第546話 いよいよ延長12回
庄司投手の後を継いだのは、鬼頭投手だ。
後続を抑え、同点止まりでこの回を終えた。
よって延長戦に入る。
「ナイスピッチング」
僕はベンチに戻り、肩にタオルを掛け、ベンチの隅に座っている、庄司投手に声をかけた。
「おう、あー、しかし悔しいな」
庄司投手は天を仰いだ。
「まあ仕方ないさ。
今日みたいなピッチングができれば、またチャンスはある」
「いや、違うんだ。
ノーヒットノーランを逃したのが悔しいんじゃない。
それはむしろおまけだ。
俺が一番悔しいのは、ホームランを打たれた後、フォアボールを出したことだ」
「フォアボール?」
「ああ、完投できなかったことが悔しい。
いや、正直に言うと俺はあの場面、ノーヒットノーランを意識していたのだろう。
自分では気にしないように、どうせいつかヒットを打たれるさ、と思うようにしていたけど、初ヒットを打たれて気持ちが切れたんだと思う。
だからストライクが入らなくなった」
庄司投手はそう言って汗を拭った。
「でも自信にはなったんじゃないか」
そう言うと、庄司投手はニャッと笑って、「まあな。次にチャンスがればまた頑張るさ」
庄司投手はドラフト8位指名から這い上がってきた選手であり、ローテーションの谷間を埋めるというのが、今の立ち位置だ。
でも今日の好投で、恐らくもう一度、先発のチャンスは与えられるだろう。
同い年として、是非、このチャンスをものにして欲しい。
僕はそう思った。
「ていうか、チェンジだぞ。
早く守備につけ」
ふと見ると10回表の札幌ホワイトベアーズの攻撃は、3番の下山選手からの打順だったが、僕が庄司投手と会話している間に、わずか5球で攻撃を終えていた。
僕は慌ててグラブを掴み、ショートの守備位置についた。
この回からは、ルーカス投手がマウンドに上がっている。
同点であるが、札幌ホワイトベアーズとしてはこの試合をものにするため、勝ちパターンの投手をつぎ込むようだ。
ルーカス投手も危なげなく相手打線を三者凡退に打ち取り、試合は11回の攻防となった。
11回表の札幌ホワイトベアーズの攻撃は、6番のブランドン選手からだったが、あっさりと三者凡退に倒れた。
そしてその裏は大東投手がランナーこそ出したものの、やはり無失点に抑え、試合はいよいよ延長12回を迎えた。
ベンチに帰りながら、スタンドを見渡すと、多くのお客さんが既に帰宅しており、3割くらいまで減っていた。
時計を見ると、既に22時を回っている。
明日は木曜日。
僕らは移動日だけど、お客さんのほとんどは仕事や学校だろう。
お疲れさんでーす。
心の中でそう思った。
延長12回表。
泣いても笑ってもこの回が最後である。
もしこの回に得点ができなければ、少なくとも勝ちは無くなる。
だから何とか点を取りたい。
仙台ブルーリーブスのマウンドには、抑えの切り札のグリーン投手が上がっている。
160km/h近くのストレートとツーシーム。
更にカットボールとスプリットも投げてくる、とても厄介な投手だ。
この回は9番のピッチャーの打順なので、当然代打が出される。
「9番、大東選手に替わりまして、ピンチヒッター、五香」
五香?
あ、忘れていた。
そう言えば、こいつも同年代だった。
同い年祭りの最後を飾るのは、ジミー五香。
ジミーとは別にミドルネームとかではない。
第一話から出ているのに、目立たず、人気も上がらず、作者も存在を忘れるなど、中途半端で地味な立ち位置であることから、僕がつけたニックネームだ。
「ジミー。
死んでも塁にでろよ」
ネクストバッターズサークルから、僕は温かい言葉をかけた。
五香選手は僕の方を振り返ると、中指を立てて見せた。
だからそれヤバいって。
テレビカメラに捉えられたら、炎上するぞ。
そう思いながら、お返しに僕も親指を下にして、地面を指した。
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