第545話 9回裏の攻防と惜しみない拍手

 山寺選手はここ数年は代打の切り札として君臨している。

 長打力もあるが、粘り強く厄介なバッターである。


 好球必打を具現化したような選手で、不用意に甘い球を投げると簡単にスタンドまで持っていかれる。


 庄司投手、そして上杉捕手のバッテリーもそれが良くわかっている。

 じっくりとサインの交換をしている。


 そして初球。

 内角へのシンカー。

 肘の下を通ったが、微動だにしない。

 さすがだ。

 泰然自若という言葉が似合う選手だ。

 ボールワン。


 2球目。

 外角へのスライダー。

 これもピクリともせず、見送った。

 ボールツー。


 3球目。

 ど真ん中へのストレート。

 いや、チェンジアップだ。

 これも見送った。

 ストレートねらいか?

 カウントはツーボール、ワンストライクとなった。

 バッティングカウントだ。


 4球目。

 内角へのシンカー。

 これも見送った。

 判定はストライク。

 これで追い込んだ。


 5球目。

 外角低目へのスライダー。

 やはりバットはピクリとも動かない。

 だが一拍置いて、球審はストライクを告げた。

 見逃しの三振だ。


 山寺選手は表情を変えず、ベンチに戻っていった。

 結局、一球も振らなかった。

 一体、何だったんだ?


 次のバッターは、俊足の酒田選手。

 球界屈指のイケメン選手であり、女優との交際が写真週刊誌に出たこともある。

 影では足も速いが、手も早いと揶揄されている。

 僕にとっては憧れの選手だ。


 初球。

 酒田選手はセーフティバントをしてきた。

 打球はサード方向に転がっている。

 

 サードのブランドン選手は、少し前よりに守っており、ダッシュして素手で掴むと素早く一塁に送球した。

 かなり際どいタイミングとなったが、判定はアウト。

 もちろん仙台ブルーリーブスベンチはリクエストを要求した。

 

 審判団がバックネット裏に引き上げ、僕は腕組みをしながら、外野の大型ビジョンを見た。

 うーん、どうかな。

 微妙だ。

 

 セーフに見えないこともないし、アウトのようにも見える。

 疑わしきは罰せずという言葉もあるし、ここは判定は変わらずかな。

(意味不明。作者より)


 なかなか審判団が出てこない。

 庄司投手は上杉捕手とキャッチボールをしているが、きっと内心は気が気でないだろう。

 これがセーフかアウトかでは天と地ほど違う。


 球場内のお客さんも固唾をのんで、審判団が出てくるのを待っている。

 

 ようやく審判団が出てきた。

 時間にすると三分程度かもしれないが、かなり長く感じた。

 まるでお湯を入れたカップラーメンを持っている時みたいだ。

(ちょっと違うと思います。作者より)


 球審は小走りに出てきたが、まだ手を上げることも広げることもしない。

 何をもったいぶっているのか。

 そしておもむろに腕を上げた。

 アウトだ。


 球場内は悲鳴と歓声に包まれている。

 ついに9回ツーアウトまで来た。

 ノーヒットノーランまであと一人である。


 庄司投手は球審から新しいボールを受け取った。

 そして大きく息を吐いた。


 次のバッターは、代打の東根選手。

 今年入った新人で…。

 すみません、良くわかりません。

 ベンチに戻ったら、選手名鑑で確認します。


 左打席に入った東根選手は、小柄な体格であり、恐らく身長165cmちょっとではないだろうか。

 見るからに足が速そうなので、内野安打狙いか。

 仙台ブルーリーブスとしては、何としてもノーヒッノーランを阻止したいということだろう。

 

 初球。

 バッティングの構えから、バントの構えをした。

 投球は真ん中低目へのストレート。

 瞬時にバットを引いた。

 判定はボール。

 

 2球目。

 外角へのシンカー。

 バットが届くか届かないかのギリギリの所を踏み込んできた。

 打球は鋭いライナーで、レフトに飛んでいる。


 フェアかファールか。

 谷口が懸命に追っている。

 そして打球はそのまま、レフトポールの下部に当たった。


 嘘だろう。

 庄司投手はマウンド上で崩れている。

 9回裏ツーアウトからの同点ホームランだ。

 しかもあと1人でノーヒットノーラン達成だった。


 次のバッターにストレートのフォアボールを与えたところで、庄司投手は交替となった。

 がっくりと項垂れているが、球場内からは大きな拍手が起こった。

 

 札幌ホワイトベアーズファンだけでなく、仙台ブルーリーブスファンも拍手しているようだ。

 最後に同点に追いつかれたとは言え、庄司投手の投球は見事だった。

 僕も心の中で、庄司投手に大きな拍手を送った。

 

 

 

 

 

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