第593話 ヒーローインタビュー19

 試合は結局、札幌ホワイトベアーズが勝利し、大平監督は有終の美を飾った。


 中道選手は最終打席に塁に出て、盗塁を一つ決めたが、そこまで。

 結局、盗塁王は僕が59個で獲得し、2位の中道選手は57個だった。


 今日は京阪ジャガーズにとってもシーズン最終戦であり、セレモニーがある。

 だから試合は敗れたにも関わらず、多くの京阪ジャガーズファンが残っている。

 

「…、ということだから、わかったな」

「え、あ、はい」

 ベンチ裏に下がろうとしたら、広報の新川さんに声をかけられた。

 

 ボーっとしていたので、よく聞こえなかったが、何と言っていたのだろうか。

 僕は首をひねりながら、ベンチ裏に続く階段を降りかけた。

 

「おいおい、どこへ行くんだ」

「え?、ロッカールームですけど…」

「バカ。俺の話聞いていなかったのか?」

「え?、いや、聞いていましたけど、良く理解できなかったので、もう1回教えてもらえますか?」


 新川さんは大きくため息をついた。

「いいか、今日のヒーローインタビューはお前だ。

 ちゃんと考えて喋れよ、と言ったんだ」

「あー、そういうことですか。

 で、今日のヒーローインタビューは誰ですか?」


「やっぱり聞いていないじゃないか。

 お前の頭の両側についているものは飾りか?

 いらないなら引きちぎってやる」

 そう言うなり、新川さんに両耳を引っ張られた。

「い、痛い、な、何するんですか」

「ということだ。

 時間も無いから、早く行け」


 僕は耳をさすりながら、ベンチを出て小走りで女性アナウンサーの元へ向かった。

 本当に体育会系の人は乱暴なんだから。

 ちょっと話を聞き漏らしたくらいで、耳を引っ張ることないのに…。 


「さあ、本日のヒーローインタビューは、初回に先頭打者ホームランを放ち、8回には1イニング3盗塁を決めた、札幌ホワイトベアーズの高橋隆介選手です」


 ささやかな拍手に混じって、ブーイングが聞こえる。

 圧倒的に京阪ジャガーズファンの方が多い。

 こんな完全アウェーの中で、ヒーローインタビューを受けるなんて、珍しいのではないだろうか。

 

「まずは初回、ナイスホームランでした。

 あの場面、どんなことを考えていましたか?」

「はい、シングルヒットを打ちたいと思っていました」

「それがホームランになって、どう思いましたか?」

「うーん、ここはシングルヒットで良いのにな。

 打球が予想外に伸びすぎた、と思いました」

 ブーイングが大きくなった。

 何か変なことを言っただろうか?


「そ、そうですか。

 打ったのはどんな球でしたか?」

「多分、ツーシームだと思います。あまり良く覚えていませんが」

「打った瞬間は、行ったと思いましたか?」

「いえ、ライナーかと思いました。

 走りながら、抜けてくれと祈っていました」

 

「そして8回。1イニングに3つ盗塁を決めましたね。

 まずはセカンドスチール。

 どんな事を考えていましたか?」

「はい、是が非でも決めたいと思っていました。

 光村選手のサポートにも感謝しています。

 その前の打席でホームランを打って邪魔されたのですが、ここはしっかりと役割を果たしてくれました」 

 なぜか球場内から笑いが起きた。

 

「そしてその後のサードスチール。

 狙っていましたか?」

「はい、狙っていました」

「そしてまさかのホームスチール。あれはサインプレーですか?」

「はい、走れるなら走って良いというサインでした」

「そのサインを見たとき、どう思いましたか?」

「はい、大平監督の采配がブチ切れてる、と思いました」

 

「1人の選手が1イニングで3つ盗塁を決めることを何と言うか知っていますか?」

「えーと、ワンイニングスリースチールですかね」

「そのままですね。

 サイクルスチールというらしいですよ。

 サイクルヒットよりも達成が難しい記録ということです」

「あ、そうなんですか。

 それは嬉しいです」

 

「最終戦で盗塁王を決めましたが、その点についてどう思いますか?」

「はい、これだけ盗塁をできたのは、京阪ジャガーズの中道選手と、途中ケガをしてしまいましたが、岡山ハイパーズの高輪選手のおかげだと思っています。

 あのお二人と高いレベルで盗塁王争いができたことは、幸せでした」


 スタンドから拍手が上がった。

 最初は小さかったが、その拍手は段々と大きくなり、やがて球場内を拍手が包んだ。

 僕は帽子を取って、頭を下げた。

 

 そしてその時である。

 何とベンチから、中道選手が飛び出してきた。

 女性アナウンサーも驚いている。

 観客席が大きく沸いている。

 

 中道選手はグラウンドに出るやいなや、僕の手にあるマイクを取り上げた。

「どうも、ただいま紹介に預かった、中道です」

 球場内から、一段と大きな拍手が上がった。


「惜しくも盗塁王を取れませんでしたが、シーズン最終戦まで盗塁王争いをできたことは、僕にとっても誇りです」

 一際大きな拍手が球場内を包んだ。

 

「正直、盗塁王争いで負けたことは悔しいですが、高橋選手のサイクルスチールは見事でした。

 ブチ切れていないと、あんな事はできないと思います。

 そういう意味では、まだまだ僕は常識人なんだと思いました。

 来季は僕もブチ切れて、盗塁王獲得できるように頑張ります。

 高橋選手、おめでとう。

 そして緊張感のある、素晴らしい盗塁王争いをさせてくれて、ありがとう」

 

 僕と中道選手は固く握手した。

 中道選手とはそれほど面識があるわけでは無かったが、このように称えてもらってとても嬉しく思う。


「最後に高橋選手、そして中道選手、一言づつお願いします」

「はい、札幌ホワイトベアーズ、そして京阪ジャガーズファンの皆様、温かい声援、ありがとうございました。

 今日の事は一生の思い出になります」

「あー、やっぱり悔しい。

 来季は高橋選手以上にブチ切れて、ガンガン盗塁しますので応援よろしくお願いします」

 球場内の札幌ホワイトベアーズファン、そして京阪ジャガーズファンから、これまで以上の拍手が巻き起こった。


 最後に僕と中道選手が肩を組んで、記念撮影をした。

 そして中道選手と盗塁王争いができた事について、改めて誇らしく思った。

 

 

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