第566話 あるファンの目線

 「あー、今日も疲れたな…」

 某インフラ系の会社の子会社で働く、赤山浩介は40代後半のサラリーマン。


 会社での肩書は課長代理。

 いわゆる中間管理職である。

 彼の趣味はギターや散歩、たまにやるギャンブル、そしてプロ野球観戦である。


 彼は子どもの頃からのプロ野球選手ファンであり、昔は生粋の東京チャリオッツのファンだった。

 それが縁あって北海道に住むようになってからは、次第に札幌ホワイトベアーズファンになっていった。


 彼としては自分は一生、東京チャリオッツファンだろう、と思っていたが、ある日、札幌ホワイトベアーズ対東京チャリオッツの交流戦を観戦した時、心の中で札幌ホワイトベアーズの方を応援していることに気がついた。

 それは彼にとって意外なことだった。


 毎年のように戦力補強をする東京チャリオッツに対し、自前で選手を育てることに重きを置く、札幌ホワイトベアーズ。

 プロチームである以上、勝つことが主要命題であるが、そのアプローチは対象的であった。


 札幌ホワイトベアーズの球団姿勢は一貫しており、現有戦力を大事にし、若手選手を積極的に活用する。

 そのため優勝は数年に一度だったが、その分優勝した時の喜びは格別だった。


 札幌ホワイトベアーズの中でも、特に彼が応援している選手が一人いた。

 それはここ数年、1番ショートに定着している高橋隆介選手だ。


 彼は札幌ホワイトベアーズの生え抜き選手ではない。

 夏の甲子園の優勝高出身であるが、ドラフト7位という下位指名で、静岡オーシャンズに入団した。


 入団時はほとんど期待されず、当初は二軍でも控えに甘んじていたが、たゆまぬ努力で少しずつ実力をつけ、やがて一軍デビューを果たした。


 その後、黒澤選手のフリーエージェントに伴う人的補償で、泉州ブラックスに移籍し、準レギュラーにまで上り詰め、今度はローテーション投手とのトレードで、札幌ホワイトベアーズに移籍し、やがて不動の1番ショートとして確固たる地位を気づきあげた。


 生え抜きではない、いわゆる外様でありながら、高橋隆介選手は今やチームの中でも1、2位を争う人気選手となっている。

 それというのも彼は俊足、堅守、巧打という野球選手としての能力もさることながら、ファンサービスにも積極的であり、キャンプでもシーズン中でもサインを求められると基本的に断らない。

(どうしても時間が無い時は、自費で作成したサイン入りのカードを配布している)


 いつも笑顔を絶やさず、彼のヒーローインタビューは札幌ホワイトベアーズファンの中では、毎回話題となり、その活躍を楽しみにしているファンも多い。

 天然なのか、それとも計算尽くした発言なのかはわからないが、もし後者であればすごい才能の持ち主だろう。


 赤山浩介の平凡というか単調というか、平穏というか。

 そんなあまり起伏のない日々の生活の中で、もはや札幌ホワイトベアーズ戦を見ることは、1番の楽しみになっていた。


 球場観戦は月に一度程度であり、他はテレビまたはインターネット中継であるが、できる限り試合開始から最後まで見ることにしている。


 例え大差で負けている試合でも、高橋隆介選手には1打席とも無駄にしないという姿勢が見られる。

 粘って出塁すると、明らかに警戒されている中でも積極的に盗塁を仕掛ける。

 果敢というか無鉄砲というか。


 成功したら二塁ベース上でドヤ顔するし、失敗したら盗塁するよりも速いんじゃないか、というスピードでベンチに帰る。

 盗塁失敗して、球場内から笑いが起きる選手は彼くらいのものだろう。


 そして彼は先日のヒーローインタビューで、無謀にも大リーグ挑戦を宣言した。

 週刊誌やスポーツ新聞等ではどちらかというと失笑のような論調の記事が多かったが、でももしかしたら彼なら何かやってくれるかも…という期待も感じる。


 赤山浩介は、高橋隆介選手が札幌ホワイトベアーズから居なくなることは寂しく感じるが、一方で彼のような選手が大リーグに挑戦したらどうなるのか見てみたい、という気もする。


 今日からは首位、岡山ハイパーズとの三連戦。

 赤山浩介は会社からの帰路、スマホで今日も1番ショートで、高橋隆介選手が出場するのを確認した。


 さあ、帰り道のスーパーで、缶ビールとちょっとしたツマミを買って帰ろう。

 たまには妻にお土産でも買って帰ろうかな。

 空の端に沈みつつある夕陽を見ながら、そんな事も思った。

 

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