第551話 僕の職業はプロ野球選手

 2回表の守りはすぐ終わり、その裏の攻撃もも5球で終わってしまった。


 3回表はイージーゴロを一つさばいた以外は特筆することもなく、簡単に終わり、その裏の攻撃を迎えた。


 この回は8番の武田捕手からの攻撃だったが、あっさりとツーアウトになり、僕の打順を迎えた。

 バッターボックスに入る前に、麻生バッティングコーチの方を見ると、何かをかき混ぜて、そして上に持ち上げる動作をしている。


 何やってるんだ、あのおっさん。

 そこで聡明な僕は閃いた。

 きっとあれは納豆をかき混ぜる動作だろう。

 つまり納豆の如く粘れいうことだ。


 ハイハイ、わかりましたよ。

 ということで僕はこの打席、9球粘ったが、最後は見逃しの三振に倒れた。

 まあ役割は果たせたんじゃないでしょうか。

 満足そうに頷いている、麻生コーチを見てそう思った。


 4回表、この回先頭バッターは1番の中道選手。

 盗塁王争いのライバルだ。


 そして初球。

 鋭いハーフライナーの打球が三遊間に飛んできた。

 僕はノーバウンドでの捕球を試みたが、一歩届かず、しかもショートバウンドした球を弾いてしまった。

 懸命に一塁に投げたが、セーフ。

 先頭ランナーを塁に出してしまった。


「良くやったぞ、下手くそ」

「次も頼むぞ、りゅーちゃん」

「引っ込め、アホの扇風機」

「早く外国行っちまえ」

「お前は敵のスパイか」

 京阪ジャガーズファンからの野次、そして札幌ホワイトベアーズファンからの辛辣な声が耳に入った。


 仕方がない。

 もちろん一生懸命にやった結果だが、プロは結果が全て。

 言い訳はできないし、するつもりもない。


 そして続く2番の浅井選手も初球打ち。

 鋭いライナー性の打球がまたしても三遊間に飛んで来た。

 懸命に飛びついたが、打球はグラブの先を掠め、レフトに到達した。


 今のは記録はエラーではないが、やはり辛辣な野次を浴びた。

 恐らく見ているファンの方々には、もう一歩で捕れたように見えたのだろう。


 仕方がない。

 僕の職業はプロ野球選手。

 お金をもらって野球をやっている以上は、頑張ったとか、一生懸命やったとか、惜しかったとか、そういうものには何の価値もない。


 投手は打たれまいと必死に投げるし、打者は必死に打つ。

 守る方も精一杯のプレーをする。

 それぞれ生活がかかっており、全てはその結果だ。


 だから僕は良い結果が出なかったことに対する批判は、甘んじて受ける。

 もしそれができないなら、プロとしては失格だと思っている。


 そしてこの回、僕のエラーをきっかけにピンチとなり、3点を失い、逆転されてしまった。

 

 ベンチに戻る時、やはり辛辣な野次を受けたが、僕は前を向く。

 ミスは消せないし、取り返せるものではない。

(少なくとも僕はそう思っている)


 大事なのはどんな場面、例え大量の点差で負けていても、1打席1打席集中し、全力を尽くす気持ちだ。


 4回裏は無得点に終わり、5回表にも青村投手は2点を失ない、回の途中でマウンドを降りた。

 続いて登板した瀬尾投手も相手に傾いた流れを止めることができず、

長かった京阪ジャガーズの5回表の攻撃が終わった時点で、スコアは8対1となっていた。


 点差が開いたことで、相手先発の車谷投手は大胆に伸び伸びと投球し、5回裏も三者凡退で終わった。

 札幌ホワイトベアーズとしては、ランナーをためていく必要があるのだが、淡白な攻撃で終わってしまった。


 6回の表は札幌ホワイトベアーズの誇るイニングイーターで、敗戦処理の五香が登板したが、勢いづく京阪ジャガーズ打線を抑えられず、更に1点を失った。


 そして6回裏。

 この回は僕からの打順だ。

 京阪ジャガーズのマウンドは引き続き、エースの車谷投手。

 9対1と点差は開いているので、きっとこの回までだろう。


 そしてその車谷投手から僕は粘りに粘り、11球目をフォアボールを選んだ。

 

「どうせ負けるんだから、早く凡退しろ」

「時間稼ぎするな。

 俺は明日、仕事なんだから早く帰らせてくれ」

「こんな点差で粘っても意味ねぇよ」

 というような野次が耳に入った。

 ありがとうございます。

 天の邪鬼な僕はそう言われると、より闘志が湧いてくる。


 次の岡谷選手への初球。

 僕はスタートを切った。

 城戸捕手は投げる意思を見せなかったので、記録は盗塁にはならない。


 そして次の投球の際にも、スタートを切った。

 城戸捕手はさすがに投げてきたが、セーフ。

 これは盗塁が記録された。


 そして岡谷選手も粘りに粘り。

 フォアボールを選んだ。

 これでノーアウト一、三塁だ。

 さっきまで静かだった、札幌ホワイトベアーズファンの声援が大きくなってきた。


 点差が開いていても、少なくとも僕は諦めていない。

 相手が9点とったということは、僕らだって9点くらい取れるかもしれない。

「頼みますよ。下山さん」

 僕は三塁ベース上から、下山選手に念を送った。

 

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