第564話 後半戦再開!!(でも天気は雨)

 さあ今日から後半戦開始だ。

 後半戦はアウェーでの熊本ファイアーズ戦から始まる。


 熊本空港に到着し、機内から外を見ると、雨が降っている。

 今日はもしかして試合中止かも…。

 中止になるなら、できれば早い段階で決まれば良いな。


 雨の日で辛いのは、試合途中で中止になった場合だ。

 特に途中まで勝っている5回表くらいで中止になると最悪だ。

 だから中止になるなら、試合開始前になってほしい。


 この日の熊本は、天気予報によると、弱い雨が1日中降り続けるそうだ。

 今日はアウェーのナイターであり、試合開始前までは時間がある。


 我々札幌ホワイトベアーズナインは、一旦ホテルにチェックインし、少し休憩して、ユニフォームに着替えてから、バスで球場に向かう。

 

「今日の試合、中止になったりしますかね」

 僕はマネージャーの石山さんを捕まえて聞いた。

「今のところは五分五分だな。

 夜は雨が弱まるという予報もあるし…」

「中止になるなら、早く決めてほしいですよね」

「まあ、そうだな。

 だがこればかりは我々ではどうにもならないからな」


 そんな事を話している間に集合時間となり、僕らはチームバスで球場に行くことになった。

 雨はさっきよりは小降りになってきている。

 まあ、試合をやるなら、切り替えて頑張ろう。

 そう考えて、バスに乗り込んだ。


 球場につくと、さっきよりも更に雨が弱まり、これなら試合ができそうだ。

 僕はユニフォームに着替え、ミーティングに出席した。

 今日も1番ショートでスタメンだ。


 雨の日はグラウンドがぬかるんでいて足を取られたり、投げる時に抜球が滑ったり、エラーがしやすい。

 普段以上に慎重なプレーが必要だ。

 といっても消極的なプレーも、またエラーを誘発することがある。

 だから雨の日は大胆かつ繊細なプレーを心がけている。


 試合前練習をしていると、また雨足が強まってきた。

 僕はバッティング練習、そしてノックが終わると、一度ロッカールームに戻って、タオルで頭を拭き、予備のユニフォームに着替えた。

 

 そしてベンチに入り、グラウンドを見ているとさっきよりも雨が強い。

 グラウンドのベース部分そしてマウンドには青いシートが敷かれている。


 審判団、そして球場関係者等が、このまま試合をできるか、協議しているようだ。

 この後は雨が止むという予報もあり、その辺も考慮しているのだろう。

 

 スタンドを見ると、お客さんが既に入っているが、傘を差していたり、合羽を着ており、数もいつもより少ないが、それでも千人以上はいるのではないだろうか。

 この雨の中、応援団の鳴り物が響いている。


 「どうやら中止らしいぞ」

 谷口が僕の隣にやってきて言った。

「そうか、まあこの雨ならな…」

 僕はベンチ内から空を見上げていった。


 すると向かいの熊本ファイアーズのベンチから、一人の選手が飛び出してきた。

 誰かと思って目を凝らすと、南田選手だった。

 控えの外野手だが、元気印のムードメーカー的な選手である。


 どうしたのかと思ってみていると、何も持たずにバッターボックスに入り、打つ真似をしたかと思うと、一塁に走り出した。

 何だ、何だ?


 南田選手は一塁のブルーシートの上でヘッドスライディングすると、立ち上がり、また二塁に向かった。

 そして二塁にヘッドスライディングし、更には三塁でも同じことをした。


 そして三塁からホームに向かって走り、最後も豪快にダイビングした。

 ビニールシートに溜まった雨で、水しぶきが上がっている。


 球場内からは、笑いと拍手が上がった。

 きっとこの雨の中、来てくれたファンに対するささやかな感謝だろう。

 

 スタンドからは南田コールが上がっており、南田選手はもう一度ベンチから出てきて、帽子を取って声援に応えた。


 なかなか良い光景だ。

 僕はそれを見て、そう思った。


 するとまた何やらお客さんからのコールが聞こえる。

 何だ何だ。

 僕は耳を澄ました。

 さっきより雨音が強く、良く聞き取れない。

 

「…かはし」と聞こえる。

 何て言っているのだろう。

 更に耳を澄ました。

 

「たーかはし、たーかはし」

 確かにそう聞こえた。

 よく見ると、札幌ホワイトベアーズファン側からのコールのようだ。

 どういうことだ?

 

「ほら、呼んでいるぞ」

 ベンチの後ろにいた下山さんから声をかけられた。

 

「ど、どういうことでしようか?」

「そりゃ、熊本の南田がパフォーマンスをやったんだ。

 うちも負けてはいられないだろう」

 いえいえ、負けても良いと思います…。


「南田に負けて悔しくないか?」

「いえ、全くそう思いません」

「いや、俺は悔しい」

 じゃあ下山選手がパフォーマンスをやれば良いのでは…。


「たーかはし、たーかはし、りゅーすけ、りゅーすけ」

 さっきよりもコールが大きくなってきた。


「おい、呼んでいるぞ。

 良いのか、ファンを無視して」

 谷口が言った。

「じゃあ、お前行けよ」

「嫌だよ。俺はそんなキャラじゃない」

 

 僕は大きくため息をついた。

 お呼びとあれば仕方がない。

 僕はベンチを飛び出した。

 観客席から大きな拍手が上った。

 悪い気はしない。


 僕は雨の中、マウンドに向かい、投げる真似をした。

 それから小走りでホームベース付近に行き、左のバッターボックスに立った。

 そして打つ真似をして、三塁側に向かって走り出した。


 三塁を蹴って、二塁に向かい、また二塁を蹴って一塁を回った。

 そしてホームインする直前にスピードを緩め、側転をして、ホームベース手前でバク転をした。


 観客席および両軍ベンチから大きな拍手と歓声が上がった。

 僕は帽子を取って、歓声に応え、ベンチに下がった。

 ベンチに引き上げると、下山選手をはじめ、チームメートとハイタッチをした。

 

 結局、その後試合中にが宣告され、僕はロッカールームに戻った。

 あーあ、折角着替えたのに、またユニフォームが濡れちゃった…。


 でもまあ少しでもファンに喜んでもらえたのなら、良かったかな。

 そんな事を考えながら、ジャージに着替え、チームバスに乗り込んだ。

  



 

 



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