第561話 10年前のドラフトの評価
この回は残念ながら谷口のところに打球は飛ばなかった。
谷口の外野手としての能力は、プロ野球選手としては平凡である。
肩が特別強いわけでもないし、足が速いわけでもない。
加えて言うと性格と頭も悪い。
つまり打てなければ、守って良し、走って良しの僕と違って、即刻ベンチ警備要員、更にはファーム管理人に逆戻りしてしまう。
か弱い存在である。
そんな谷口がオールスター出場するなんて。
プロ入り時から、谷口の姿を見てきた僕としては感慨深いものがある。
僕は温かい目で、緊張しながら打席に入った谷口の背中を見守っていた。
ところがである…。
その谷口がオールスター初打席でホームランを打ちやがった。
あまり目立つのは好きじゃないと言っていた癖に。嘘つき。
満面の笑みでダイヤモンドを一周して戻ってきた谷口を、オールシーリーグの面々は暖かく出迎えている。
僕も谷口の後ろに回り込んで、優しく回し蹴りを入れてあげた。
ベンチに戻ってからも谷口は興奮冷めやらぬようだった。
「おめでとう。オールスター、初打席初ホームラン。俺としても嬉しいよ」
僕は谷口に温かい言葉をかけた。
「おう、ありがとよ。
まさかオールスターでホームラン打てるなんて…。夢みたいだ」
「良かったな。これまでのお前の努力が身を結んだんだろう。
俺も自分ごとのように嬉しいよ」
「そうか、ありがとよ。
良い同期を持って、俺は幸せだ」
「そうだろ、そうだろ」
「ところでお前、さっきマジ蹴りしただろう。
けっこう痛かったぞ」
「え、いや、知らない…」
僕はとぼけた。
「オメェしかいないだろ。
まともな人間はあんな事をしない」
「ひどい、濡れ衣だ…」
「ほら、モニターに写っているぞ」
谷口は大型ビジョンを指さした。
さっきの映像が映っており、ホームインした後、チームメートの祝福を受けるところまで流されている。
「ほら、今のところ。
お前が俺に蹴り入れたところ、しっかり映っているだろう。
これでもしらを切るのか?」
「いや…、あれは合成だ」
「まだ言うか…。
まあ今日は寛大な心で許してやるが、次やったら覚えていろよ」
と馬鹿な事を言いあっている間に、チェンジになり、谷口はレフトの守備に向かった。
「ドラフト同期か…」
僕はベンチに座り、ボンヤリと考えた。
ドラフトからちょうど10年が経ち、答え合わせと称した、ネット記事をよく見かける。
僕が指名されたドラフトは、終了時はS評価だったが、あるサイトでは結果はB+評価となっていた。
寸評を見ると、「一時的に戦力になった選手もいたものの、全体的には期待外れ。
他球団に移籍後、花開いた選手もいる」と書かれていた。
期待外れか…。
確かに静岡オーシャンズでプロ10年目を迎えたのは、原谷さんしかいない。
そしてその原谷さん正捕手ではなく、捕手としては二、三番手である。
よって客観的に見ると、期待外れと評価されるのも致し方ないのかもしれない。
結果だけ見ると、あの年のドラフトで1番活躍しているのは山崎だ。
名門京阪ジャガーズでエースとして君臨し、今や大リーグでも活躍している。
今年はすでに9勝(3敗)を挙げ、大リーグのオールスターにも選ばれている。
成績だけを見ると、山崎を主人公にした方が面白いのかもしれないが、とにかく性格が悪いので、読者の方も感情移入がしづらいだろう。
悪役としてなら、良いかもしれないが…。
作者も以前、スピンオフとして、山崎を主人公にした小説を書きかけたそうだが、エタってしまったようだ。
主人公に魅力が無いと、小説とはいうものは書けないらしい。
結局、今日の試合は5対2で、オールシーリーグが勝利した。
最優秀選手(MVP)は予想通り、中道選手が受賞し、敢闘賞の中に僕の名前は無かった…。
そのかわりに何と谷口が敢闘賞を受賞した。
いいな、100万円…。
小切手型の目録を高く掲げている谷口を見てそう思った。
まあ、いいや。
今日はMVPの中道選手に高級寿司をご馳走になるし…。
(まだ約束はしていないけど)
さあ店を予約しないと…。
僕はベンチ裏で携帯電話で、予約の電話をかけた。
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