第538話 新川広報の新たな悩み
僕が一塁ベースを駆け抜けた瞬間、一塁塁審の手が横に広げられたのが視界に入った。
岡山ハイパーズベンチは当然、リクエストしたが、判定は変わらず。
記録はサードへの内野安打だ。
当たりが良くなくてもヒットはヒット。
これで今日は何と4打数4安打。
打率も.292まで上がった。
(253打数73安打)
もしも、あと3打数連続でヒットを打っちゃったら、3割復帰である。
だが、これまでも調子に乗りすぎると、スランプに陥る傾向がある。
(作者がワンパターンのため)
シーズンはまだまだ長いので、1打席1打席大事にしていきたい。
さあこれでワンアウト一、三塁。
追加点の大チャンスで、湯川選手の打順を迎えた。
三塁ランナーが俊足なら、ディレィドスチールも狙える場面ではあるが、三塁ランナーの武田捕手は足はあまり速くない。
よって盗塁するなら、僕の単独スチールとなる。
相手バッテリーは相当警戒しているようで、いくらスピードスターの僕でもこの中で盗塁を決めるのは至難の技である。
ベンチのサインを見ると、「打て」。
まあ、そうだよね。
盗塁数を稼ぎたい気持ちはもちろんあるが、かなり警戒されている。
全く隙がない。
この場面で大事なのは、内野ゴロの際にダブルプレーを取られないことだ。
もしダブルプレーを防げば、三塁ランナーはホームインできる。
だからこの場面、バッターにとって一番まずいのはピッチャーゴロだ。
湯川選手はプロ2年目ではあるが、落ち着きがあり、当然、いかに三塁ランナーを返すかを考えているだろう。
そしてワンボール、ツーストライクから見事に(?)、一二塁間の深いところに打ち返した。
一塁はアウトになったが、僕は二塁に進み、三塁ランナーの武田捕手はホームインした。
これで6対4。
貴重な追加点を獲得した。
試合は結局、そのまま勝利した。
僕は9回に第5打席が回ってきたが、三振に倒れた。
それでも今日の試合は5打数4安打。
打率3割復帰に向けて、調子が上がってきた。
今日のヒーローインタビューは、勝ち越しホームランを放った、九条選手。
ホームゲームなら僕も呼ばれるべきところだが、今日はアウェーなので、九条選手に譲ってやることにした。
(何様ですか?、作者より)
広報の新川さんは、さっきまでとはうって変わり、落ち着いた穏やかな表情をしている。
何をそんなに恐れているのかは知らないが、きっと広報さんにも、僕にはわかり得ない心労があるのだろう。
まあ僕には関係ないけど。
「さあ今日のヒーローをお呼びします。
7回に勝ち越しホームランを放った、札幌ホワイトベアーズの九条選手です」
僕はベンチ裏で、麻生バッティングコーチや新川広報、谷口達と飲み物を飲みながらモニターで見ていた。
九条選手は昨シーズン、ヒーローインタビューを経験済みである。
よって今回は落ち着いているだろう。きっと。
九条選手は元気よくベンチを飛び出し、小走りにお立ち台に上がった。
なぜだろう。
嫌な予感がする…。
「それでは勝ち越しホームランの九条選手にお話を伺います。
ナイスホームランでした」
「あ、あ、はい。
ありがとうございます」
「打ったのはどんなボールでしたか?」
「は、はい、白くて丸いボールでした」
おい。それはわざとか?
「そ、そうですか。
球種はいかがでしたか?」
「え、九州ですか?
試合で熊本には行ったことがあります。
ピザが美味しかったです」
…。
作者もネタ切れか…。
同じネタを使い回すようになったら、おしまいだ。
「打った瞬間は、どう思いましたか?」
「はい、バットに当たったと思いました」
「あの場面、ホームランを狙っていたのですか?」
「いえ、思い切りバットを振ったら、当たっちゃいました」
「手応えはありましたか?」
「さあ、覚えていません」
「それまでの打席、粘っていたのが、あの打席は初球を打ちました。
なにか思うところがあったのですか?」
「は、はい、麻生バッティングコーチからは、良く球を見て粘ってこいと言われていましたが、高橋隆介選手からのアドバイスどおりにしました」
あれ?、僕、アドバイスなんかしたかな。
「それはどんなアドバイスですか?」
「はい、先日ご飯をごちそうになった際に、麻生コーチの言う事は当てにするな。
逆張りしたほうが良い結果が出る、と言っていたのを思い出したので、その通りにしました」
僕はズッコケた。
おい、何てことを言うんだ。
いや、麻生コーチ、違うんです。
僕が言ったのは、プロ野球選手は自己責任なので、時と場合によっては、と言っただけです。
決して、麻生コーチを貶したわけではありません。
ええ、そうです。
誤解なんです。
「そ、そうですか…。
最後にファンの皆様に一言お願いします」
「は、はい。
これからもこの場に立てるように頑張りますので、よろしくお願いします」
ヒーローインタビューが終わり、九条選手は札幌ホワイトベアーズの応援席に向かい、声援に応えていた。
全く、こっちの気苦労も知らないで…。
眉間にシワを寄せて、腕組みをしている広報の新川さんを見てそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます