第571話 仲間でもあり、ライバルでもある
バッターに向き直った五香投手の顔つきはさっきと違う。
きっと僕に対する怒りで、気合が入ったようだ。
力んで投げるのが吉と出るか凶とでるか。
高輪選手への初球。
内角へのストレート。
高輪選手は仰け反って避けた。
そして五香投手を睨んでいる。
2球目。
またも内角へのストレート。
見送ったが、ストライク。
睨まれても内角へ投げ込んだ。
3球目。
外角低めへのツーシーム。
ファール。
そして4球目。
内角高めへのストレート。
高輪選手のバットは空を切った。
甘く入ったら危ないコースだったが、良く投げきった。
だが五香投手は表情を変えない。
まだツーアウト。
次は4番の倉田選手だ。
まだピンチは続く。
でも僕は確信していた。
ここは五香投手は間違いなく抑える。
そしてその予想通り、五香投手は4番の倉田選手から三球三振を奪った。
三振を奪った瞬間、五香投手は両手でガッツポーズして吠えた。
かなり気合が入っていたのだろう。
この場面で五香投手を続投させたのは、ベンチにとって一軍生き残りのための最終テストだっただろう。
僕はそれを感じていたし、きっと五香投手もそれがわかっていた。
だから持てる球を精一杯投げ込み、結果として岡山ハイパーズの3番4番から連続三振を奪うことができたのだ。
「ナイスピッチング」
僕はベンチに戻り、ベンチに座っている五香投手に声をかけた。
五香投手は僕を上目遣いに見て、すぐに顔を伏せた。
でも僕は五香投手が微かに笑ったのを見逃さなかった。
僕らは同学年であり、仲間でもあるがライバルでもある。
お互いに意識しており、心の中ではお互いの活躍を願っている。
五香投手とは高校の地区大会で対戦して以来の知り合いであるが、親しく(?)なったのは、同じチームになってからである。
それまでは会えば挨拶を交わす程度の間柄であったが、同学年の谷口や光村選手の存在もあり、食事に行ったり、たまに飲みに行く間柄になった。
始めはお互い敬語だったが、次第に本性が現れ、いわゆるタメ口で話すようになった。
高校時代に対戦時はひ弱な第一印象を受けたが、見た目によらず、剛毅な男である。
何しろ岡山ハイパーズを戦力外になった後、アメリカの独立リーグ、マイナーリーグでA級、AA級、AAA級と段階を踏み、大リーグにまで這い上がった。
二刀流を継続しているのも、彼のある意味頑固な性格によるものだろう。
恐らくこれまで多くの指導者から、どちらかに絞れと言われて来たはずだ。
しかしそれでも彼は投打、どちらも継続した。
この試合も奇襲とか、奇手とか、捨てゲームとか、ショートスターターとか色々言われていた中、5回を2失点で凌いだ。
これはチームにとっても嬉しい誤算だろう。
結局この試合、5対3で札幌ホワイトベアーズが勝利した。
そして何と僕は4打席目もセカンドオーバーのポテンヒットを放ち、何と4打数4安打。
ここ3試合無安打だった、鬱憤を晴らした。
いずれも当たりは良くなかったが、それでもヒットを積み重ねることができたのは、調子が上向いてきたのか、日頃の行いの成果か。
打率も3割台に復帰し、中道選手、高輪選手との盗塁王争いも激しさを増してきた。
チームの逆転優勝に向けて、より一層主力として頑張らねば…ねばねば。
そんな事を思いながら、チームバスに乗り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます