第569話 こういう日もある

 逆転をしてもらった五香投手は3回裏のマウンドにも上がった。

 ショートスターターにしては随分引っ張るな、と思うが今日はブルペンデーを覚悟しているとは言え、チームとしては少しでも長いイニングを投げて欲しいのだろう。


 この回もフォアボールとヒットでツーアウト満塁のピンチを背負ったが、ライトの岡谷選手の超ファインプレーもあり、無失点で切り抜けた。

 

 本当に心臓に悪い。

 抑えるにしても、打たれるにしても、もっとスッキリとできないもんかね。

 僕はそう思いながら、ベンチに戻った。


 4回表の攻撃は、ツーアウト三塁のチャンスを作ったものの、無得点に終わり、3対2とリードしたまま、4回裏を迎えた。


 この回も五香投手はマウンドに上がり、最速140台前半の打ち頃のストレートと、あまり変化しないツーシーム、ボールゾーンからボールゾーンに変化するフォークなどを駆使して、奇跡的に三者凡退に抑えた。


 そして5回表は五香投手に打席が回る。

 さすがにここは代打でしょう。

 そう思っていたら、何とそのまま打席に立った。


 まあ腐って異臭が漂っても、五香選手は二刀流である。

 普通ならどっちかに絞れと言われるところだが、彼の場合はどちらも中途半端なので、話題づくりもあって、二刀流を継続している。

 同じ二刀流でもどこぞの大リーガーとは偉い違いである。

 

 非力な五香選手だが、バットを持って打席に入っている以上、当たれば打球は飛ぶこともあり、打ちどころによっては長打になることもある。


 井本投手の速球をフルスイングして捉えた打球は、ファーストの後方にフラフラと上がった。


 ライトの高輪選手は俊足だが、スイングの勢いと打球の勢いの差に一瞬とまどい、一歩前進が遅れてしまった。

 打球は前進してきた高輪選手の、わずか手前で弾み、イレギュラーバウンドして、ファールゾーンを転々としている。


 五香選手は鈍足を飛ばして、一塁を蹴って二塁に向かった。

 記録はツーベースヒット。

 今日の五香投手こそ、バカヅキである。

 

 好事魔多し。

 貴方こそ、帰り道に段差で躓いて転んで、頭をかばって利き腕をけがしないように気をつけた方が良いよ。

 僕は心のなかでそう思った。

 

 次は僕の打順だ。

 ノーアウトなら送りバントの場面だが、ワンアウト二塁なのでバントは無いだろう。

 リーグ屈指の打率を残している、スピードスターの打棒に期待という場面だろう。


 そう思いながらベンチを見たら、何とサインは送りバント…。

 えーと、アウトカウント間違っていませんか?

 僕は確認のサインを送った。


 だがサインはやはり送りバント。

 えー、今日は2打数2安打で好調なのに…。


 僕はバッターボックスに入り、ヒッティングの構えをした。

 相手バッテリーだって、ワンアウト二塁のこの場面で僕が送りバントをして来るとは予想していないだろう。


 初球。

 外角低めへのストレート。

 バントをしかけたが、すぐに引いた。

 ボールワン。


 サインが変わることを期待して、ベンチを見たが、サインは変わらず送りバント。

 チッ。


 2球目。

 真ん中低めへのカーブ。

 僕は三塁方向にバントをした。

 ボールはピッチャーとキャッチャー、そしてサードの丁度真ん中に転がった。

 よし、ナイスバント。

 これは一塁セーフもあるかも…。

 僕は一塁に一目散に走り出した。


 そして一塁に到達する直前…。

「スコーン」

 またしてもヘルメットに強い衝撃を受けた。

 キャッチャーからの送球がヘルメットに当たったのだ。


 まさか狙っているのではあるまいな。

 これで頭が悪くなったらどうしてくれるんだ。

 僕はプンスカしながら、一塁ベースに立った。


 えーと、記録は…。

 大型ビジョンを見ると、ヒットの青ランプが灯っている。

 きっとヘルメットに当たらなくてもセーフだったと判断されたのだろう。

 

 ヨッシャー。

 公式記録員さん、ナイス判断です。

 どなたかは存じ上げませんが、ありがとうございます。


 これで記録上は3打数3安打。

 こういう日もあるのが、野球の面白いところだ。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る