第537話 ワンチャンあるかも

 須藤投手に変わってマウンドに上がったのは、大道寺投手。

 しかし勢いづいた岡山ハイパーズ打線を止められない。


 続く本田選手にもヒットを打たれ、ツーアウト一、三塁のピンチを背負った。

 そして次のロドリゲス選手にもタイムリーヒットを打たれて同点に追いつかれてしまった。

 一塁ランナーを三塁で刺して、何とか同点止まりで済んだが、明らかにこの回、試合の流れが相手チームに行ってしまった。


 5回裏が終わると、グランド整備が行われ、その間チームピンキーズのパフォーマンスが行われる。

 いつもながら華やかであり、地味に楽しみにしている。

 しばらく僕の打順は回ってこないので、ベンチ最前列の特等席で観覧した。

 

 そして試合再開となった。

 6回表は4番のダンカン選手からの攻撃であったが、先発の蒔田投手に変わって登板した、藤寺投手に三者凡退に抑えられた。


 同点だが、札幌ホワイトベアーズはKLDSをつぎ込む。

 6回裏は鬼頭投手がランナーを2人出したものの、何とか無失点に抑えた。

 同点のままだが、やはり流れは悪い。


 ここらで流れを変えたい。

 7回表、札幌ホワイトベアーズのラッキーセブンの攻撃は、7番の九条選手からの打順だ。


 九条選手はここまで3打数1安打。

 第1打席に粘りに粘ってヒットを打ち、その後の2打席も凡退はしたが、フルカウントまで粘り、爪痕は残している。


 そしてこの回、もし九条選手がランナーに出たら僕に打順が回る。

 チャンスで回ってきたら、ホームに返してやる。

 そんな事を考えながら、僕は戦況を見つめていた。


 この回からマウンドは新外国人の右腕、ルード投手に替わっている。

 カットボールが武器の投手との事だ。

 相手が右投手なので、スイッチヒッターの九条選手は左打席に入っている。

 彼はきっとこの打席も粘るだろうから、球種を良く見て、僕の打席でも活かしたい。

 そんな事を考えていたら、初球、強振した。

 ルード投手のカットボールを捉えた打球がライトに上がっている。

 嘘だろう?


 打球はそのまま、ライトスタンド再前段に飛び込んだ。

 九条選手は全力疾走していたが、ホームランとわかると、ガッツポーズし、マンガのように大きく飛び跳ねながら、ダイヤモンドを一周した。


 僕らはプロ初ホームランを放った、九条選手をベンチの前で出迎えた。

 九条選手は顔をクシャクシャにして喜んでいる。

 そしてその目には光るものがあった。


 育成出身という、ドラフト7位で入団した僕よりも厳しい環境で力をつけ、一軍昇格を勝ち取り、同点の場面で放ったプロ初ホームラン。

 とても嬉しいだろう。

 

「ナイスホームラン」

 僕はベンチに戻ってきた九条選手に声をかけた。

 「ありがとうございます。

 まさかプロでホームランを打てるなんて…、夢のようです」

 九条選手の目は潤んでいた。

 

「狙っていたのか?」

「はい、チャンスがあるとしたら初球だと思っていました」

 狙っていても、思いっきりバットを振れるものではない。

 思いっきりの良さも九条選手の長所だろう。


 九条選手の涙のプロ初ホームランで5対4と勝ち越した。

 ついさっきまでは岡山ハイパーズの方に流れが行っていたが、伏兵の九条選手のホームランにより、また札幌ホワイトベアーズの方に流れが傾きだしたように感じる。


 続く8番の打率1割台の武田捕手がヒットを打ち、鬼頭投手への代打で出た、西野選手が送りバントを決めた。


 ワンアウト二塁で僕の打順が回ってきた。

 ピッチャーは蒔田投手からルード投手に変わっているが、今日は打てばヒットになりそうな気がする。


 初球。

 ストレート、いや少し曲がった、カットボールだ。

 つい手が出てしまった。

 力の無い打球が三塁線に転がっている。


 サードの本田選手が突っ込んで来るのを横目に、僕は一塁に向けて懸命に走り出した。

 ワンチャンあるかも。


 横目に本田選手からの送球が送られてきたのが見えた。

 タイミングは微妙だ。

 ファーストの倉田選手が捕球するのと同時に僕は一塁ベースをかけぬけた。 

 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る