第584話 長いヒーローインタビュー
バーリン投手は山形さんに1分くらい何かを話している。
あんなに話して、山形さんは覚えられるのだろうか。
「えーと、かいつまんで言いますと、打者の皆さんが逆転してくれる事を信じて投げました」
これまたかなり端折ったな。
誰かバーリン投手が言ったことを、直訳してくれないだろうか。
「9回表、ツーアウト満塁の大ピンチでお隣にいる佐和山選手の超ファインプレーが出ましたが、ベンチではどのように見ていましたか?」
「ペラペラペラ……………」
だから長いよ…。
「はい、正直なところ、佐和山選手に打球が飛んだ瞬間、目をつぶりました。
でも球場内から、大歓声が上がったのを聞いて、佐和山選手がキャッチしたのがわかりました。
佐和山選手、ナイスプレー!!」
バーリン投手は隣りにいる佐和山選手の肩を叩いた。
佐和山選手は照れたように、頭をかいている。
「バーリン投手のお話にも出ましたので、佐和山選手にお話を伺います。
ナイスプレーでした」
「あ、あ、ありがとうございます。
む、む、む、ガム中でした」
ガム中?
ガム中毒の略か?
確かにバーリン投手はいつもガムを噛んでいるが…。
「ああ、無我夢中だったということですね。
中々あの場面で思い切ったプレーはできないと思いますが、どんな事を考えていましたか?」
あー、無我夢中と言いたかったのね。
アナウンサー、ナイスフォロー。
「は、はい、高橋隆介さんから、どうせ明日には2軍に落とされるんだから、プロ野球人生の最後だと思って、思い切りエラーして、皆の記憶に残れ、とアドバイス頂きましたので、思い切って飛び込みました」
いや、あの、その、僕はエラーしろとまでは言っていないですよ。
エラーを恐れるな、という意味で言っただけです。
ロッカールーム内での周囲からの冷たい視線に対して、僕は言い訳した。
あの野郎、勝手に人の名前を出しやがって…。
「エラーを恐れない積極性が、あの超ファインプレーにつながったったということですね」
「は、はい。
多分そうだと思います」
「再び、バーリン投手にお伺いします。
今シーズン、ここまで中々勝ち星に恵まれない試合が続いていたと思いますが、今日の試合は良いきっかけになるんじゃないですか?」
「ペラペラペラ、ペラペラペラ、ペラペラペラ…」
だーかーら、長いよー。
「えーと、バーリン投手から、ちゃんと訳せとクレームが入りましたので、そのまま訳します。
今シーズンはなかなか思うような投球ができず、フラストレーションが溜まっていたので、今日の試合は自分にとって忘れなれないゲームとなりました。
それというのも、矢作ピッチングコーチを初めとして、首脳陣の皆様が私の事を見捨てずに使ってくれたお陰でありますし、またファンの皆様の温かい声援が僕の力となっています。
そして信頼できる、素晴らしいチームメートが守ってくれているのも心強いですし、例え点を取られても逆転してくれると信じていました。
そんな方々に囲まれている僕はとても幸せものだと思います」
ファー、ついあくびしてしまった。
しかし通訳という仕事は、言葉を話せるだけでなく、記憶力がないと務まらない仕事なんだな。
なかなか大変な仕事だ。
「それでは最後に御三方に一言ずつ、お願いしたいと思います。
谷口選手から順番にお願いますす」
「はい、数字の上では厳しいですが、可能性が僅かでもある限りは優勝を諦めませんので、応援よろしくお願いします」
「ペラペラペラペラペラペラ…」
バーリン選手の言葉を山形通訳が訳した。
「これからもチームの勝利に貢献できるように頑張りますので、応援、よろしくお願いします」
おっ、短い。
やればできるじゃん。
「恐らく明日には2軍に落ちると思いますが、また這い上がってきますので、よろしくお願いします」
最後に佐和山選手が言った。
大きな拍手の中、3人は球場を一周し、僕はそれをロッカールームのモニターで見守っていた。
というのも、この後、佐和山選手に食事をご馳走しようと思っているのだ。
内野と外野の違いはあるが、佐和山選手はドラフト下位でプロ入りした、言わば同士だ。
ドラフト下位で入団すると、上位入団選手に比べて、与えられるチャンスは少ない。
佐和山選手は次にチャンスが与えられるかはわからないが、諦めずに頑張ってほしい。
ということで、僕は佐和山選手を誘って、焼き肉屋に来た。
ていうか、なぜ谷口と五香選手が
一緒についてくるのだ。
お前らはワリカンだからな…。
さあシーズンは終盤、まだまだタイトルを狙える位置にいるし、明日からまた頑張ろうっと。
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