第580話 次、ガンバレ

 対戦相手の深沢投手はタイミングを外して、打たせて取るのが得意な投手である。


 つまり無理に打ちに行くと、相手の術中に嵌ってしまう。

 こういう投手に対しては、自分の待っている球が来るまでは、ファールで粘るなど、辛抱強さが必要である。


 と言っているそばから、狙い球がきた。

 内角へのシンカーだ。

 僕は思い切り引っ張った。


 打球はサードの横を抜けて、レフト線…、チッ、ファールか。

 あと僅かでフェアーだったのに。


 その後は外角にスライダー、ストレート、ツーシームを投げてきた。

 いずれもストライクゾーンギリギリであり、ファールで逃げた。

 もう内角には投げてこないだろう。


 そして最後は落ちるスライダーに手を出して、空振り三振をしてしまった。

 この打席は初球を仕留められなかったのが全てだ。

 まあ仕方ない。次だ、次。


 この回はツーアウトから下山選手がフォアボールで出塁し、ダンカン選手にツーランホームランが生まれ、2点を返した。

 ダンカン選手はバーリン投手が投げる試合では良く打つ印象がある。


 2回表はバーリン投手は立ち直り、三者凡退に抑えた。

 この良い流れを2回裏の攻撃に繋げたいところだ。


 そして先頭の光村選手がヒットで出塁した。

 次は佐和山選手だ。

 ここはさっきの守備のミスを取り返したいところだろう。


 1点差ということを考えると、送りバントもありうる場面だが、次のバッターはバッティングはあまり期待できない武田捕手だし、その次はピッチャーの打順だ。

 もっともバーリン投手は打撃も好きであり、当たれば飛ぶこともある。

(あくまでも当たればの話だ)

  

 さあどんな作戦をとるのかな、と思っていたら、サインはヒットエンドラン。

 初球からヒットエンドランはなかなか難易度が高い。


 というのも光村選手は足はプロとしては普通なので、もし空振りすると盗塁は期待できない。

 だから何としてもバットに当てる必要がある。


 バットに当てて、ゴロさえ打てば、セカンドはセーフになる可能性が高いし、佐和山選手も俊足なので一塁もセーフになるかもしれない。


 バッターボックスに入った佐和山選手は、気合が入っているのが見て取れる。

 さっきのまずい守備を取り返したいと考えているのだろう。

 

 気持ちは痛いほど、よく分かる。

 でもプロとして10年間生きていた僕はだからこそ、ここは冷静になるべきだと考える。


 打ちたいという気持ち、結果が欲しいと思う気持ちは、相手も見透かしている。

 よってここは難しいボールを投げてくる。


 そして佐和山投手は、初球の外角低めへのストレートに手を出した。

 こすったような打球は浅いピッチャーフライとなり、一塁ランナーも戻れず、ダブルプレー。

 最悪の結果となった。


 もし僕ならばこの球は冷静にファールで逃げる。

 それを無理に打ちに行くと、こういう結果になってしまうのだ。


「ドンマイ。次だ、次」

 トボトボとベンチに帰ってきた、佐和山選手に僕は声をかけた。

 佐和山選手は軽く頭を下げ、ベンチの隅の最後列に座った。

 

 佐和山選手はきっと今日はやることなすこと上手くいかないと思っているだろう。

 でもそんな事はない。

 プロである以上、すべてが自己責任だ。

 

 もちろん調子の良し悪しはある。

 でもそんなのは言い訳にもならない。

 常にベストを尽くしてこそ、年間通じての結果がついてくるのだ。

 

「おうおうおう、偉そうに。

 さすが打率3割越えの一流選手様は言うことが違いますな」

 谷口に嫌味を言われた。

 つい思っている事を口に出してしまっていたようだ。


 まあ、結局のところ佐和山選手に何を言いたいかというと、あまり落ち込まず、次頑張れということだ。


 続く武田捕手が凡退し、ライトに小走りでかけていった佐和山選手の背中を見て、そう思った。 

 

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