第7話 平和の代償 2

 翌朝、マイが兵士に伴われ、檻車に乗せられていた。その顔は蒼白で眼は虚ろだ。とても、数日前までの活発な少女の面影は見いだせない。そしてブツブツとしきりに独り言を言っていた。


「死にたい、もう死にたい。生きていたくない。早く死にたい、死なせて・・・」

 これが、サトウの術のせいだと知る者は、ほとんどなく、カガの町の聴衆は見慣れた光景のようで驚くこともなく静かに檻車を見送っていた。


 檻車が土地神の社のある山中に入り、人気が無くなると、マイを載せた檻車は草むらに入った。

 そこに、3人の人影があった。そのうちの一人は長い黒髪の背の高い着物を着た美しい女だ。

「さあ、変わろうぜ」

 牛に曳かれた檻車が止まり、檻車を率いてきた兵が、檻からマイを降ろした。

「私、死ぬんだ。ハハハハハ。死ぬ!死ぬの!ああ、死にたく・・」

 その時、マイの眼から涙が滲み出てきた。彼女の潜在された意識が抵抗しているのかもしれない。


 黒髪のスフィーティア・エリス・クライが、マイに近寄ると、フラフラしているマイを前から抱き止めた。

「君は死なないよ。後は私に任せておくれ」

 スフィーティアが、そう耳元に囁くと、マイは、ハッとした表情でスフィーティアの顔を見上げた。マイの意識は朦朧としていたが、スフィーティアの吸い込まれるような黒い瞳を見ていると、安堵の表情に変わり彼女の腕の中で意識を失った。


「この子を人目のつかないようにサトウ族長の元に連れて行ってくれ」

 スフィーティアが、マイを載せてきた檻車の兵士にマイを渡す。

「承知つかまつった」

 兵等は、藪の中を進み、山を下りて行った。


「さあ、行ってくれ」

 スフィーティアが、檻車に乗り込むと、スフィーティアと共に現れた男等にそう告ると籠は山道に出て、山道を上って行った。



 その頃、アトス・ラ・フェールは交戦していた。


(ち、いったいつからこうしてるんだ。やばいぞ、もうスフィーティアが、着いちまう。こいつを渡さないといけないのに!)

 背中のスフィーティアの剣聖剣カーリオンを意識する。


 アトスの前には、竜伴奏者ドラグナーと呼ばれる竜使いが槍を構えていた。もう一刻(2時間)は、場所を移しながら剣と槍を交えていた。

「いい加減、しつこいッつーの!」

 アトスが切れて、翡翠色の鎧に身を固めたドラグナーに上段からの一撃を入れる。

 それを、ドラグナーが槍で受けると、突きをお見舞いした。

 アトスは、盾でその攻撃を受けた。

「貴様こそ、我らの土地に無断で入り、何をしているか吐いてもらうぞ」

「こっちもあんたに聞きたいんだよ。あんたドラグナーだろ。ドラゴンとつるんで集落の娘らを差し出させているのは何のためだ?本当に竜の餌にしてるのかよ?」

「お前には関係ないことだ」

「そうかい!」

 アトスが鋭い剣撃を入れると、ドラグナーは、飛びのいてかわした。

「ところでさ、あんたをここで殺したら、ドラゴンはどうなるんだ?」

「笑わせる。お前が私を倒すだと」

「まあ、必要ならな。今のところそこまで考えてないから安心してくれ」

「本当に減らず口の減らないやつめ!次で決めてやる」

 そう言うと、ドラグナーは、槍を両手で下段に構えた。


「喰らえ!ドラグーン・シュラスト!」

 何本もの槍の突きが、アトスを襲う。

「こ、これは!ちッ!」

 避け切れないと思ったアトスも技を繰り出した。透けた大きな腕が、アトスの肩の辺りから飛び出すと、ドラグナーの放った何本もの槍の突きその透けた大きな掌で全て防いだ。


「貴様!その技、教会の聖魔騎士か?」

「元な。今は只の、雇われ騎士さ」

「減らず口は、満更嘘ではなそうだ」


 ドラグナーの表情が緊張に変わり、槍を斜に構えた。これに、アトスも剣を両手で下段に構えて迎え撃つ姿勢だ。


 睨み合う二人・・・。


 グルルルル・・・。

 突然地響きのように、低い呻き声が山の中から聞こえてきた。 

「どうやら、時間切れのようだ」

 槍の構えを解くと、ドラグナーは、大きく正面を向いたまま後方に大きく飛びのいた。

「聖魔騎士、名前を聞いておこう」

「元な。俺は、アトス・ラ・フェールだ。で、あんたは?」

竜伴奏者ドラグナーのシュウ・ムラサメだ。ではな」.

 シュウと名乗ったドラグナーは森の奥の方に消えて行った。


「おい、待ちやがれ!」

 アトスは、ドラグナーを追おうとしたが、止めた。

「やべえ、こっちも急がないと。スフィーティアが危ないぞ!」

 そう言って、背中の剣聖剣カーリオンに目を遣る。そして、アトスも森の奥の方に向かって走った。



 その頃スフィーティアは、生贄の者が置かれる広い洞窟の中に連れて来られていた。無言で男たちが、生贄を捧げるための作業を始める。地面に書かれた円陣の中心に籠を置き、スフィーティアはそこに入れられた。作業が終わると檻車を率いてきた男等は、静かに檻車を率いてその場を後にする。スフィーティアは、一人円陣の中心に置かれた籠の中に取り残された。地面の円陣は複雑な模様で直径7~8メートルはあろう。何かの儀式に使われるのだろうか?


「やはり、ここか・・」

 スフィーティアには円陣の溝に微かに残る血の跡が見て取れた。


 そして、籠の中に置かれて、もう小半時(30分)が経過していた。

 外に出るのは、得策ではない。

 姿を晒して少女とは思えないほど大きな体格で剣聖と感づかれたら、アンバー・ドラゴンは現れないかもしれない。と言っても、スフィーティア自身もまだ18歳だ。少女と言っても通らない歳ではない。しかし、ドラゴンが近くに来るまでは狭い籠の中でジッとしているしかなかった。


 しかし、息を潜めて籠の中にいると、ついに地響きの如き唸り声が近づいて来た。

「グルルルル・・・」


 普通の人間であれば、この竜の呻き声に委縮してしまい、動けなくなる。ズーン、ズーンという大きな足音が徐々に大きくなり、すぐ傍で止まった。


 バキバキバキバキーッ!


 近づいて来た竜が、籠を引っ掴み、握りつぶした。その刹那、竜の目の前に、黒い着物に身を包んだ美しい女性が姿を現した。


「見つけたぞ。やはり貴様か。アンバー・ドラゴン」


 スフィーティアの目の前には、首の長い恐竜のような土色のドラゴンが立っていた。アンバー・ドラゴン。他のドラゴンと異なり、翼があまり大きくなく背中に折りたたまれているのが特徴だ。土中に大きな穴を作り生息して、普段飛ぶ必要が無いため、このようになったようだ。飛ぶことはあまり得意ではない。首と尻尾が他の竜よりも長めであることも特徴と言える。


「グルルルル・・・・」


 アンバー・ドラゴンの攻撃だ。アンバー・ドラゴンの目の前の土が次々と棘上に盛り上がって行き、スフィーティアに襲い掛かる。スフィーティアは横に飛びこれを間一髪でかわし、ドラゴンに近づこうとする。しかし、またも目の前で土の棘が盛り上がり、スフィーティアの足を止めた。右に避けようと動くと、土が盛り上がり棘が飛び出す。左に避けようとすると、やはり、同じように土が盛り上がり棘が飛び出した。


 そして、スフィーティアは土の棘の壁に閉じ込められた。


「ふう。この格好では動きにくくて敵わんな」

「カリッ」

 スフィーティアは、左奥歯の辺りに仕込んでおいた竜力を解放する薬を噛み、飲み込む。

 抑え込んでいたスフィーティアの竜力が解放されると、左腕のブレスレットが反応し、青白く光った。

 黒髪だったスフィーティアの髪が金色へと、黒目も青碧眼へと変わっていく。

「ふう、この服も動きづらい」

 帯を解き、着物を脱ぎ棄てる。脱ぎ捨てた着物が、スフィーティアに重なる瞬間にブレスレットが眩い光を放った。すると、スフィーティアの服装はいつもの白いロングコートのコスチュームへと変わっていた。

「ふむ。やはり、こうでなくては」

 スフィーティアの竜力は、戻った。軽くジャンプをすると、棘の土壁から飛び出した。

 アンバー・ドラゴンを確認すると、土棘を足場にして、大きくジャンプし、一気にドラゴンとの間合いを詰める。しかし、今度は、土の槍が地面からいくつもスフィーティアに襲いかかって行く。

「チっ!」

 舌打ちとともに、左腕から光の盾を展開して、それをブロックし、着地した。


 アンバー・ドラゴンに中々近づけない。剣聖剣があれば、こんな土槍の攻撃など薙ぎ払えるのだが。

 

 今使える武器は・・・。


「よし!」


 スフィーティアは決心すると、真っすぐドラゴンに向けて走り出す。しかし、近づけまいと、アンバー・ドラゴンは、土槍を地面から幾重にも繰り出し、スフィーティアに襲いかかる。しかし、今度は、スフィーティアは避けない。スフィーティアの両大腿辺りから、薄青色の短剣ダガー2振りを取り出し、それを両の手に持ち素早く振るうと、土槍は、粉々に砕け散った。

 そして、一気にアンバー・ドラゴンまで近づき、あと少しで攻撃が届きそうなところまで来たときだった。突然分厚い土の壁が地面から盛り上がり、スフィーティアの道を塞ぐ。


 ガキッ!


 スフィーティアの双剣ツインダガーによる攻撃は、今度は分厚い土壁に弾かれた。しかし、スフィーティアは動じず、土壁を足蹴にし、宙返りして着地する。


 しかし、息つく暇なく、アンバー・ドラゴンの土属性攻撃は続く。スフィーティアの後の土も高く盛り上がって壁となりスフィーティアは隙間に閉じ込められた。

「ほう」

 スフィーティアは、後ろを横目で見る。


 しかし・・。


 ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン!


 すると、天井から、土の槍が次々とスフィーティアの頭上に落ちてきた。


「何ッ!」


                                (つづく)

 

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