第582話 あのバカ…

 川崎ライツのマウンドに上がっている仁藤投手は基本はストレート、カットボール、チェンジアップのコンビネーションが主体の投手である。

 まだ1点差なので、試合はどう転ぶかわからない。


 この試合、ここまで佐和山選手は良い所が無い。

 もしここでも打てなかったら、明日はスタメン落ちだろうし、二軍落ち候補筆頭になる。

 ある意味、今後のプロ野球選手人生がかかった打席になるかもしれない。


 チャンスがあるとしたら、初球か。

 交替したばかりなので、甘い球が来るかもしれない。

 はっきり言って、仁藤投手は佐和山選手が追い込まれて打てるようなピッチャーではない。

 佐和山選手は初球を打っていく勇気を持てるか。


 そして運命の初球。

 佐和山選手のバットが、真ん中高めのカットボールを捉えた。

 予想通り、甘い球が来たのだ。


 打球は鋭いライナーで、センター前に飛んでいる。

 センターの鈴木選手が突っ込んでくる。

 どうだ?


 果たして鈴木選手はグラウンドギリギリで、打球を捕球していた。

 本当にグラブの先。

 超ファインプレーだ。


 佐和山選手は天を仰いだ。

 ついてない。

 センターの鈴木選手はバックホームに備え、やや前よりに守っていた。

 普通の守備位置だったら、間違いなくヒットだっただろう。


 佐和山選手は何度もグラウンドの方を振り返りながら、ベンチに戻っていった。


 何はともあれ、札幌ホワイトベアーズとしては試合をひっくり返した。

 バーリン投手はマウンドを降り、勝ちパターンの継投となる。


 7回表はは鬼頭投手。

 久しぶりの登場だが、登板していなかったわけではなく、今シーズンもここまでチーム最多の56試合に登板し、6回または7回を良く抑えている。

 防御率は1.75、ホールド28を挙げている。

 

 そして今日も3人で簡単に抑え、細い目を更に細くして、マウンドを降りた。


 そして7回裏、ラッキーセブンの攻撃は8番の武田捕手からの打順だったが、簡単に3人で終わり、8回表を迎えた。

(7回裏は僕に打順が回ってきたが、三振に倒れてしまった…)


 8回表はご存知、KLDSの一角、ルーカス投手がピシャリと抑え、その裏の札幌ホワイトベアーズの攻撃も無得点で、いよいよ回は9回を迎えた。


 札幌ホワイトベアーズの抑えといえば、新藤投手。

 今日も劇場ぶりを発揮し、ツーアウト満塁のピンチを背負った。

 最後までハラハラ・ドキドキさせてくれるところはさすがである。


 そしてこの場面でバッターは、勝負強い与田選手。

 今日の新藤投手の投球はいつも以上に暴れており、与田選手に対し、スリーボール、ノーストライクとしてしまった。

 

 それでも新藤投手の表情はあまり変わらない。

 自分の納得のいくボールを投げ込んで、それで打たれたり、フォアボールとなったら仕方がない。

 

 かって一緒に食事に行った時、新藤投手はいつもそう思いながら、マウンドに立っていると言っていた。

 長いシーズン、うまくいく時もあるが、失敗することもある。

 だから一生懸命にやったのであれば、結果に一喜一憂しない、というのが新藤投手のポリシーだそうだ。

  

 だから仮にサヨナラ負けをしても、そんなこともあるさ、というようにすぐに切り替えられるそうである。

 得な性格だと思うし、そういう人でないと抑えなどやってられないのだろう。

 

 ということでこの場面、新藤投手は開き直ってストライクゾーンに投げ込んだ。

 スリーボール、ノーストライクから打つのはバッターにとっても勇気がいる。

 もしポップフライを打ち上げようものなら、チーム内外から批判の嵐となる。


 だがさすがは与田選手。

 ストライクゾーンに来たボールは見逃さない。

 捉えた打球がライトの佐和山選手の方に飛んでいる。

 これは完全にヒットコースだ。

 ここで注意すべきなのは、セカンドのランナーを返さない事だろう。


 ただでさえ、佐和山選手はこの試合、ライナーを後ろに逸らして走者一掃されている。

 ここは1点は仕方がない。

 慎重に行くべきだろう。


 だが佐和山選手はあまり記憶力が良くないようだ。

 この打球に対しても、前向きに飛び込んだ。

 あのバカ…。



 

 

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