第573話 崖っぷち投手登場

 11点差。

 相手投手がエースの岩城投手ということを考えても、絶望的な点差である。


 岩城投手のここまでの防御率は2.97。

 9回投げたとしても、3点弱しか点を取られない計算だ。


 この打席、流れを引き寄せるためにも簡単に凡退してはいけない。

 僕は簡単にツーストライクを取られたが、そこからフルカウントまで粘り、9球目でフォアボールを勝ち取った。


 そして続くバッターは、故障から復帰したばかりの湯川選手だ。

 ここは塁を賑わして1点ずつ取っていこう、と僕は一塁ベース上から湯川選手にテレパシーを送った。


 湯川選手はそれを受け取ってくれたようで、打席の中で大きく頷いた。


 そして初球。

 何と岩城投手のツーシームに手を出して、セカンドゴロ。

 4-6-3と渡ってダブルプレー。

 ダメじゃん…。


 続く3番は同じく故障明けの道岡選手。

 2球目を簡単に打ち上げて、ライトフライ。

 この回は結局、12球で攻撃が終わってしまった。


 2回表。

 札幌ホワイトベアーズのマウンドには、今日昇格したばかりの篠宮投手が上がった。

 今年でプロ8年目、30歳。

 ここまでプロ通算成績1勝の投手である。


 昨シーズンオフに四国アイランズを戦力外になり、トライアウトを経て、札幌ホワイトベアーズと育成契約を締結した。

 そして7月末の支配下登録期限ギリギリに、支配下契約を締結し、昨日一軍に昇格した。


 年俸は推定で600万円で、奥さんと子供が3人いるそうだ。

 負け試合とは言え、爪痕を残したいところだろう。


 弛緩した雰囲気が漂っている中、マウンドに上がった篠宮投手はこの回先頭バッターの6番の平選手から三球三振を奪い、続くバッターからも連続三振を奪った。


 さっきまで沈んでいた札幌ホワイトベアーズファンも、この快投には大きな拍手を送った。


 2回裏の攻撃。

 札幌ホワイトベアーズ打線は元気が無い。

 簡単に7球で三者凡退に終わってしまった。


 そして3回表。

 引き続き篠宮投手がマウンドに上がり、仙台ブルーリーブス打線をわずか8球で三者凡退に退けた。


 3回裏の札幌ホワイトベアーズの攻撃は、7番のブランドン選手からだったが、簡単にツーアウトとなり、篠宮投手に打席が回った。


 普通ならここは代打の場面だが、札幌ホワイトベアーズベンチはそのまま篠宮投手を打席に送った。

 このまで2イニングを好投しているし、負け試合の今日はなるべくピッチャーを使いたくないという事だろう。


 そしてここは簡単に三振しても良い場面だが、篠宮投手は粘りに粘り、フォアボールを勝ち取った。


 こういう姿を見せられると、僕としても簡単に凡退するわけにはいかない。

 初球、甘く入ってきたツーシームを僕はフルスイングした。

 舐めんじゃねぇ。

 そんな気持ちで振り抜いた打球は、ライナーでレフトスタンドに飛び込んだ。


 これで11対2。

 まだ9点差。

 全く大勢に影響はない。

 でも札幌ホワイトベアーズファンが喜んでくれているのを見ると、意味のあるなしは僕らが決めることでは無いと感じる。

 

 点差が離れていても、ファンの方々はほとんど帰らず、応援してくれている。

 少しでもその期待に答えたい。


 続く湯川選手もそれを感じたのか、先ほどの打席は簡単に初球を打ちダブルプレーに倒れたが、この打席は8球粘ってセカンドゴロに倒れた。


 結果は同じセカンドゴロだが、過程は一緒じゃない。

 少なくとも僕はそう思っている。

 

 4回表。

 この回も篠宮投手は気合の入った投球をした。

 一球一球、丁寧に投じ、一つ一つアウトを取るごとに小さくガッツポーズしている。

 ここから試合を見た人は僅差の試合と思うかもしれない。

 心なしか、札幌ホワイトベアーズファンの声援も大きくなってきた気がする。


 「さあまだ攻撃は6イニング残っている。

 1点ずつ返して行きましょう」

 僕はベンチに戻りながら、チームメートにそう声をかけた。

 

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