第583話 今日のヒーローは?

 大歓声が上がった。

 どっちだ。

 捕ったか、落としたか?


 佐和山選手は倒れこみながら、腕を伸ばしグラブを見せた。

 捕ったのか?

 でもグラブに入る寸前、ショートバウンドしたようにも見える。

 

「アウト」

 一塁塁審は宣告した。

 すかさず川崎ライツベンチはリクエストをする。

 それはそうだろう。


 僕は佐和山投手の表情を見た。

 やや笑みを浮かべている。

 その笑みは捕ったことに自信があるのか、それとも一度地面についたのがバレたという照れ笑いか。

 捕球したかどうかは、きっと本人が一番良く分かつているだろう。

 しばらく時間を置いて、審判団がでてきた。

 

 結果は…?

「アウト」

 球場内が大きく湧き、佐和山選手はガッツポーズしながら、外野からマウンド付近の勝利の輪に加わった。


 しかしヒヤヒヤさせるぜ。

 僕も少し遅れて、ハイタッチに加わった。


 でもあの場面で飛び込める勇気には、素直に感心した。

 まあ、勇気というよりも、蛮勇という葉の方がしっうりくるかもしれない。

 

 今日同じ場面で一度失敗しているし、勝敗を分ける大事な場面で普通の神経なら、あんな風に一か八かのプレーはできないだろう。


 そして失敗にクヨクヨするような、また失敗を恐れるような神経なら、この大観衆の前でプレーすることなどできない。


 恐らく明日から2軍に落ちるとは思うが、佐和山選手はこれから伸びる素養はあると思う。

 僕は心の中でエールを送った。

 

 今日のヒーローインタビューは、まず逆転ポテンヒットの谷口が呼ばれた。

 谷口は小走りでお立ち台に上がった。

 僕はロッカールームのモニターでヒーローインタビューを見ている。

 

 そして次に勝ち投手となったバーリン投手が呼ばれた。

 バーリン投手がベンチから登場した時、スタンドがざわめいた。

 というのも、バーリン投手は佐和山選手の腕を掴んで連れてきたのだ。

 佐和山選手は照れたような、決まりが悪いような、そんな顔をしている。


「放送席、放送席。

 本日のヒーローインタビューは、逆転タイムリーヒットを打った谷口選手と、勝ち投手のバーリン投手、そしておまけとして、本日の試合を盛り上げた佐和山選手の3名にお越し頂きました」

 

 球場内から大きな笑い声が上がった。

 佐和山選手は頭をかいている。


「まずは6回裏に逆転タイムリーヒットを打った、谷口選手にお話を伺います。

 ナイスバッティングでした」

「えー、まあ、結果オーライでした」

 打球の飛んだ場所が良かったのであり、当たりはあまり良くなかった。


「1点ビハインドで迎えた、ツーアウト二、三塁のあの場面。

 どんな事を考えながら、打席に入っていたのですか?」

「はい、もし凡退したら、高橋隆介選手から罵詈雑言を浴びせられるので、絶対に打とうと思っていました。気合で打ちました」

 勝手に人の名前を出すんじゃない。

 まるで僕が性格が悪いように思われるだろう。

 

「そうですか。

 高橋隆介選手とは静岡オーシャンズ時代に同期入団した仲ということで、仲が良いのですね」

「いえ、いわゆる腐れ縁です。

 まああいつには負けたくない、という思いでここまでやってきたので、そういう意味ではライバルと言えるかもしれません」

 

「そう言えば、谷口選手は五香選手、光村選手とも同学年ということで仲が良いと伺いましたが」

「ええ、まあお互いに意識し合って、それぞれを高めていける関係だと思っています」

 

「そうですか、高橋選手を含めた同学年の4名で、良い関係を築かれているんですね。

 打った瞬間の手応えはいかがでしたか?」

「えーと、最悪でした」

 球場内から笑いが起きた。

 

「でもバットを振り切ったからこそ、あのように野手の間に落ちたと思いますが、その点はいかがですか?」

「はい、その通りだと思います。

 前に飛ばさないと何も起きませんので、そういう意味では良かったと思います」

「ありがとうございました。

 次にバーリン投手にお話を伺います。

 6回を3失点のクオリティースタート。

 素晴らしいピッチングでした」

 

 通訳の山形さんが訳し、バーリン投手は頷いた後、山形さんに話している。

 いつも通り長そうだ。

 

「はい、あのー、初回に不運な形で失点してしまいましたが、その後は気合で抑えました」

 山形さんは随分、端折ったようだ。

 バーリン投手はもっと色々な事を言っていたと思う。

 

「初回は不運もあり失点してしまいましたが、2回以降の素晴らしいピッチングがチームを勝利に導いたと思いますが、その点はいかがですか?」

 山形通訳がバーリン投手に伝え、バーリン投手はまた山形さんに長々と何かを話している。

 かなり長くなりそうなので、次回に続く。 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る