第572話 思わぬ展開

 早いもので後半戦がスタートして、3週間が経過し、世の中はお盆となった。

 プロ野球選手にはお盆休みなんてものは無い。

 あるのは連日の試合だ。


 この時期は6連戦、1日移動日、そしてまた6連戦の連続だ。

 もちろん体力的には辛いが、それは誰しも同じ。

 特にピッチャーはシーズンの疲れが累積してくる時期なので、打者有利と言われている。


 僕は暑さには強い方だ。

 何しろ家が貧乏だったので、子供の頃、自宅アパートにはクーラーなんてものはなかった。

 唯一あった扇風機はなるべく妹に使わせていたので、自然に暑さには強くなった。

 貧乏にも良いことはあるのである。


 ということで、最近の僕はボーナスステージにいる。

 最近5試合で21打数、11安打。

 打率も.310まで上がり、何とリーグ3位である。

(ここまで102試合に出場し、400打数124安打、7本塁打、34打点)

 盗塁も4つ決め、通算41個(盗塁死11)一気に盗塁王争いのトップに立った。


 シーズン後半までタイトル争いをするのは初めての経験であり、我ながら良くやっていると思う。

 ジャックGMに最初に大リーグ挑戦の条件を突きつけられた時には、正直なところ「ムリ」と思ったが、今や手の届くところまで来ている。


 もしタイトルなんてとってしまった日には、大リーグ挑戦が見えてくる。

 自分で言い出しておいて何だが、どうしよう、という思いが先走っている。


 良くフリーエージェントの権利を獲得した選手が、シーズンが終わったらゆっくり考えます、と言っているが、僕もそんな心境である。


 さて今日は世間はお盆休み最終日の日曜日のデーゲームである。

 ホームでの仙台ブルーリーブス戦であり、どさんこスタジアムは札幌ホワイトベアーズファンで超満員となっている。

 一昨日、昨日と札幌ホワイトベアーズが連勝し、今日も勝って締めくくりたいところである。


 先発は稲本投手。

 ここまで7勝4敗と貯金を3つ作っており、開幕からローテーション

を守っている。


 ここは最下位の仙台ブルーリーブス相手なので、取りこぼすと優勝争いから後退してしまう。


 ところが今日の試合、先頭打者の酒田選手にデッドボールを与えてしまい、そこからペースが乱れてしまった。

 続く2番の片倉選手の送りバントはピッチャー前に転がったが、二塁に送球し、セーフ。

 記録はフィールダースチョイス。


 ノーアウト一、二塁のピンチを背負うと、3番のメンディ選手の打球はライト前へのポテンヒットとなり、1点を先制された。


 更に続く4番の深町選手にフォアボールを与え、ノーアウト満塁とされた後、5番のビフォード選手の打球はセンターオーバーとなり、走者一掃となった。

 わずか15球で4失点。


 結局、その後も仙台ブルーリーブスの猛攻は止まらず、エラーも挟まり、この回、稲本投手は何と6失点を喫してしまった。


 更に続投した大道寺投手も勢いづく仙台ブルーリーブス打線を止められず、結局この回は11失点と1回表だけで試合の趨勢が決まってしまった。

 

 球場内のほとんどを札幌ホワイトベアーズファンが占めており、チェンジとなったが、静まり返っている。


 しかし11点差か…。

 1回裏のバッターボックスに入る前に、僕は改めてスコアボードを見た。

 正直なところ、こうなるとテンションを上げるのがとても難しい。

 

 僕の役割は塁に出て、チャンスメークすることだが、正直なところあまり緊張感が出ない。

 

 やばい。

 このままの気持ちで打席に立てば、簡単に凡退してしまう。

 僕は両手で自分の顔を叩き、気合を入れた。


 決して安くないチケットを買って、見に来てくれている札幌ホワイトベアーズファン。

 特に今日は夏休み中ということで子供が多い。

 この中には遠くから見に来てくれている方もいるだろう。

 その前で無様な姿を見せるわけにはいかない。


 僕は気合を入れ直して、打席に立った。

 

 

 

 

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