風に笑った方が、可愛くていいぞ」

 アトスが繁々とスフィーティアの顔を見る。

「なっ!」


 スフィーティアは、急に表情を変え、アトスの足を引っかけて転ばせた。

「痛てっ!」

「お前のそう言うところが気に入らん。私は先に行くからな」

 スフィーティアは、すたすたとどんどん歩いて行った。


 体勢を起すと、アトスはスフィーティア見送った。

「ああ、先に行っててくれよ」

 アトスが起き上がり、シュウが消えた洞窟の奥に目をやる。

「俺にはやり残したことがあるからな」

 アトスは、立ち上がるとスフィーティアとは反対の洞窟の奥を目指し、走って行った。


                                 (つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る