第597話 意外な申し出

「チャンスが欲しい、ってどういう意味ですか?」

 今までの僕の人生において、チャンスというものは貰うものであり、人に与えるものではなかった。


「我がチームにはいわゆる中堅選手が少なくなっています。

 レギュラー級で20歳代の選手は、高橋選手と谷口選手、そして湯川選手くらいしかいません。

 昨シーズンは固定メンバーが実力を発揮し、優勝することができましたが、今シーズンは高橋選手と谷口選手以外は軒並み数字を落としてしまいました。

 それが4位に沈んだ原因だと考えています。

 そして興行面でも高橋選手は今やチーム屈指の人気選手となりました」

「ワガチームニハ、アナタガゼッタイ、ヒツヨウデス」

 ジャックGMじゃなかった、新監督が口を挟んだ。

 

「このような事情から当チームは大型契約を提示する用意があります」

 大型契約?

 それはどういうことだろう。


「大型契約とはどういうことでしょうか?」

「簡単に言うと複数年契約です。

 具体的には検討中ですので、後日提示ということになりますが…」


「複数年とは何年くらいですか?」

「それもこれからの検討になりますが、少なくともフリーエージェントの資格を獲得するまでの年数を提示したいと考えています」

 

 フリーエージェント…。

 もし来年以降もレギュラーで出場し続けたとして、あと3年くらいか。

 複数年契約を結べば、少なくともその間はプロ野球選手としていられるということだ。

 そしてそれは一流選手にしか提示されないものだと思っていた。

 もしかしたら、僕も一流選手の仲間入りをしたのかな。


「仮に高橋選手がポスティングを希望したら、当チームは約束通り認めます。

 でもその一方で、大リーグにショートのポジションで挑戦することは至難の業であることもまた事実です」


 谷口も同じことを言っていた。

 大リーグでショートを張るには、肩の強さが重要だそうだ。

 球際の強さ、捕球の上手さということについては自信があるが、送球という点では日本球界でも普通である。


 そう考えると、自分の大リーグ挑戦は茨の道なのは想像できる。

 仮に挑戦しても、マイナー契約だということもわかっている。

 それでも僕は大リーグに挑戦してみたい。

 野球の本場でプレーしてみたい。

 それは野球人としての素直な欲求である。


 もちろんお金の心配はあるが、我が家はあまり贅沢しない生活が染み付いており、また結衣が冬眠前のリスのようにせっせと貯金してくれていた。

 だから今の生活水準なら、数年間は暮らせるだけの蓄えがある。


 「あとお伝えしたいことがもう一つあります。

 もし来季、チームに残る場合、外野手に挑戦してみませんか?」

「はあ?」

 これには驚いた。


 我ながら今季はバッティングだけでなく、守備も安定しており、もしかしてゴールデングラブ賞を穫れるかも、と期待しているくらいだ。

 その僕がなぜショートのポジションを譲らないといけないのだ。


「コレハワタシノアイデアデス」

 ジャックGMが口を開いた。

「モシ、アナタガメジャーヘチョウセンスル。

 ショート、スゴイセンシュ、イッパイイル。

 ダカラモシ、アナタガイヤマモレル。

 シュッジョウキカイフエル、カモシレナイ」


 なるほどそういうことか。

 確かに一理ある。

 だが昔、山城コーチが退団する時の遺言(まだ死んでいませんよ。念の為。作者より)で、もし外野コンバートの話があっても断われ、と言われた。

 

 それは中途半端に便利屋になるのではなく、ショートで覚悟を決めて勝負しろ、という意味と僕は受け取った。

 だがもし今の山城さんなら何と言うだろう。

 ちょっと聞いてみたい。

 

「今日はと当チームの意向をお伝えしただけですので、持ちかえってゆっくりと考えて頂ければと思います。

 何しろ昨シーズンと比べて、今季のシーズンオフは長いです。

 クライマックスシリーズも無いし」


 確かにそうだ。

 2月のキャンプインまで、約4ヶ月近くある。

 本当に自分がしたいことは何か、どうするのがベストか、ゆっくりと考えたい。

 

 「我々からのお話は以上です。

 高橋選手へのご提示内容がまとまったら、後日また来て頂きたいと思います」

「はい、わかりました」

 北野本部長とジャックGMもとい新監督が立ち上がり、僕も同時に席をた立った。

「では失礼します」

 頭を下げて、応接室を辞した。


 複数年契約に外野手挑戦か…。

 球団事務所を出て、北海道の秋空を見上げながら呟いた。

 秋の日はつるべ落としというが、北海道の秋は特にそれを感じる。

 10月上旬はまだ秋晴れの日も多いが、下旬になると早い年は札幌でも雪が降る。


 来年の春、僕は何しているだろう。

 そんな事を思いながら、愛車のぽるしぇ号のドアを開けた。

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