第560話 虎穴はいらずんば?

 4回表はオールスカイリーグチームに、1点返され、なおもワンアウト満塁。

 ピッチャー交替となり、このピンチでマウンドを託されたのは、ご存知、フーテンの寅さんに似た風貌を持つ、鬼頭投手。

 年配の女性と子供に大人気の投手だ。


 今日の試合は地元開催ということもあり、一際声援が大きい。

 鬼頭投手はオールスターは初出場であり、監督推薦で選ばれた事がわかった瞬間、涙ぐんでいた。

 純な男である。


「死んでも抑えて下さいよ」

 年下ではあるが、オールスター出場経験が多い先輩として、僕はマウンドへ少し近づき、暖かい声をかけた。

(年齢は鬼頭投手の方が2つ上)


 鬼頭投手は僕の方を見て、グラブを軽く挙げてみせた。

 普段は大人しくて、優しい先輩であるが、ひとたびマウンドに立てば、寅さん面が鬼のような形相に変わる。

 

 そしてデッドボールを恐れず、内角にもバンバンと速球を投げ込む。

 こういう人を二重人格とかジキルとハイドとか、本田速人とか言うのだろうか。

(多分違います。作者より)

 

 初のオールスターがワンアウト満塁の大ピンチ。

 だが鬼頭投手は臆すること無く、ど真ん中にストレートを投げ込み、二者連続で三振を奪い、見事にピンチを切り抜けた。

 

「ナイスピッチングでした。

 しかし凄いですね。

 初のオールスターであれだけの球を投げられて…」

 僕はベンチに戻って、鬼頭投手に声をかけた。

 

「まあな。どうせ、打たれても俺の自責点じゃないし。

 気楽に投げたよ」

 まあピンチの時には開き直りが大切とは良く聞く。

 虎穴入らずんば虎児を得ず。

 寅さんだけに…。(意味不明)


 4回裏の攻撃は6番の熊本ファイアーズ、伊集院選手からの攻撃であり、フォアボールとヒットが出て、ツーアウト二、三塁のチャンスで僕の打順を迎えた。

 5回表の守備から交替と言われているので、この打席がラストチャンスだ。


 ちなみに明日は控えスタートなので、目立つためにはこの打席しかない。

 最優秀選手を取るには、ここでホームランを打つしかない。

 この打席は狙っていく。


 相手ピッチャーは、この回から静岡オーシャンズの田部投手に替わっている。

 コントロールが生命線の技巧派の投手なので、球速はMAX140km/h前半とそれほどでも無い。

 つまり当たれば飛ぶ…、かもしれない。


 初球。

 シンカーが外角低めに決まった。

 ほんのわずか外れたらボールというギリギリを攻めてきた。

 さすがだ


 そして2球目。

 またもやシンカー。

 これもほぼ同じコース。

 見送ってしまった。

 ストライクツー。

 早くも追い込まれた。


 そして3球目。

 真ん中低めへのストレート。

 かと思いきや、フォークだ。

 僕は強振したが、空振り。

 凄い落差だ。


 ふと見るとキャッチャーは、ボールを反らしている。

 僕はそれを見て、一塁に向かって走り出した。

 

 球を拾い上げた、古馬捕手からの送球が来たが、その前に僕は一塁ベースを駆け抜けていた。

 なお三塁ランナーはホームインし、二塁ランナーも三塁へ到達している。


 結果的にタイムリーヒットと同じでは無いだろうか。

 打点はつくのかな。

 (もちろんつきません)


 3回打席に立って、3出塁。

 スリーベースヒットとシングルヒット1本ずつ。

 我ながらなかなかの活躍では無いだろうか。

 そしてツーアウト一、三塁。

 ここで盗塁しないでいつするのか。


 初球。

 僕はスタートを切った。

 素晴らしいスタートだ。


 だが相手はスカイリーグを代表する古馬捕手。

 素晴らしい送球が来た。

 滑り込んたが、判定はアウト。

 レギュラーシーズンの試合なら、リクエストを要求するところだが、今日はオールスター。

 素直に判定に従って、ベンチに戻った。

 これで今日はお役御免だ。


 5回表の守備からはショートは仙台ブルーリーブスの片倉選手に替わった。

 そしてレフトには谷口が入った。

 今日の僕の役目はあとは野次るだけ。

 おーい、レフト穴だぜ。 

 

 

 

 

 

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