人のため

星ぶどう

第1話

 「ついに出来たぞ。俺の相方。」

 俺は研究者だ。と同時に売れない芸人でもある。

 俺は昔から頭がよかった。将来はこの頭を使って人のためになる仕事に就こうと思っていた。だから研究所に入り世の中を便利にするため熱心に研究を行っていた。だが現実は違っていた。画期的な物を発明してもその時は喜ばれたが、1ヶ月も経つとまたすぐに新しい物を作れと世間から頼まれる。いくら作ってもキリがない。しかも何かしらのトラブルが発生する度に非難され、感謝していた人ですらも手のひらを返して俺を責めた。人の喜びよりも非難の方が大きい。先輩からも毎日のように怒られ、次第に俺は自分の目標を見失い、生きる意味もわからなくなってしまった。

 そんなある日俺を救ってくれた人がいた。それはお笑い芸人だった。その日、たまたまテレビをつけたらネタ番組をやっていたので見てみた。みんなどれも面白く1時間笑いが止まらなかった。番組が終わると俺は全ての悩みを忘れていた。その日俺は誓ったのである。お笑い芸人になろうと。お笑い芸人はきっとどんな人でも喜ばせることができる、素晴らしい職業に違いない。少なくともここにいる生きる意味さえ失っていた一人の男をここまで元気にしたのだから。

 早速俺は研究者を辞め、お笑いの養成所に入った。そこで俺はすごく馬が合う相方を見つけた。俺たちのコンビ名はグラノーラ。少しずつ舞台にも立たせてもらえるようになり、細々と活動をしていた。

 しかしある日、舞台で俺の相方がネタを飛ばしたせいで大滑りしたことがあった。俺は相方を責めた。お前のせいでうけなかったと。すると相方は答えた。ならアドリブでフォローしてくれれば良かったのではないかと。それをきっかけに喧嘩をし、俺たちはコンビを解散した。

 その後、俺はしばらくピンでやっていたがあまり受けなかった。やはり俺はコンビが向いていると思った。だが人間はダメだ。またネタを飛ばされたら困る。しかもありきたりなことをしていたら注目はされない。しばらく考えた末、俺はロボットを相方にすることにした。ロボットならばネタを飛ばさずしっかり漫才ができる。

 俺は研究所に戻り、頭を下げて再び研究者として働くことになった。そこで俺は漫才ができるロボットを開発したのだ。

 「さて、早速試してみるか。レーズン起動。」

 レーズンとはロボットの名前だ。

 ウィーン…。

 「はいどーも!スターグレープです!よろしくお願いしまーす!」

 ウィーン…。「ヨロシクオネガイシマス。」

 「おーレーズン、思ったよりよく喋るなあ。よしレーズン、突然だけどクイズです!音楽の都と呼ばれるオーストリアの都市はー?」

 ウィーン…。

 「いや動いた音で答えるんかい!喋れるんだったら口で答えろや!…」

 こういった感じでネタを飛ばすことなく無事漫才が終了した。

 「完璧だったな、レーズン。我ながら素晴らしい出来栄えだ。プログラミングもバッチリだし。やはり最後に頼れるのは技術と俺の頭だな、はっはっは!」

 こうして俺は研究所をやめ、また芸人生活が始まった。

 そこから俺はあるバラエティ番組に出て、ロボットとの漫才は珍しいということで注目され始めて一気に人気者になった。

 ある日俺は相方のレーズンと一緒に楽屋にいた。今日は年末にやるネタ番組の特番の収録がある。暇なのでネタ合わせでもしようとした時、誰かがドアをノックした。ドアを開けるとそこにはグラノーラ時代のかつての相方がいた。彼は今ピンで活動しているらしい。

 「久しぶりだな。おーあれがレーズンか。生レーズン初めて見たわ。あ、レーズンって本来干しているものなのに生って何か矛盾してるな。ははっ。」

 「今更何しにきた?そもそも何でお前がここにいるんだよ。お前この番組出れるほど売れてないだろ。」

 「オーディションで受かってな。1分ネタ回転寿司のコーナーでちょっとだけ出る。初めてテレビ出るんだ。」

 「あそ。で、何の用?俺たち今からネタ合わせをしようと思ってたんだけど。」

 俺は少々キレ気味で言った。

 「あのさ、もう一度俺とコンビやらないか?あの時ミスしたのは俺だ。全部俺の責任だった。なのに俺は変な意地はっちゃって。だからあの時はごめん。で、1人になって分かったんだ。やっぱり俺はピンよりもコンビの方が向いているって。」

 「あっそ。でもね世間はグラノーラじゃなくてスターグレープを求めているんだよ。実際レーズンは一度もネタ中にミスをしたことがない。お前と違ってね。レーズンは俺の指示に完璧に従う。だからお前とよりも完璧な漫才ができる。」

 「でも、それでもいつか必ずミスをする。それに時期飽きられる。漫才ってさ、その場の雰囲気やハプニングですらもネタの一部にしてその一瞬でしか出来ない物をやるからいいんじゃないの?何でも完璧だったら全部同じでつまらないよ。しかも感情のないロボットとやって楽しい?」

 「うるせえな!文句あるんなら出てけ!」

 俺はついにキレてしまい、元相方を追い出し勢いよくドアを閉めた。その時だった。俺があまりにも素早くドアを閉めたせいで元相方が指を挟んでしまったのだ。

 「いっったあああ!!」

 尋常じゃ無い程の元相方の叫び声が廊下に響いた。番組スタッフが急いできて救急車を呼んだ。そのまま元相方は救急車に乗せられ病院に運ばれていった。とても痛そうな顔をしていた。

 怪我で元相方は降板することになった。俺のせいだ。あいつは初めてのテレビだったのに俺はあいつから夢を一つ奪ってしまった。最低だ。俺はひどく動揺していた。だがあまり収録本番までは時間がなかった。人を笑わせる仕事の人がこんな暗い顔ではいけない。あいつの分まで俺がお客さんを目一杯笑わせてやる。そう気を取り直して俺たちスターグレープは収録に臨んだ。

 しかし、そこでハプニングが起こった。俺がネタ中にネタを飛ばしてしまったのである。さっきのショックがまだ残っていたのだろう。俺がネタを飛ばしてもレーズンは俺のプログラミング通りに動く。なので俺が話す内容とレーズンが話す内容がぐちゃぐちゃになってしまい、観客の笑いも取れず結果大失敗に終わってしまった。もう一度収録させて欲しいと頼んだ。だがもう一度ネタをするためにはレーズンにもう一度ネタの内容をインストールする必要があり、その時間がかかりすぎて収録終了時間に間に合わないため断られた。さらにスターグレープのネタがあまりに酷すぎたため、カットされることになってしまった。あの時、もし相方がレーズンじゃなくてあいつだったらアドリブで何とかしてくれただろうか。グラノーラであいつがネタを飛ばした時もこんな惨めな気持ちだったのだろうか。そんな時に相方がそれを支えてくれたらどんなにありがたかったのだろうか。

 俺は今になって初めて元相方の気持ちがわかった。もっとあいつを信じてやればよかった。

 その日以来、あまりテレビの仕事が来なくなった。当然だ。もしまたトラブルが起きればまたみんなに迷惑がかかる。また、俺は以前起こったトラブルが全部レーズンのせいにされたのが元研究者として気に食わなかった。レーズンは何もミスをしていない。悪いのは全部俺の方だ。研究者としての俺は完璧だったはずなのに世間は未熟な芸人としての俺を信じ、研究者としての俺を疑う。こんな矛盾な現実に耐えられなくなりとうとう舞台にも俺は立たなくなった。そうして次第にスターグレープは消えていった。

 その後、俺は芸人を辞めた。また研究所に戻り研究者として働いている。

 そんなある日、元相方から久々に手紙が届いた。まだ入院中らしい。そういや一度もお見舞いに行っていなかった。手紙の内容によると元相方は聞き手の指を複雑骨折をしたらしい。うまく指を動かせないらしく、一生完全には治らないらしい。元相方はピンでフリップ芸をやっているらしいが、聞き手が使えないと絵が描けない。俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。これでお見舞いに行って謝ってもきっと許してくれないだろう。せめてもの償いの気持ちで俺は痛みを感じにくくさせつつ、指を綺麗に動かすための手袋を作った。

 元相方のお見舞いに行き俺は今までのことを全て謝ると同時に、手袋を渡した。元相方はとても喜んでくれた。こんな自分が作った物でも人がこんなに喜んでくれるのは初めてだったあ。やはり研究者としての俺はまだ信じていいのかもしれない。そう思った。

 「これありがとう。でもね、やっぱり俺お前とコンビでやりたいんだ。レーズンと比べたら完璧な漫才はできないかもしれない。お前のせいで俺の指はもう完全には治らない…。でも俺はお前との漫才が楽しかった。お前との嫌な記憶より漫才の楽しい記憶の方が上だ。お前はお客さんだけでなく俺も笑顔にしてた。だからあまり自分を責めるな。もう一度一緒にやろう。俺は今でも芸人としてのお前を信じている。」

 元相方の目は真剣だった。俺は少し考えてから言った。

 「ありがとう、こんな俺を信じてくれて。でも俺はお前を信じることができなかった。相方を信じきれない奴が芸人をやる資格はないと思っている。俺、研究者を続けるよ。今ようやく思い出した。俺は人の役に立つ仕事に就きたかった。研究職も人の役に立つ、人を笑顔にする仕事に違いなかったんだ。少なくとも今目の前に笑顔にした人は1人いる。だから俺は芸人には戻らない。」

 元相方も俺の熱弁に納得したように大きく頷いた。

 あれから3ヶ月が経った。俺はまた先輩に怒られ、俯いたまま家に帰った。研究者も楽じゃない。こんな日はテレビを見よう。テレビをつけるとちょうどネタ番組をやっていた。右手に銀の手袋をはめた奴がフリップ芸をしていた。ははっ、やはりお笑いは面白い。

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