第590話 同学年選手の意外な活躍
さあここで盗塁しないで、いつやるんだ。
そういう場面である。
京阪ジャガーズバッテリーも、もちろん警戒している。
でもこういう場面で決めてこそ、球界屈指のスピードスター(自称:作者注)の面目躍如だ。
リーリーリー、ほれ、リーリーリー。
はい、牽制球。
塁に戻るっと。
それを4回繰り返した。
しつこいって。
ここは気持ちよく盗塁させてくれよ。
そんな事を思った。
こうなれば我慢比べだ。
何度牽制球を受けようと、悪いけど僕はリード幅を小さくすることはない。
ピッチャーが消耗するだけだ。
おっ、また来た。
牽制球を5回も投げるなんて、あまりないのだろうか?
何度牽制球が来ても、一緒である。
僕はリード幅を小さくはしないし、牽制アウトには絶対にならない。
集中力を切らさない。
これが大事。
そしてようやく初球を投げた。
投球はボール。
僕はスタートを切るフリだけをした。
そして2球目を投げるまでの間に、またしても牽制球が3球立て続けにきた。
ひっつこいね。
疲れちゃうよ。
僕は老婆心ながら、そう思った。
ようやく投じた2球目。
僕はスタートを切った。
そして投球はストレートがど真ん中へ行った。
光村選手がスイングにいくのが、横目に見えた。
空振りして、僕をアシストしてくれるのね。
ありがとう。
さすが同学年。
僕が盗塁王を獲得した暁には、激安の焼き肉食べ放題に連れて行ってやろう。
「カッキーン」
え?
僕は二塁ベースに到達し、あんぐりと打球の行方を見送った。
打球は大きな弧を描いて、センターの一番深いところに飛び込んでいた。
わー、ホームラン。
やったね、光村選手。
今シーズン、第3号か。
おめでとう。
でもね、今日の帰り、夜道には気をつけてね。
いや、深い意味はないけど、暗いと暴漢に襲われたり、何かに躓いて転ぶこともあるからさ。
僕はそんな事を考えながら、喜びに満ちた表情でホームインした光村選手を、ホームベース付近で爽やかな笑顔を浮かべて出迎えた。
光村選手はベンチに帰ってからも、嬉しそうに隣の谷口と話している。
良かったね。
同学年の活躍は嬉しくないわけでは無い。
でも僕が盗塁を成功してから、打ってくれるともっと良かったかな。
光村選手の様子をみる限り、僕の盗塁の事など全く頭に無いだろう。
まあチームプレーも大事だが、プロ野球選手は個人事業主。
光村選手のようにレギュラーとは言えない立場の選手は、来季に向けてアピールが必要だろう。
ここは寛大な心で見逃してやろう。
(何様ですか?
ていうか前話で「僕は記録のために野球をやっているわけじゃない。ファンの皆様に勝利を届けるためにやっているのだ」って言っていませんでしたっけ? 作者より)
6回裏、ライバルの中道選手からの打順である。
マウンド上は青村投手に替り、KLDSの一角の鬼頭投手が上がっている。
今シーズンも勝ち試合を中心に、50試合以上に登板し、防御率は1点台を記録している。
角張った顔に、細い目と太い眉。
今日も寅さん顔で相手打線に立ち向かう。
寅さん、じゃなかった鬼頭投手、頼みますよ。
ここは中道選手をぜーったいに抑えてくださいよ。
間違ってもフォアボールとかやめてくださいね。
僕の願いとは裏腹に、カウントはスリーボール、ノーストライクとなってしまった。
おい、コラ。
そして4球目。
ど真ん中にストレートを投げ込んだ。
一球見るのかと思いきや、何とヒッティングしてきた。
鋭いライナーがピッチャーの頭を越えて、センターに抜けて…いかなかった。
何とセカンドの光村選手が、横っ飛びでノーバウンドで捕球したのだ。
やるじゃん。
この回は京阪ジャガーズは、1番からの好打順たったが、三者凡退に抑え、僕らはベンチに戻った。
「ナイスプレー」
僕は光村選手に声をかけた。
「おう、お前の盗塁王争い、アシストできたかな。
何とか盗塁王、取ってくれよ」
何だ覚えていたのか。
まあ、今のプレーでさっきホームランで僕の盗塁を消したことは、帳消しにしてやろう。
(だから何様ですか。作者より)
そんなこんなで試合は8回表を迎えた。
この回は僕からの打順だ。
きっとこの打席が今シーズン、最後の打席。
そして札幌ホワイトベアーズのユニフォームを着て迎える、最後の打席になるだろう。
僕は一度屈伸し、気合を入れてバッターボックスに入った。
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