第577話 季節は早くも秋…
8回表、さすがに疲れが見えてきた篠宮投手はワンアウト二、三塁のピンチを背負った。
僕ら内野陣はマウンドに集まり、矢作ピッチングコーチもやってきた。
「さすがに疲れただろう。
交替するか?」
「いえ、まだピンピンしています。
お願いです。
ここは投げさせてください」
僕らは顔を見合わせた。
篠宮投手の気持ちはわかる。
この完全な負け試合をここまで盛り返したのは、間違いなく篠宮投手の気迫のおかげだ。
でもここで追加点を入れられると、せっかくの追撃の勢いもしぼんでしまう。
ベンチはどう判断するのだろう。
「わかった。
どうせこの試合はもともと負け試合だ。
お前に任せるから、悔いのないように投げろ」
矢作コーチはそう言って、篠宮投手の肩を叩いた。
「はい、ありがとうございます。
ここは抑えてみせます」
そう言って、篠宮投手はボールを鷲掴みして見せた。
「よし、頼んだぞ、篠宮。
俺等も気合い入れて行くぞ」
「オオッ」
道岡選手の檄に僕らは応えた。
バッターは4番の深町選手。
満塁策もありうるが、ここは勝負するようだ。
そして初球。
捉えた打球がライトに上がった。
ライトには途中から岡谷選手が入っている。
岡谷選手は最短距離で打球に追いつくと、無駄の無い動きでバックホームした。
そして素晴らしい送球が、上杉捕手のミットに吸い込まれ、ホームタッチアウト。
強肩岡谷選手のこれ以上は無い、という素晴らしいプレーだった。
「ナイスプレー」
僕はベンチ前で岡谷選手を出迎え、ハイタッチした。
「そろそろ俺も活躍しないと、皆さんに忘れられちまうからな」
「そんな事無いですよ。
岡山さんの事、みんな覚えていますよ。
ほら、あの、サヨナラホームランとか…」
「いつ俺がサヨナラホームラン打ったんだ。
ていうか俺は岡谷だ。
岡山じゃねぇ」
「まあまあ、深谷さん。
同じモブキャラ同士、仲良くやりましょうよ」
また五香投手が余計な事を言う。
彼も昔とキャラが変わったというか、本性が明らかになった1人だ。
「俺は深谷でもない。
お前らまとめてぶっ◯すぞ」
おー怖っ。
結局、追撃もここまでで8回、9回と仙台ブルーリーブスの勝ちパターンの投手の前に無得点に終わった。
篠宮投手は結局、9回もヒットを2本打たれながらも無失点に抑えた。
結果として、8回を無失点で凌いだ事になる。
負けはしたが、2回以降は8対0であり、お客さんもそれなりに満足して帰ったのではないだろうか。
先発の稲本投手には猛省してもらうとして、完全な負け試合をそれなりに見られるスコアとした事はチームとして自信になるし、篠宮投手には次のチャンスをあたえられるだろう。
さあ次は京阪ジャガーズとの2連戦、その後は移動日を挟んで、首位岡山ハイパーズとの3連戦だ。
首位争いから脱落しないためには、ここは最低勝ち越しが必要である。
…………………………………………
「もう秋ですね」
「そうだな…」
「秋と言えば、月〇バーガーの季節ですね」
「まあ俺は春のてり〇まの方が好きだけどな」
僕は試合終了後、下山選手と食事に来ていた。
そのホテルへ帰る道すがら、某ファーストフード店の宣伝物を見ながら、冒頭のような会話をしていたのだ。
今年の夏も暑かったが、9月になり、夜は過ごしやすくなってきた。
仙台ブルーリーブスに敗れた後の京阪ジャガーズ、岡山ハイパーズとの5戦。
最低でも勝ち越しが必要だったのに、我がチームは全敗してしまった…。
優勝争いからは完全に脱落し、4位の川崎ライツとも0.5ゲーム差まで迫られている。
僕自身はこの5試合で19打数6安打、フォアボール3個とリードオフマンとしての役割をそれなりに果たしたが、それ以降のバッターがこの間、軒並み1割台と低迷した。
投手陣も疲れがでて来たのか、先発、中継ぎとも振るわなかった…。
首位の岡山ハイパーズとは5.5ゲーム差、京阪ジャガーズとは5.0ゲーム差とあって、もはや優勝は絶望的と言えた。
そして明後日からはその川崎ライツ戦とのホーム三連戦である。
クライマックスシリーズに進出するには、ここで勝ち越しが必要である。
その大事な初戦を任されたのは、久しぶりの登場となるバーリン投手である。
昨シーズンはローテーション投手として活躍したが、今シーズンはケガもあって、ここまで3勝6敗と負け越しており、来季の契約を勝ち取るためには正念場といえた。
「タカハシ、ワタシ、ネクストシーズン。
サッポロホワイトベアーズ、ノコリタイネ。
キョウハゼッタイ、カツヨ。
オマエモガンバレヨ」
バーリン投手はにこやかな笑顔で、僕の肩をポンと叩いた。
彼は真面目な性格であり、チームに溶け込もうと、一生懸命英語を勉強し、かなり日本語が上達してきている。
そういう姿勢を見ると応援したくなる。
僕もしてもタイトル争いがかかっているし、活躍してバックアップしたい。
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