第549話 オールスター選出なるか?

「高砂マネージャー、どうなりましたか?」

「あん、何が?」

「オールスターですよ。

 結果出たんですよね?」

 試合前練習を終え、僕は早速高砂マネージャーを掴まえて聞いた。

 

「おう、手続きしておいたぞ」

「ありがとうございます。

 ところで手続きって何ですか?」

「そりゃ、オールスター辞退だろ。

 良く決心してくれたな。

 誉田監督も喜んでいたぞ」


 辞退?

 どういう意味だろうか。

 僕は辞退なんか、全くするつもりは無いが…。


「あのー」

「何だ?」

「辞退ってどういうことでしょうか?」

「辞退って知らないか?

 辞退とは、へりくだる気持から命令や依頼などを受けないで引きさがること。自分にはふさわしくないとして断ること。

 そのようにこの辞書には書いてある」


「いえ、辞退って言葉は知っていますよ。

 僕だって中学校は卒業しているので…。

 僕が聞いているのは、何で僕がオールスターを辞退しなければ、ならないんですか?」

「そりゃ、お前がケガをしているからだろ」

「ケガなんかしていませんよ。

 僕がどこを怪我したっていうんですか?」

「忘れたのか?

 ヒーローインタビューでお立ち台から落ちて、アキレス腱切っただろ」

 そう言われると、そんな気もしてきた。


「でもオールスター出たかったです…」

「大丈夫だ。パン食い競争だけは出させてやる」

「ありがとうございます」

 そうだ、パン食い競争の練習をしないと…。

 後で山城コーチに教わろう…。


 そこで僕は目が覚めた。

 夢だったか…。

 よく考えると、高砂マネージャーは泉州ブラックスだし、誉田監督は静岡オーシャンズだ。

 そもそもお立ち台から落ちて、アキレス腱を切るなんてあり得ない。

 (何かの予知夢じゃないですか?、作者より)

 大体、僕はポルシェなんて持っていない。

 僕が乗っているのは、国産車。愛称、ぽるしぇ号だ。

 

 横では結衣と翔斗がスヤスヤと眠っている。

 そして傍らにはオールスターの最終結果が掲載されたスポーツ新聞が置かれていた。


 そう、僕は見事にオールスターに選ばれたのだ。

 監督推薦での選出ももちろん嬉しかったが、今回はファン投票での選出だ。

 つまり、リーグ屈指のショートとファンから認められたということ。


 プロ入りして10年。

 入団当初の事を考えると、ここまで来れるとは夢みたいだ。

 僕は頬をつねった。

 普通に痛い。

 ていうか、寝ぼけて強くつねりすぎた。

 

 「いてててて」

 頬をさすりながら、思い返した。

 1年目の山城コーチとの出会い。

 第一印象は最悪だったが、あの人から特別特訓を受けたことが、今の僕の礎になっていることは間違いない。

 特訓はそれほど長い期間では無かったが、守備の極意のようなものを伝授してもらった。


 そして人的補償での移籍。

 さみしい気持ちもあった。

 だが、黒澤選手の加入により、大激戦となっていた静岡オーシャンズから、比較的二遊間が手薄な泉州ブラックスに移籍したことで、一軍定着のチャンスを得た。


 そしてトレードでの札幌ホワイトベアーズへの移籍で、レギュラーを掴むことができた。

 これまでを振り返ると、僕は人や環境に恵まれていたと思う。

 ラッキーだった。

 

 だが自分で選んだ道とは言え、来シーズンはどう転んでも札幌ホワイトベアーズに残ることは無い。

 そう考えると一抹の寂しさを感じるが、まあどこへ行っても好きな野球で飯を食える。

 それは幸せな事に他ならないのだ。


 そんな事を考えていると、再び睡魔が襲ってきて、僕は眠りについた。


……………………………………………………………

 

 季節は7月に入った。

 北海道は夏が短い。

 7月、8月は暑い日が続くが、9月中旬を過ぎると、一気に寒くなる。

 早い年は10月には初雪が降り、大体雪が完全に無くなるのは3月下旬から4月だ。

 場所によってはゴールデンウィーク近くまで雪が残っていることもある。


 北海道の7月は1年で最高の時期である。

 日照時間が長く、梅雨もないので晴れる日も多い。

 透き通った青い空、爽やかな気候、そして太陽に輝く街並みを見ていると、ここは日本ではなく、ヨーロッパやアメリカでは無いかと錯覚する時がある。

 

 札幌ホワイトベアーズの本拠地のどさんこスタジアムは開閉式のドーム球場であり、天気が良い日は屋根を開けて試合を行う。

 そんな日は試合前の練習中からテンションが上がり、活躍できそうな気がしてくる。

 

 話が脱線してしまった。

 僕は決して北海道の風土や気候について、述べたいわけではない。


 今日からは京阪ジャガーズとの三連戦だ。

 金土日の週末の人気球団相手のホームゲームということで、超満員となることが予想されている。


 チームはちょうどシーズンの半分の72試合を消化し、37勝31敗4引分で3位につけている。

 首位の岡山ハイパーズとは1.0ゲーム差、2位の京阪ジャガーズとは0.5ゲーム差、そして4位の川崎ライツとは1.5ゲーム差である。


 つまり上位4チームは2.5ゲーム差の中にひしめき合っており、大混戦となっていた。


 その中で僕は71試合に出場し、286打数85安打の打率.297、ホームラン6本、打点26、盗塁30(盗塁死7)という数字を残していた。


 一時は.280台前半まで下がった打率も、3割近くまで戻し、打率首位の岡山ハイパーズの水沢選手(.317)との差もかなり縮まってきた。


 そして盗塁王争いは熾烈を極めており、1位は京阪ジャガーズの中道選手の32個、2位は岡山ハイパーズ、高輪選手の31個と僕を含めた三つ巴の争いとなっている。

 今シーズンの盗塁王争いは例年に比べて高いレベルとなっており、このまま行くと50〜60個くらいでの争いになるのではないだろうか。


 今日からは京阪ジャガーズ戦なので、中道選手との直接対決である。

 僕はダンカン選手と湯川選手に、バレないように足を引っ掛けて転ばせるように依頼しようかと思ったが、流石にそれは良心が咎めるのでやめておく。 

 バレたらオールスター出場を取り消されるかもしれないしね。

 さあ、今日の試合も頑張ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る