第570話 悪役になる覚悟はある
僕のバントヒットによりワンアウト一、三塁と追加点のチャンスを迎えた。
次のバッターは先ほどホームランの岡谷選手。
ここはスクイズも面白いかもしれないが、ベンチのサインは「打て」。
まあ一塁ランナーもバッターも俊足なので、ダブルプレーは無いだろうという判断だろう。
岡谷選手はあまりバットコントロールは上手くない。
下手に策を講じるよりも、自由に打たせたほうが良い結果が出るかもしれない。
そしてランナー一、三塁ということは当然ディレイドスチールを警戒する場面でもある。
ということは僕としては盗塁数を稼ぐためにも、セカンドスチールを狙いたい場面でもある。
ヘイヘイヘイ、リードリードリード。
井本投手はこっちをじっと見ている。
だがそのまま足を上げて岡谷選手に一球目を投じた。
僕はスタートを切らず、岡谷選手はツーシームに空振りした。
そして2球目。
ヘイヘイヘイ、リードリードリード。
挑発したが、やはり井本投手は牽制球を投げてこない。
かと言って無警戒な訳では無い。
それがまた不気味である。
ここも僕はスタートを切らなかった。
投球はストレート。
岡谷選手は打ちに行ったが、ファール。
これでノーボール、ツーストライク。
追い込まれた。
3球目。
ヘイヘイヘイ、リードリードリード。
またもや挑発するが、井本投手はじっとこっちを見ているだけ。
ここまで一球も牽制球がない。
とても不気味ではある。
そして3球目を投じた。
僕はスタートを切っていない。
なぜならばここは3球勝負と読んだから。
もし一球、ボール球を挟んで来たら、盗塁のチャンスである。
しかし一塁に僕がいる状況では、恐らく緩いボールは投げないだろう。
岡谷選手もベテラン。
同じことを考えたようで、外角へのツーシームをバットに当てた。
打球は緩いセカンドゴロになり、セカンドの橋岡選手はホームを諦めて、一塁に送球した。
わかるだろうか?
ここで強いゴロなら、ダブルプレーの恐れがあるので、岡谷選手はあえて当てるだけのバッティングに徹したのだ。
ベテランらしい熟練の技である。
これで4対2。
貴重な追加点を獲得した。
後続が倒れ、イニングチェンジとなり、5回裏のマウンドにも五香投手が上がった。
一応2点リードしているので、勝ち投手の権利を手にさせてやりたいというベンチの親心だろう。
だが親の心、子知らず。
ヒット二本と送りバントで、ワンアウト二、三塁のピンチを背負った。
しかも相手は3番の高輪選手だ。
そうなるとさすがに札幌ホワイトベアーズベンチも動かざるを得ない。
矢作コーチがベンチから出てきて、僕ら内野陣はマウンドに集まった。
「どうする?
満塁策か勝負か。
高橋、どう思う?」
矢作ピッチングコーチが、なぜか僕に聞いてきた。
「このピンチを切り抜けられる良い方法が一つあります」
「ほう、それは何だ?」
「簡単です。
ピッチャー交代です。
五香、お疲れさん。
バカヅキに恵まれたとは言え、良くここまで投げたな。
後はベンチに下がってシャワーでも浴びてきてくれ」
僕は五香投手の肩を叩いた。
「気安く触るんじゃねぇ。
バカが感染る。
矢作コーチ、お願いです。
ここは勝負させてください。
絶対に抑えてみせます」
いつになく五香投手は真剣だ。
「わかった。
ここはお前に任せる。
頼むぞ、守備陣。
特に高橋」
「まあ、命令とあっちや、従いますけど…。多分、無理ですよ」
皆さんわかっていると思いますが、僕は五香投手が奮起するようにあえて厳しい言葉を言っているのです。
だから数少ない全国の五香フアンの方々。
僕にヘイトメッセージを送らないで下さいね。
矢作ピッチングコーチがベンチに戻り、輪が解けた。
まあせいぜい頑張れよ。
仮に二人ランナーを返してもまだ同点だ。
五香投手がこっちを睨み、何か独り言を言っている。
まあ悔いのないように精一杯投げてくれ。
ここを抑えられなければ、恐らく次のチャンスは無いのだから…。
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